お世辞に純情を添える
(※留学時代の緑)


久しぶりに暇な休日が出来たから、とコートを羽織って思いついたのはナマエをデートに誘うことだった。ナマエというクラスメイトはあまり目立たない存在で、でも講義の時や談義の時は活き活きと輝く女子だった。夢はポケモン考古学者だと食堂で昼食を取りながら向かい合った時に聞いたことがある。ねえねえカントーってどんなポケモンの伝承があるの?始めて掛けられた声がこれ。

ポケモンについての伝承や御伽噺、謎に満ちているポケモンにしか興味が無いのかと思わず問うてしまうぐらいにナマエはいわばマニアだった。恋愛はと軽く聞いてみたら、『それってロマンに溢れてる?』と返されたので色々と察した。色恋とは無縁で色気も無くて、でもそのくせ俺がポケモンについて語りだすと誰よりも熱心に聞き入ってくれた。俺達はお互いに好意を抱きつつ、恋心は抱かなかった。要するに良い友達だったのだ。

その時どうして俺はナマエを誘おうとしたのか分からない。顔もあるだろうが俺の性格に惹かれたと言い寄って来る女は少なくなかったし、別段不自由もしていなかったのに。(それにナマエは俺のこういった部分が苦手なようでもあった。)でも、一瞬だけ躊躇した後俺はコートを着込んで女子寮に足を運んだ。もうすぐクリスマスだからか帰省している学生ばかりで、それなのにドアをノックするとナマエは顔を出した。瓶底の眼鏡を着用して、髪の毛はボサボサ。女子力の欠片も感じらんねぇ。


「どうしたの、グリーン君。私まだレポート書いてるんだけど…」
「お前まだ終わらせてねえの?何枚目だよ」
「だって書く事尽きないんだよ?アンノーンについて調べたいこと沢山、」
「こないだ既に50枚仕上げてたのにか」
「もう70枚目に突入しちゃったんだよね」
「おっさん達が死ぬぞ」
「大丈夫、生徒の熱意はきちんと受け止めるからって言ってたし」
「それ始業式の挨拶だよな…とにかく、あまりのめり込み過ぎても悪いだろ」
「悪いかなあ…楽しいんだけど。でもこの部屋寒いんだよね…あ、グリーン君コートだ。どこか行くの?」
「ああ。お前とミアレにでも行こうかってな」
「……私と?何で?」


素で呆けた顔をするもんだから思わず溜め息を吐いた。「デートの誘いだっての」「うぇ」……おいうぇって何だうぇ、って。「行きたくないんだろ」「知ってて誘ってるんだ」何で、と今度は理由を要求する問いかけ。やっぱり行きたくねえのかよこいつ。これだから男が寄って来ないんだよ、顔は悪くないってのに。「……外に出るのも良いと思うぞ?飯おごってやるからさ。リフレッシュしてついでに論文のネタになりそうなポケモンも見れるかもしれな、……」ここまで言ったところで言葉が途切れた。飯おごる、のところで目の前の影が素早く動き、論文のネタになりそうなポケモンも、の時点で既に着替えを完了させ、今目の前で目を見開いて俺を見つめている。…えっ魔法?


「ごはん!ポケモン!本気!?」
「……いや飯ぐらいはおごるけどさ」
「最近なんにも食べてなかったんだよねー!やった!」


飛び跳ねてさあ行こうよ!と部屋から飛び出してきたナマエに思わず遠い目をしてしまう。ああ、これはなんだ、虚しさか?「せめて飯ぐらい挟めよ…」「あ、意識したらすごくお腹減ってたみたい私」「バカじゃねえの?」割と本気でそう思うから怖い。


**


ミアレのレストランに入り、簡単に食事(ナマエは冬眠前の動物の如く食いだめ)を済ませると気がつけば周囲は真っ暗だった。レストランを出た瞬間に目に飛び込んできたのはライトアップされたプリズムタワーで、そういえば最近は俺もレポートに追われて窓の外を見る余裕なんてなかったんだったと思い出す。ふと横を見るとナマエは純粋にきらきらと目を輝かせていた。こいつなんか、もっと余裕が無かったんだろう。

ナマエの性格は食わず嫌いに似ている。

ミアレに行く事を告げると嫌だ嫌だ面倒臭いと駄々を捏ねたくせに、来たら来たで嬉しそうに、楽しそうにライトアップされたタワーを見上げている。生憎今日はクリスマスでもないし雪も降っていないけれど、きらきらと輝くものはやはり女は好きなんだろうか。…ナマエも?化粧っけは多少あるものの、装飾品の類が明らかに少ないナマエはやはり食わず嫌いだと思う。付ける時間が面倒臭いからとナマエが言い出しそうだと容易に想像出来るのは何故だろうか。


「ねえねえ、綺麗だねグリーン君!あんまり真面目に見たこと無かったからちょっと感動したかもしれない!あー、みんなが騒ぐわけだ!……グリーンくーん?」


自分で想像して呆れてしまった人物の顔が唐突に目の前にあった。「っ、うわ!?」「な、何驚いてるの…って聞いて無かった?」「わ、悪い」反射的に謝ると同時に思わず目を見開いた。―――タワーの光に照らされたナマエが、普段と丸っきり違って見える。


「……グリーン君?どうしたの、ぼうっとして」
「や、なんか、見惚れた」
「プリズムタワーでしょ?うんうん分かる!私も――…」
「や、違くて」


何故だかあんなに大きなタワーより、目をキラキラさせてはしゃいでいるナマエに目を奪われる。いや、普通に、なんの意識もしていなかった相手だというのに。じいっと見つめると普段通りの顔で、きょとんとした顔をするナマエがいる。こいつにとっては友情の延長線で、これは二人で"遊びに出かけた"意識なんだろう。俺だってさっきまではそうだった。デートなんて単語は出かける前は絶対に軽口だったのだ。

なのに、今は恐ろしいぐらいに心臓が跳ねている。口が予想もしない動きをする。言うことなんて有り得ないだろうと思っていたのに、考える事を放棄した理性が止めない。


「……ナマエに、見惚れた」


普段なら遊び相手の女に放つ、言い慣れた言葉とは別物だった。本当に素から出た言葉は冗談に受け取られなかったらしい。数秒経て、暗がりの中でも丸分かりなぐらいに顔全体を沸騰させたナマエから思わず目を逸らした。な、何やってんだよ俺…!



お世辞に純情を添える


(2013/10/17)