倉間の明晰夢
――明晰夢。
「これ、夢か?」
普段の学校。普段の、放課後の風景。
はっとした俺は周囲を見渡した。やけにふわふわとした気分で、しかし頭ははっきりと冴えている。一般的に、それは自分が夢であると自覚しながら見る夢のことだと誰かから聞いたことがあった。これ、その明晰夢ってやつじゃないか?自ら望んで見ることも出来るらしいが……今歩いているここは、学校の廊下だ。俺はいつものように制服を着て、鞄を肩から下げていた。やけに現実味のある明晰夢であまり面白くない。
そういえばこの間、名前が夢で空を飛んだだの、ドラゴンを倒しただのと楽しそうに剣城に話していたっけ。夢の中でもあいつは常に人生楽しそうだなあとしみじみした記憶がある。「どーせ夢なら、有り得ないことでも起きてくれよな…」いつもの癖で鞄を背負いなおしながら、つまらない夢に文句を言ってやった。どうせなら俺もこう、映画みたいな面白い夢を楽しみたい。んでこう、名前に自慢を――…
「倉間君、ちょっといいかな」
「…は?名前?」
「その、話があるんだけど」
あ、これ面白い夢だわ。最高に笑える夢だ確信した。名前が赤い顔して俺を君付けで呼んで呼び出すとか、ギャグ以外の何物でもないだろ!
**
夢の中だし、何かの罰ゲームでもやらされているのかと思ったのだが、(夢の中の)名前は本気で俺に惚れているらしかった。あり得無さ過ぎて言葉が出ない。
そして現在、俺は名前に連れられ体育館への道を歩いている。人のいないところじゃないとだめ、と名前が強固に主張したのだ。夢だからと承諾したわけだが、よくよく観察してみると…やはり、性格が明らかに違う名前というわけではなさそうで笑ってしまう。
「倉間くん、その」
「別に何も喋らなくていいけど」
「……うん」
こくりと、頷いた名前はやはりそうだ。確か、夢って脳が記憶の整理をしてる…んだっけ?なら、これは確実に記憶の整理だ。名前の人物像がごちゃごちゃになったこの世界観は、非常に面白いものだった。見た目は成長しているのに、この目の前の名前の性格は幼い頃のままなのだ。おかしさを通り越して、むしろこれには懐かしさを感じる。
いつだったか、剣城にも言った気がする。そう、名前は昔はかなり臆病で俺の影に隠れてばかりのやつだった。色々あって心機一転して、守られるお姫様から攻撃一筋特攻隊になったわけだけど、昔の名前はほんとに普通の…かわいらしい女の子だった。今この性格だったなら至ってノーマルなマネージャーだっただろう。更には普通に美少女として、様々な場所から注目を受けただろう。あの時の名前は頼まれたら断れない性格だった。ああ、そうか。普通に成長してたらこいつ、まともだったんだな……なんだか切ないな
「……ここなら、いいかな」
気が付くと、そこは記憶が朧な体育館裏だった。背を向けた名前の姿が、幼い頃の姿に重なって見える。「ええと……典人、くん」小さな、絞り出すような声は幼い頃のままだった。のりひとくん、と俺を呼ぶ名前はいつだってかわいいと思ったっけ。泣きそうだったり、笑顔だったり。俺と名前の身長は同じぐらいだったのに、いつでも名前は俺を頼った。それに応じなければと思って、守ってやらなきゃいけないと思って、……追い越されて、俺より強くなった名前はそれでも、いつだって俺を頼っていて。
「まあ、なんだかんだ言ってるけどよ」
「……へ」
「俺は今のお前も昔のお前も嫌いじゃない。随分横暴になったけどなあ今は」
「お、横暴!?えっ、私」
「こっちの話だ。とにかく、俺は別に言われなくても知ってるってこと」
「知ってる!?」
「当たり前だろ。…好きじゃなかったら、何年も一緒にいない」
この感情は、家族に向けるものに良く似ていた。
きっとこの先も、名前は俺を頼るんだろう。なんだかんだ、俺もそれを拒むことは出来ないはずだ。手のかかる女兄弟を持ったような感覚は、最期まで続いていく気がした。隣ではないけど、俺と名前はいつだって近い場所にいるのだ。
ふわふわとした感覚は、普段なら絶対に言わないであろう言葉を口に出させた。多分、目が覚めたら俺は頭を抱えることになるんだろう。現に、今既に顔は熱くなっている。目の前の名前も真っ赤になって、俺をじっと見つめている。
やがて、名前がそっと目を細めて口元を緩めた。「っ、ふふふ」多分、尻尾があったらぶんぶんと振っているのだろう。嬉しい!と言わんばかりの笑顔に釣られて思わず俺も笑っていた。最期に、名前はありがとうと幼い笑顔で笑ったように見えた。
おさないきみとゆめのなかで
(2014/07/02)
「よう」
「…っ、倉間!なんでこんな朝から!?」
「たまにはいいだろ、一緒に行こうぜ」
何で焦るんだよ、と顔を覗き込んでくる倉間の体を無理やり押しのけて布団から飛び出した。「い、いまっ、」「今?」不思議そうな顔をしたあと、ああ今朝から絶好調だなと冷めた目で肩をすくめた倉間から思わず顔を背けた。夢だ、そう。さっきまで見ていたあれは夢だ。でも夢なのに、やけに倉間にはリアリティがあった。好きじゃなかったら何年も一緒にいない、なんて!
「恥ずかしいでしょうがバカ!」
「は?いや普段からお前も俺も別に部屋入ってるし寝顔なんて今更、っ!?」
「私だって好きじゃなかったらこんな、風に、しないっての!」
「いや枕投げながら叫ぶなよ聞こえねえよ!……ん?」
「な、なに」
「……いや、まさかな」