分岐


「あ、総介くん!やっほー!ヘーイ!ヘイヘイヘイ!」
「……」
「えっ、なに無視?無視なの?傷つくんだけど総介くーん」
「……っ、」
「きどがわせいしゅうちゅうがくのー!たき!そうすけ!くっむ!?」
「大声で人の名前呼ぶなこのバカ女!」





「いやーほんっと久しぶり!元気だった?あっ天使君…じゃなくて快彦君は!?サッカーしてる?調子どう?総介君は買い物?…もしかしてデートとか!?女の子と待ち合わせならすぐ席外すよ!え、あ、違う?なんだ、じゃあ一人で買い物かあ…お互い寂しいね仲間仲間!…うっわ、また嫌そうな顔する…だってしょうがないじゃない、知らない仲じゃないのに知らないふりして通り過ぎようとするんだもの。そりゃ名前呼んだのは不可抗力っていうか!ほら何か甘いものでも奢るから許……無言で鞄持ち上げるのやめよう?分かったって黙る!黙るから下ろしてそれ!」


渋々(本当に、渋々と!深呼吸をしながら!)振り上げていた鞄を下ろすと、ひひ、なんて満足そうに、まったく懲りていない顔でへらへらと笑う苗字名前が目の前にいる。どうしてこうなったのか俺にも良くわからないが、流石に不可抗力と言わざるを得ない。

休日のショッピングモールで、新しいスパイクの目星をつけようとして…偶然にもこいつに出くわしたのが多分俺の運の尽きだったんだろうな!ああもう、最っ高に、最悪だ。さっきからすれ違うやつにじろじろ見られるし、なのに隣の苗字は気がつかずひたすら喋っている。――もしかしたら慣れているのかもしれない。こいつ、快彦を狙ってたり貴志部をたぶらかしてる変態のくせに見た目だけは相当良いからな…天は苗字に与えるものを間違えていると俺は思う。まあ、苗字を連れているという優越感は確かにあるけど…代わりたいと言われたら即座に交代を申し出るレベル。身長が負けてないのが唯一の救いか。


「で、総介君はなにを身に行くの?」
「お前はなんで俺に付いてくる気満々なんだよ」
「だってペンギーゴでしょ?私も新しいボール買おうと思ってるんだよね」
「…ボール?」
「新しい必殺技の練習してたらちょっと、…破裂したというか」
「付いてきてもいいけど俺から5メートルは離れて歩いてくれ」
「それ私が一方的につけ回してるだけの図になるじゃない」
「実質そうだろうが」
「えええ、寂しいこと言わないでよ総介君!同じフォワードのよしみじゃないほら!」
「お前フォワードだったの?マネジじゃなくて?」
「い、いや…マネジだけどさあ」


ああもう私のことはいいから!と苗字がぶんぶんと首を振る。「新しい技はちょっと、特殊なの!…限界を越えるというか…」小さく聞こえた単語に思わず耳を疑った。サッカーボールを破裂させる女にも限界があるのか…こいつはどこまで行くつもりなんだろう。とりあえずは、とスパイクを見に行くことを渋々打ち明けると苗字がぱあっと顔を輝かせた。「スパイク!いいね!私も丁度見たいなって思ってたんだよね」……なんだろう、この奇妙な感覚は。デートをしているみたいだぞ、これ……いや苗字みたいな変態が彼女とか嬉しくねえ!嬉しくねえけど!でも私服はそこそこ女らしくてふわふわしてて可愛、


「おーい、総介くーん!ボーっとしてないで行こうよほら」


気が付けば苗字は随分先に行ってしまっていて手招きしていた。「…あー、くそ」毒されてるぞ、俺…確かに顔はいいしスタイルはいいけど、そんなものでホイホイ惚れてたら困る。苗字のあれは意図的じゃねえだろうな、と一瞬だけ考えて…まあ、すぐにその考えは消えた。サッカー協会で初めて出会い、その後何度か雷門と練習試合をしたときに顔を合わせたからなんとなく察しはついている。あいつはただのサッカーバカなだけだ。


「…快彦のやつでも連れてくりゃ良かった」
「ん?なにー?何か言った?」
「別に」


――まあ、多少はラッキーと思わなくもないけど。


**


ペンギーゴを出て、結局何だかんだサッカーの話で盛り上がって。アイスを食べながら歩く道中、どうして一人で買い物に来たのかと問いかけると苗字はきょとんとした顔をして顔を上げた。「ううん…私、声掛けられるの嫌いなんだよね。なのに声掛けてくるんだよ…誰かと一緒に来ると面倒な人に邪魔されるし…変な人の対応に慣れてる友達ならいいけど生憎今日は倉間もいなかったし、水鳥ちゃんも調子が悪いみたいだったし」知らない人から誘われるのは苦手なんだよね、と顔をくしゃりと歪めた苗字はなんだか年相応だった。「霧野とか神童誘ってもいいんだけど、霧野とか神童だとすっごい可愛いから、二人は口説かれ始めるんだよね…男だって分かったらまた別の変なのが寄ってくるし」……なるほど、苗字それなりに苦労をしているらしい。

それより総介くんはどうして一人なの、と問いかけを返してきた苗字に思わず口元が引きつっていた。「お、前なあ…」「今日は部活、休みだったんでしょ?貴志部くんとか」「あいつは予定が空いてねえの」ばっさりと切ってやってから他のやつもな、と付け足すと苗字が楽しそうに一歩跳ねた。「ふふ、私と同じだね、総介くん!」「…っ、まあ、そういうこと」不意打ちの笑顔に一瞬だけ、思考が止まったのに苗字は気がついていない。


「じゃあほら、独り者同士!私ゲームセンター行きたいからほら行こうよ!」
「引っ張んな!っ、落ちるだろアイスが!」
「食べきれないのなら食べてあげるよ!」


もしかしてこれはデートですか?

(2014/05/21)



ゲームセンターから出てきた頃、あたりはすっかり暗くなっていた。「っはー!遊んだ遊んだ!」満足気に、クレーンゲームで確保したゲームのキャラクターのぬいぐるみを抱える苗字はなんというか、普通にしていれば可愛いのだなと実感させる。

さて帰るか、とバス停に向かおうとしたところで苗字がうわあ、と声を上げた。何かと思えばそれは青塗りの、一目で高級車だと分かるオープンカーが停まっているのだった。「お金持ちでもこんな庶民的な場に不釣り合いなそれに、不用意に近寄っていく苗字を慌てて追いかける。ちょっと見るだけ、と繰り返す苗字はしゃがみこんでしげしげとオープンカーを眺めはじめた。放っておこうと、俺は少し距離を開ける。

すぐに人影が近くのビルから顔を表した。スーツに纏め上げた髪。「こら、君!」まるで秘書のような格好をしたその人は、苗字を見るなり声を上げて駆け寄っていく。(声を聞くまで男か女か、判別し損ねていたのは許して欲しい)ここでやっと我に返ったのか、苗字が飛び上がって「わ、すみません!珍しいなあって…」立ち上がってごめんなさい、と謝る姿に秘書らしきその人はどうしようか一瞬迷ったようだった。

やがて、もうひとつ。ビルから人影が現れた。「緑川、そんなに警戒することないだろう」背の高い赤い髪色の、いかにも高そうなスーツに身を包んだその男を俺は…どこかで見たことがあるような気がした。「君、車が好きなのかい?」「い、いえ!そんなんじゃなくて、ただ珍しいなって!」…どこだったか……ああクソ、思い出せない。

腕をぶんぶんと振る苗字に合わせ、苗字の腕にかかっていたボールの入ったペンギーゴのふくろが揺れる。二人の大人の目が少しだけ見開かれるのが見えた。「へえ、じゃあ…サッカーが好きなのかな」「!はい、サッカーは大好きですっ!」先程の慌てぶりはどこへやら、サッカーという単語を聞いた途端に目を輝かせて食いつくあいつは多分アホなんだろうと思う。張り詰められていた気が緩んでいる。今ならあの中に飛び込んで、苗字の腕を掴んでバス停まで走ればバスに間に合うだろう。

次のバスの時間いつだっけか、と時刻表を思い出そうと首を捻る。赤い髪色の、恐らく秘書のような方の上司――が苗字に詰め寄らん勢いで迫っていた。何事か話している。苗字は明らかに戸惑っていた。そういやさっき、言い寄ってくるのは嫌いだっつってたな……これは、助けた方がいいのか?でも俺にそんな義理ねえ、よなあ…


久しぶりにマシンガンしてた。ここから分岐で、この軸の夢主は剣城のことを意識してないです。
一応滝兄、不動(基山)の分岐。アンケートのなので、不動から書いていきます。しかし滝兄と遊ぶ姿は書いててとても楽しかった…唯一ゲームセンターのくだりはちょっとタブの開き直しで吹き飛んだのでカットせざるを得なくなりました。悔しい。