飛べ!
※剣城視点


『違う』と一言言えさえすればよかったのに、取り返しはもうつかないのだろうか。


「ねえ剣城………先輩と何があったの?」
「何も」


隣を歩く天馬にそう返すと、「…そう」と悲しそうな声で相槌を打たれた。「ねえ剣城」「…なんだよ」「先輩、何であんなに剣城の事見て寂しそうにしてたの?」「っ、知らねえ」「――嘘つき」天馬の声が、車の走る音にかき消された。聞こえていたくせにわざと聞こえていなかったフリをする自分に少し苛立つ。

先輩は部活が終わる少し前に、誰にも何も言わずに帰ってしまっていた。飛行機の時間があるのだと神童先輩は言っていて、それに誰も疑問を抱かなかった。久しぶりに静かなミーティングルームで明日の予定を聞き、天馬と(先程までは信助と空野もいた)帰宅路を辿る。ひんやりとした夜風が頬を撫でた。暗くなった空を見上げて目を少し見開いた。

ーーきぃぃぃいん、と音を鳴らして空港から飛び出してきた影。


「剣城、あれ…!」
「………間に合うはずなんか無かったんだし、しょうがねえだろ」


きらきらとライトを光らせながら、夜空の向こうへと飛び立っていく飛行機。「違うかもしれないでしょ!?」「違わねえよ、多分」最後はまさかこんな別れになるなんて思わなかったのだけど、あの人との出会いも悪いものではなかった。むしろ楽しかったと言っていいだろう。せめて、あんなやり取りさえ無ければ部活を放り出してでも見送りに―――いや、引き止めていたかもしれない。自分勝手だと理解しつつも、あの人に、……名前さんに、行かないで欲しいと告げて腕を引くことだって出来たはずだ。


「剣城、――後悔しないの?」
「……………知らねえ」


天馬の真っ直ぐな目が怖くて目を逸した。しょうがない。しょうがないんだ。目を閉じれば数時間前の会話が全て思い出せる。『迷惑かけて、ごめんね』――あんな先輩の笑顔は見たくなかった。今すぐ謝って違うと否定して、その勢いならばこの不確かな感情を形にして彼女に見せられるだろうか。もし、あんな会話さえしていなければ。


「第一後悔も何も……もう間に合わないんだよ、天馬」


……分かっている。"もしも"を繰り返したとしても過ぎ去った時間は取り返せない。先輩がどうしてアメリカに行ったのか理由も知らないまま、俺はきっとゆっくりと時間を消費しながら先輩の事を忘れていくんだ。多分、その方が幸せだ。


「分かったらもうこの話はやめ――」
「じゃあ剣城!"もしも"今から間に合うならどうする!?どうしたい!?」
「は!?ちょ、おま何しやがる!」
「答えないとこのもみあげ取るよ!?」
「やめろ!今俺すっげえ真面目に話の方向性変えようとしてたんだぞ!」
「そんなの俺知らないよ!剣城、このままで本当にいいの!?」
「いいんだよ!しょうがなかったんだから!」
「うるさい!」
「おま、いっづ!?」


ぐい、と思いっきり真下に引っ張られた髪の毛の一部は幸か不幸か生きていた。しかしくるりとなっていた先端部分は天馬の手により真っ直ぐ伸びている。離せ、と叫んで天馬の腕を振り払おうと自分の腕を振り上げて――天馬の目が、真っ直ぐ自分の目を見つめていたから言葉に詰まった。つくづく俺はこいつのこの目に弱い。


「ねえ剣城、―――どうしたい?」
「……………」


どうしたい?まず、否定したい。迷惑なんかじゃなかったと。嫌いではないと。多少困る時は確かにあったが、本気で嫌なら俺は彼女を無視して視界に入れないように行動しただろう。彼女の作ったドリンクを口に運ぶことを躊躇っただろう。

自分の曖昧な態度が先輩を傷つけていた。せめて迷いを裏に隠して普段通りに接することが出来ていれば、今こんなに後悔することはなかったのかもしれない。



―――どうしたい?




「名前さんに会いたい」



天馬の目を見据えてそう告げた。会いたい。会って話がしたい。自分の言葉に恥ずかしくなって思わず目線を地面に落とすと、俺より少し小さい手が肩にのせられた。顔を上げると笑顔の天馬。………ん?一瞬、嫌な予感でぞくりと背筋が震えた気がする。いやおかしい。そんなはずh


「……だ、そうです神童さん!」
「剣城……!俺は、俺はっ………!」
「そんな剣城、お前に朗報だ!今ならタダで神童家の自家用ジェットに乗ってアメリカまでひとっ飛び!名前も追い越せるぜ!」
「剣城、はいこれ!お兄さんから借りてきた剣城のパスポート!」
「さあ乗れ剣城!名前がお前を待っている!かもしれない!」
「………………………は?」
「いやー最高だな!こんな面白……感動的だな!」
「うっうっ……剣城、お前そんなにも名前を……」
「行ってらっしゃい剣城!アメリカのお土産買ってきてね!」
「………………………………えっ?」


疑問の声は無視される運命でしかない。



夜空に飛べ!

(えっいや、どうして神童さんと霧野先輩が!?)
(剣城、安心しろ。さっきのセリフはきちんとビデオに収めておいた!)
(は!?霧野先輩何やってんですか!?)
(ほら間に合わなくなってもいいのか!剣城!)
(優一さんも応援してるよ剣城!)
(天馬お前兄さんに何て説明s)
(飛んでくれー!)
(神童さんちょ、待っ―――――)

(2013/06/04)

つまりはアイ・キャン・フラーイ!