一年後のバレンタイン
(※本編終了後)
バレンタイン。魔のイベントが今年もやってきたわけ、だが。
「……あれ?」
「何不思議そうな顔してるのかなっ?美味しいのかな拓人きゅん!」
「は?…い、いや、は?」
「えっ?なに?なんで睨むの?…不愉快だった?」
「…………」
「無言!?私の渾身のボケを威圧と共に睨み返してくれなくてもホワイトデーにもっと美味しいものをくれればいいと思うんですが」
「…は?」
「なんで三回目!?神童そんなに私が嫌い!?」
泣くぞ!?と目を見開いてプラスチックの容器を抱えた名前を見つめた。その容器から取り出されたチョコレートを口に突っ込まれたのが数十秒ほど前のこと。口に入れたチョコが爆発したのが一年前のこの日のこと。…そして、驚くほどまろやかなチョコレートが口の中でとろけたのが数秒前。
無言で名前を見つめてやると、おろおろと戸惑っていた。正直名前が言っていた言葉の大半がどうでもいいのだが、一番最初の言葉には頷かざるを得ないだろう。「…美味い」「そんなに不味いならみんなして無言にならなくても不味いって言えば…えっ美味しいの?」多分、俺とまったく同じ顔できょとんとした名前に頷いた。「美味いぞ、何があったんだ?いや流石に売っているチョコレート程ではないかもしれないが…」まろやかで、ほろりと溶けて、口当たりだって不愉快感はない。「溶かして固めただけじゃないだろう」そう言うと名前はへにゃりと口元を緩ませた。
「基準が高級チョコレートな神童に褒められると悪くないなあ」
「そうなのか?」
「神童の口に合ったってだけで大勝利。お坊ちゃんも納得って売り出せるわ」
「でも俺だって霧野や浜野が持っているチョコレートを食べたことはあるぞ」
「普段食べてるのと全然味が違うんじゃない?」
「……まあ、そうだな」
頷くと満足気に名前がガッツポーズをした。「神童に美味しいって言ってもらえて良かったよー!とりあえず二年のクラス巡ってサッカー部のメンバーの口に突っ込んで感想聞いたんだけど、誰も何も言わないで黙り込んじゃうんだもの」肩をすくめる名前にそりゃあそうだろうと心の中でだけ呟いた。去年がアレだったのだから、その反応はしょうがない。突っ込まれたかと思うと口の中で恐ろしいものが爆ぜたのだ。あれは本当に嫌な思い出でありむしろトラウマである。誰だって警戒した結果、美味しいとなればそりゃきょとんとしてしまうだろう。何より相手が名前なのだから多分、一番最初に犠牲になったであろう倉間なんか明日の天気を本気で心配しているに違いない。
「じゃあ、あとは三国さんに認めて貰えば完璧…」
「まだ回るのか?既に十分美味いと俺が証明しただろう」
「神童だけじゃ自信がないの!」
「……名前、何を食べた?どうした?ほ、ほんとにお前は名前か!?」
「私は名前だよ失礼な!」
目の前で頬を膨らませる女子は誰だ。名前か?いや俺は知らない、こんなにチョコレートに必至になっている恋する乙女は俺の友人にはいない。「名前、剣城はお前の作るものならなんでも美味いと言うだろうし喜ぶだろ?」「そうかもしれないけど!…っえいうああ!?神童!?私がいつつっつる!?」…まさかこいつ、バレていないとでも思ったのだろうか。いや流石に味見という時点で察せる。馬鹿なのだろうか。…馬鹿か。
「……い、言わないでよ?」
「言わないも何も、その前にいつ渡すつもりなんだ」
「い、いつって…それはその、なんというか、自信が出来たらというか…」
「自信が出来たら?今日がバレンタインだろう」
「っ、そうだけど!そうなんだけど!」
頬を赤らめてもじもじとする名前は普段の名前と比べると別人のように可愛いので本当にやめて欲しい。惚れるぞ。…いや、嘘だけれども。流石に惚れるは有り得ないが、可愛いは本当なのでやめて欲しい。気持ち悪い。普段と比べると差が有りすぎる。気持ち悪い!
「…神童、今すごく失礼なこと考えなかった?」
「名前を気持ち悪いと思った。もしかするとそれかもな」
「もしかしなくてもそれじゃん!気持ち悪いとかなにそれ酷い!……」
「…ん?」
「ね、ねえ神童……そんなに気持ち悪い?やめた方がいいかな?」
「やめなくて良いと思うぞ。ああそうだ、悩むぐらいなら自分を差し出せばいいんじゃないか」
「神童っ!?」
「チョコレートをコーティングした体にリボンを巻き付ければいいと聞いた」
「いやいやいや!?……って、それ誰の情報?」
「霧野だが」
「…神童、純粋なのはいいよ。大事だ。そのままの君でいて。私は何も聞いてない」
何やら憐れむような目を俺に向けてくる名前。赤くなったり大声を出したり焦ったり、沈みかけたかと思うとこれだ。何故そんな目をする名前。非常に解せない気持ちのまま、男のロマンだよな!と狩屋に絡んでいた霧野を思い出す。こちらに背を向けた名前は三年生のクラスに向かうのだろう。しかし霧野は熱く語っていたな…。なのに、
「ロマンじゃないのか…」
「……ロマンなの?ロマンなの!?」
よく分からないが、名前が舞い戻って食いついてきた。「……剣城も?」形相が本気のそれなので正直肩がびくりと震える。「いや分からないが、」「剣城もなの!?」俺が知るはずないだろう!「少なくとも霧野は…、」「霧野の理想なんて聞いてないって!」むしろ霧野がチョコレート漬けになればいいと思う!と叫んだ名前はいつもどおりだった。言っていることがよく分からないし、今の発言は乙女ではない。
「うううううう!じゃあもうそれで!」
霧野のチョコレート漬けとは、と考えているうちに目の前で何やら剣城が剣城が、とまくしたてていた名前が覚悟を決めたらしかった。とりあえず遠目で応援してやることにする。まあ、……なんとかなるだろう。頑張れ名前、そして剣城。
一年後のバレンタイン
名前さんがちょっと配ってくるから、と行って空野達のところに駆け寄ってチョコレートを配っていた。去年もだが、あの人は本当に年下には甘い。今年はどうだったのだろう。…遠目から見るに、先輩たちは被害を受けてはいないようには思える。ただただ白い目で名前さんを見つめている。――今年は一体何があったというんだ。流石にまたチョコレートを爆発させるなんてことは…ありそうで怖い。とても恐ろしい。
そんな俺はまあ、貰えるだろうと鷹をくくっていた。今や名前さんと俺が好き合っているということは周知の事実だし両者も十分に承知している。そんな事になる前に既に俺は特別扱いをしてもらえていたのだから、今年だって俺が名前さんの一番だろうと。正直な話をすると机やロッカー、下駄箱や手渡しなどそれなりにチョコレートやらお菓子は貰っていたが俺が一番楽しみなのは名前さんのだった。
――だというのに、戻ってきた名前さんの手提げ袋はぺちゃんこだ。
「はー!配った配った!じゃあ剣城、帰ろうか!」
「…あの、名前さん?」
「ん、なに?剣城今日は病院に寄るんだっけ?」
「いや、違いますけど……俺の分は?」
どストレートに聞くとみるみる名前さんの顔と耳が真っ赤に染まった。「お、剣城とうとうフラれんの?」言葉だけ聞いていたのだろう、狩屋の声に一瞬不安になる。が、それならば何故名前さんは赤くなっているのだろうか。「…もしかして、もしかするのか?」霧野先輩が狩屋を押さえつけてこちらに声を投げてくる。「……は、マジ?」狩屋が霧野先輩と名前さんを交互に見て、俺を見つめた。何なんだ、わけがわからない。
「あの、名前さん?」
「………ここにあるよ」
「ここ?」
「だ、だから!剣城のチョコは、ここにあるの!」
手提げ袋を指差して名前さんが叫んだ。でもそれぺちゃんこで何か入っているようには見えませんけど、と言おうとした瞬間に腕を掴まれて引っ張られる。「おいおいおい!マジでかよ!」「剣城君爆発しろ!」「誰がけしかけた?なあなあ誰だ!」「俺だが」「神童かよ!」騒ぎ声を背後に校門を出て、しばらくしたところで名前さんが足を止めた。周囲には丁度人がおらず、グラウンドで騒ぐ声がうっすらと聞こえる。
「名前さ、」
「単なるジョーク!冗談!独り言!」
「…は?」
「き、聞き流してくれていいんだけど、その、…チョコの代わりに私を食べていいよー…なーんて……その……」
「………」
「美味しいかは分かんないけど、まあでも…ごめん無かったことにして!?」
私とち狂ってたから!と叫んだ名前さんが振り向いた。顔も何もかもが真っ赤で、そんな彼女が次の言葉に詰まったのは多分、俺の顔も真っ赤になっていたからだろう。いや、本当、それは反則だと思います。…つまりそういう意味でしょう?
(2014/02/15)
遅刻し……てませんなんてことはなかった!遅刻です本当にありがとうございます!いつかやれたらなーってネタだったので満足です。あと中学生なので健全です多分ちゅーぐらいで終わると思いますわあプラトニック!