乙女になりましょうよ
爆発して消えてなくなりたい。
「………やばい死にたい………」
「まーさーかーっ!名前が男の子にあーんな事言うなんてねえ!」
ばんばんばん!と大きな音を立てて背中を叩いてくる母。傷をえぐられ塩を刷り込まれる感覚である。「やだもう何言ってんの私なんなの……」「名前もとうとう女の子になるのね……母さん嬉しい」「やめて!?お願い本当にやめて!?」現在、この部屋には母さんと私の二人きり。剣城は何故か父さんに連れていかれた。母さん馬鹿な父さんと何を話しているのかは少し気になるが、今私の精神状態はそんな事気にしている暇はない程に混乱しているのだ。なんだあの自分で放ったセリフは。
「"恋を教えて"、ねえ?うふふふ!録音したわよ勿論!着ボイスにするわ」
「母さんそれ私の公開処刑!お願いやめて土下座するから!」
「代わりに世界大会への申請書類にサインしてあげるわよ?」
「うっ!?……っ、くう……!!」
ドヤ顔の母。ぴらぴら、とその手元で踊るのはサインの入っていないサッカー協会への申請書類。「さあて、今名前には羞恥心を取るか欲望を取るかという選択肢があるわよ?」意地悪ーい顔でにっこりと、娘の私でさえ見惚れるような綺麗な笑顔に苛立ちしか感じない。さあて、私の選ぶべき選択肢はどっちでしょう?
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「正気なのかい?」
「……ええっと、まあ…その……はい」
名前さんの父親に連れられて、やってきたのはホテルのちょっとした休憩コーナーだ。現在は俺と苗字父以外には誰もいない。そして、ソファーに座り込むなり彼はそんな事を口にするのだ。流石に名前さんが可哀想になってくる。
「………名前のあんな普通の顔、久しぶりに見たよ」
「あの、失礼ですが先輩……名前さんも、普通だった時があるんですか?」
「その質問は失礼じゃないかい?ま、人の事は言えないのだがね」
口元を緩めながら嬉しそうにする苗字(父)。「あの子も4歳までは純粋だったんだよ」とどこか遠い目をしながらそんな言葉を放たれる先輩が少し不憫になった。「だから剣城君だっけ、君が名前を好いてくれているというのに喜びや心配よりも、驚きが勝っているんだ」正直に言えば僕は母さん一筋だからね、とけろりとしているあたり血の繋がりをなんとなく感じてしまう。名前さんも、サッカー以外は(俺を含め)二の次扱いだし。
「まあ、だから剣城君」
「………はい」
「名前のこと、なるべく広い目と心で見てやってくれ」
よろしく頼むよ。そう言われてどこか彼女に似た笑顔を見せるその中年男性に、俺はしっかりと頭を下げた。「大丈夫です」会いたいと思った時に、振り向いて欲しいと思ったから。先程のように、ちらりと振り向く程度じゃなく。そのためには俺が彼女にずっとこの気持ちを抱き、伝え続けねばならないのだろう。――それを、苦痛だとは思わない。
―――"あの"言葉で俺は全部、既に彼女のものになってしまっているのだから。
ま、たまには乙女になりましょうよ
(さあ帰ろう、日本へ)
(2013/06/21)
普段の半分ぐらいの短さにちょっと後悔。