またあした


つい数週間前、私はワンダバを連れ出して過去の世界に飛んだ。

その時に出会ったのが幼い時の兄さんと、それから…多分、目の前のヒロトさんだ。面影があるし何より、口調が変わっていなかった。少し大人びているなあ、と感じていた口調は更に落ち着いて彼にオーラを纏わせていた。でも、さっき彼は吉良ではなくて基山と名乗った。

同じ名前のそっくりさん…ということはないはずだ。だって兄さんと親しげだし、よくよく思い出せばあの時出会ったヒロトさんは、イナズマジャパンの時代の映像と髪型はほんの少し違うけど、同一人物じゃない?ええっと、ならどうして吉良…?あれ?やっぱり違うの?――そんな考えがぽろりと口にさせた問いかけだったのだが、振り向いたヒロトさんと緑川さんは目を見開いて固まってしまった。「……あ、」もしかして、まずい事を言っただろうか。瞬時に口元を押さえるがもう遅い。


「君、………どうして」


驚きを顕にした声だ。次いで溜め息が頭の上で聞こえた。「この馬鹿…そういうことかよ」見上げると、明王の兄さんが頭を抱えて唸っている。緑川さんはまったく状況が読み込めないんだけど、とヒロトさんに小さな声で問いかけていた。――ヒロトさんは、私を真っ直ぐに見つめたまま動かない。思わずたじろぐと、距離を一歩詰められた。


「不動君。この子は……あの時の名前?」
「……ああ。考えなしのこの馬鹿のせいで俺の目覚めは最悪だった」
「えっ、ちょっと待ってよ兄さん。私何もしてな、」
「おいヒロト、話はまた今度だ。名前、明日学校に迎えに行くからばあさんに言っとけ」
「え、ええええ!?そんな急に言われ、っ!」
「…俺があれだけ手を尽くしても、見つからなかったわけだ」
「だろーな!こいつの逃げた先は今ここだったってんだから。おいバカ!」


首根っこを掴まれ簡単に持ち上げられる。「く、苦しいって兄さん!」「足付いてんだろうが」そういう問題じゃない。少なくともこんな外でこんなことしてたら明らかにカツアゲの現場ですよお兄さん。ただでさえ見た目が……と言い出しそうなのを踏みとどまったのは、兄さんの目がとても怖かったからだ。同時に、その目は始めて見る色をしていた。


「……兄さん?」


まったく読み取れない感情の色が浮いている。もう一度問いかけると、目の前で顰められていた顔が普段の呆れたような顔に戻った。「…とにかく、明日だ」もう一度繰り返した兄さんは私を下ろして、一方を指差した。釣られてそちらを向くと滝総介が、非常にいたたまれないと言いたげな顔でこちらを睨んでいる。見ないと思えば逃げていたらしい。待っていてくれたの良心だろうか。どちらにせよ、有難いことに変わりはない。私だって出来ることなら今すぐここから離れたいのだ。

緑川さんの視線が、ヒロトさんの視線が少しだけ怖い。訝しんでいるのが手に取るように分かってしまう。二人共隠す気のない視線だった。きっと、大人だから余裕があるんだろう。…総介君が近づいてくる。


「バスがそろそろ出るぞ。…待ちたくないだろ」
「う、うん!そりゃあ、勿論」
「……もういいのか?」


頷くと、少し不機嫌そうな総介君が先を歩き始めた。慌ててその背中を追いかけて、「…名前ちゃん!」呼ばれてぴくり、と肩が跳ねる。ヒロトさんの声に少し足を止めて振り向くと、眉尻を下げた少し寂しそうにするヒロトさんの表情が目に映る。「また、ね」緩やかに口元で弧を描いた、その微笑みはとても綺麗だった。一瞬だけその微笑みに見入ってしまったのは不可抗力だ。我に返ったのは総介君が、急げって言っているだろうと声を少し荒げて私の腕を掴んだからだった。ひらひらと手を振るヒロトさんの後ろで、兄さんはあの車に乗り込んでいた。



またあした
(2014/05/25)