告白でいいんですか?


―――扉を開けると、母さんと剣城が並んで紅茶を飲んでいた。


「………………………………亡霊?」
「きゃーっ名前!!!久・し・ぶ・り・ねー!!!」


叫んで飛んで抱きついてくる母(38)。普段なら同じぐらいで返すことの出来る、母さんのテンションに反応出来ない。「あ、先輩。お茶頂いてます」「……え?あ、はい…」余りに馴染んでいる剣城に思わずの敬語。は?え、えーと?これ本物?偽物の剣城じゃないよね?母さんのドッキリじゃないよね…!?見れば剣城はバスローブを身に纏っており、髪の毛は少し濡れていて――えっこれ何のサービス?いやもしかして剣城ってば母さんと!?……無いか。流石に無いか。えっ!?何で剣城ここにいるの!?


「………………」
「……先輩?」


黙り込んだ私に訝しげな剣城の声が投げられる。が、キャッチをする気は無い。黙ったまま靴を脱いで母に菓子折りを押し付け、剣城の前に立ち塞がった。「…あの?」「……」特徴的なもみあげと、ツンツンと跳ねる髪の毛は間違いなく剣城のものだ。いやしかしそっくりさんという可能性もある。というわけで確認作業入りまーす。ぎゅう


「っな!?せせせせせ先輩っ!?何してるんですか!」
「何って抱きついて感触を確認してるだけだけど」
「はあ!?せ、セクハラで訴えますよ!?」
「うるさいだまれ。………亡霊じゃない、ドッペルじゃない、―――剣城だ」


ぎゅう、と再び腰に抱きついた。「う、うるさ……って、何で確認作業がハグなんですか!」「至って真面目だよ!私は抱きついた人全ての感触を把握している」「この変態…」剣城の声が本気で嫌がってるようには聞こえないから少し力を込めると、「いだいいだいいだ――ッ!?」「あ、ごめん」嬉しくて、つい。頬を緩めても剣城にはバレないはずだ。


「って、いつ俺に抱きついたんですか!」
「んー?忘れちゃったの?初めて会った時にほら!押し倒したじゃんか」
「そういう事今ここで言わないでくれます!?」
「あー、剣城は腰が細いからいいよねー」
「―――っ!変なとこ触らないでください!」
「えっ、腰って変なところに入るの?」
「セ・ク・ハ・ラ・で・す・よ!?」


セクハラセクハラ連呼するけど、私だってバカじゃない。「ねえ剣城、どうやってここまで来たの」「……色々あったんです、色々」「その色々を知りたいんだけど」「…………神童先輩の家の自家用機で」「は?」「だから!――色々ありましたけど、……先輩に会えて良かった」剣城の腰から手を離して立ち上がり、真正面から剣城を見つめた。次の瞬間、首元に暖かな腕が絡まる。


「………つるぎ?」
「帰ってきてください」


―――耳元で、切なげな声が響いた。


「へ?つ、剣城?帰ってきてって……?」
「先輩がいなくなるのが嫌なんです。先輩にあんな顔して欲しくないんです」
「………えーと、私話がよく見えな―――」
「名前さん、」
「ッ!?」


剣城の声が、私の名前を呼ぶ。どくん、と今までに経験したことのない心臓の高鳴りを感じてしまった。「……な、なに?」どうしたの、いきなり名前なんて……そう問いかけたいのに言葉が出てこない。驚きと、それから感じたことのない熱が体中を支配した。――これから投げかけられる言葉に、どうしてだろう?期待が高まってしまうのは。もしかして、もしかして、もしかして―――いや、無いよ。きっと。――そんなことない!もしかしたら!――冷静な声は普段の私で、興奮しているのは押し隠していた本質。





「――好きです、名前さん」




「迷惑なんかじゃない。嫌いだったら、俺はあなたと手なんて繋がない」


――剣城の声が、必死で押し隠していたはずの私の本質を引きずり出そうとする。「……なに、それ」「告白ですよ、そう聞こえませんでしたか」「……」聞こえなかった。そう言いたかった。でも、「――ちゃんと、聞こえたよ」「っ」聞こえてしまった。大事な大事な後輩の、大切な言葉を無かったことになんて私には出来ない。


ちなみに、この告白に対して私はどう答えればいいんでしょう?


「えーと、剣城…?それで、剣城は私に何を望むの?」
「…………?」
「素で何問われてるか分かんないって顔しないで欲しいな!ほら、こういうのって『付き合って欲しい』とか言われるんじゃないかって思って」
「……言って欲しいんですか?」
「そこまで強欲にはなれないかな」


だって、私は今すぐ剣城の気持ちに応えることが出来ない。それなのに更に言葉を要求するなんて流石に欲張り過ぎて引かれそうだ。「言ってもいいですよ」「うん、今はやめよう?というか剣城楽しんでない?」「そんな事ないですけど」うわあ、こいつ楽しんでやがる…!「まあ、ふざけるのはここまでにしておきましょうか」剣城の腕が私の首から離れていって、涼しい首元に寂しさを感じたのは気のせいだと信じたい。


「俺は、先輩に帰ってきて欲しいんです。――日本に」
「……いやー、最初から思ってたんだけどさ、剣城は私が日本に帰らないと思ってたの?」
「…………は?」


ふむ、空気が変わったな?


「いや、剣城聞かなかった?拓人とか蘭丸とか、先輩達には話したんだけど」
「……何をです」
「私が週末だけアメリカ行ってて、部活出れないよーって事を……」
「はあ?!」
「うわぶっ!?」


先程までの抱擁の雰囲気はどこへやら、剣城に胸ぐらを掴み上げられた。「ちょっぶ」「何ですかそれ!?ああ、それで霧野先輩あんなに愉しそうだったんですか!」「わ、私に言われても知らなっぐわ揺ら、酔う!?」「天馬あいつ許さねえ…!」「やめ、剣城やめ…!」「大体あいつは兄さんに何て説明したんだ!?」知るか!もう声すら上げるの難しいよ!?うっ、気持ち悪い……「……あ」すいません、じゃない!


「………うぇっぷ………」
「はい名前、水よ」
「うう、ありがと母さん……………………母さん?」




これは告白でいいんですか?



(2013/06/11)