聞き覚えのある苗字
不動明王。
日本では勿論、海外でも名の知れた有名なサッカープレイヤー。その名前を轟かせるきっかけとなったのはやはり、彼が少年サッカーの世界大会時日本代表選手として選ばれ、仲間と共に世界の頂点へと上り詰めた事実だろう。仲間から言わせれば多少ひねくれた性格ではあるが、実力は本物だと言うところ。
そんな彼は横の繋がりがきっかけで一人の弟子を持つことになった。自分とはまったくそりの合わなかったであろう、真逆の性質の。更に言うならばそれは少女で、恐ろしいまでの可能性と根性、それから負けん気を兼ね備えていた。
だからこそ不動は、彼女を徹底的に"仕上げた"のである。もう一人と、それぞれの得意分野を惜しむことなく叩き込んだ。底の知れないその少女は、恐らく秘めていたのであろうセンスをみるみる開花させ、世界でもトップレベルの選手程に完成された。メンタルに問題が多々あったが、それでも実力は折り紙つきだ。
が、しかし。達成感と満足感と優越感が沸くと同時に不動は気がついた。その話は少女の性格に由来するのだが、少女はトップレベルの、更に上を目指そうと目を輝かせるのだ。もっともっと、と強さを貪欲に追い求めるその姿は幼いながらの純粋さが顕になっていた。制御を教え、力の維持方法を教えた不動は酷く虚しい気分になった。少女は、性別的に体の作りが自分達とは違う。思うようにボールを操れなくなる日が来るだろう。これだけサッカーが好きなバカが、サッカーが出来なくなったらどうなる?
かつての、リーダーを思い出した。そういえばそいつは、この目の前のガキ以上にサッカーが好きでバカで、サッカーに対して常に真剣だった。そいつがサッカーを思うように出来なくなった時、支えてやるのは周囲だった。
目の前の少女はどうだろう。出会った時から既に強力な力を持っていた少女が、のうのうと過ごしていたということは……日本にはこいつを牽制出来る存在があるということだ。雷門にはやはり、サッカーバカが集まりやすいんだろうと不動はさっくりと結論を立てた。こいつが手元にいるあいだは、俺がこいつをしっかりと制御しなければ。
寝顔だけはまだ幼い、苗字名前を見ればぶつぶつと足の動きだの、ボールが飛んでいっただの、川に落ちただのといった寝言を呟いていた。思わず笑ってしまったのはしょうがないと思う。弟子ってのは案外悪くねえなあ、と呟いたそれを拾ったそいつは、くすくすと笑った後、肯定の言葉と共に微笑んだのを不動はよく覚えている。
***
「おいヒロト、俺は今日飲まねえからついでに送っ………名前?」
君、どこかで俺と会ったことはない?と高そうなスーツに身を包んだ綺麗なお兄さんに詰め寄られた瞬間に聞こえてきた声の主を、私が忘れるはずもない。とても馴染み深い声で呼ばれた自分の名前に、一瞬驚いたぐらいだ。「不動?君、この子――」「兄さん!どうして日本にいるの?」「「兄さん!?」」赤い髪のお兄さんをすり抜け、明王の兄さんに駆け寄った。当の本人は豆鉄砲でもくらったみたいな顔をしているけど、嬉しいことに変わりはない。
「…ちょっと待ってよ不動、妹!?この子!?」
「変な誤解すんな緑川。こいつと俺の血は繋がってねえし、俺は妹としてなんざ見てねえ」
「っ、まさか君、この子を性的な目で…?兄と呼ばせる特殊プレイ…?」
「違っげえええ!ヒロトお前ここ公共の場だぞ!?弟子だこいつは!俺の!」
憤慨する明王の兄さんがヒロトと呼ばれた赤い髪のお兄さんに憤慨していたが、お兄さんは素知らぬふりだ。「いざ警察が来ても、スーツの俺と緑川に不動君の組み合わせじゃ…ねえ?」「不動、お前今実質ニートなんだろう」にこにこと人当たりの良さそうな笑顔のヒロトさんは、ねえ?と私を振り向いた。「ニートじゃねえ!休みだ!」「君、ええと…俺が昔、出会った女の子に瓜二つだ。やっと思い出した」明王の兄さんを完全に無視して、手を差し出してくるヒロトさん。
―――……あれ?
「君、名前は何て言うんだい?」
「苗字、名前…」
「俺は基山ヒロト。よろしくね、名前」
ヒロトさん、と小さく繰り返す。次いで緑川さんが笑顔で名前を教えてくれた。それに応じながらもどこか、心の中にもやもやとしたものが沸いてくるのを無視できない。思わず俯いて、"何が"おかしいのか必死に頭を回転させる。「どうした、様子がおかしいぞ」変なもんでも食ってきたのかよ、と嫌そうな顔をした兄さんが覗き込んできたから心配させまいと首を振った。しかし不動君に弟子がいたんだ、と盛り上がる三人から少し距離を置く。
やはり一番気になる人は、――彼だ。つい数分前に『どこかで会ったことはないか』と聞いてきたヒロトさんを気が付けばじっと見つめていた。どこかで会ったことはないか……どこかで、私はヒロトさんに会っている気がする。兄さんの古い知り合いということは、イナズマジャパンの、あの基山ヒロトと緑川リュウジ選手で間違いはないだろう。でも、違う。そうじゃない。テレビ画面で見たんじゃなくて、紙面越しに見たのでもなくて。あの優しい目がもっと冷たくて、――名乗られた名前は少し違って……「どうしたんだい?」俺の顔に何か付いているかな、と不思議そうな顔をした彼は、ヒロトさんは、
「"吉良"じゃなくて、……基山?」
(2014/05/25)