これが素顔?
※剣城視点

あれ?矛盾してる


「……ぎ、つるぎ、剣城!聞いてるの?フォーメーションが……」
「あ、ああ…悪い」
「もう!ぼーっとするのはいいけど、ちゃんと聞いてってば!」


天馬がぷくっ、と頬を膨らませる。なんとなく一瞬フグが思い浮かんで、でもそのフグは一瞬で頭の中で泳ぐのをやめた。天馬の後ろで先輩が走る姿が見えたからだ。
再びホワイトボードの上に青のペンでぐりぐりと線を引きはじめた松風に頷きながら、頭の中は気がついてしまった矛盾でいっぱいになっていた。


『バイトの給料が入った』


あれ?雷雷軒で先輩ってば給料貰ってない、とか言ってなかったっけ?記憶に新しいサッカー協会からの帰り道を思い出しながら考える。一番鮮明に思い出せるのは―――笑顔。美味しそうにクレープを食べる先輩の顔。白竜とサッカーしてる先輩の楽しそうな顔で……って何を考えてるんだ俺は!「剣城ってば!」…すまん天馬。


**


ここ最近、俺は先輩を自分から遠ざけていた。理由は簡単。意識してしまうからである。なんというか……あの変なテンションに安心出来なくなった。つまり以前のように会話をしていない。意識する一番のきっかけになったのは倉間先輩と霧野先輩との会話の後だ。何故あの時俺は「はい」なんて言ったんだっけ!?しかも何で頷いたんだ!顔に集中した熱を見て霧野先輩はニヤニヤと、倉間先輩は顔を青くして俺を見守っていた、らしい。神出鬼没カメラマンこと山菜先輩の言葉である。

ってか、先輩を普通の……女の子に?俺が!?無茶苦茶だろってか無理だろ!ぐるぐると脳内を駆け巡る霧野先輩と倉間先輩の声、それから苗字先輩の声が合間に挟まり思わず頭を抱えた。今が夜で本当に良かった。これが昼間だったら俺はただの変な人じゃないか……。そう、現在の時刻は午後九時半。何故だか無性にアイスが食べたくなり、近所のコンビニまで歩いている途中である。勉強に集中する時はこんな風に色々考えていないけれど一瞬気を抜くと脳内を支配するのは彼女のことばかり。ああ、まったく何で、俺は、


「申し訳ありませーん、現在工事中になっておりまして……」
「……ああ、そうか」


ぼんやり歩いている時の悪い点は、無意識に普段の道を使ってしまうところだろう。最近始まった近所の道路工事は時折煩いと感じたが、そういえばコンビニの目の前だったっけ。迂回するには余計に時間を使ってしまうがしょうがないだろう。歩く方向を90度程変えて、再びコンビニへの道を歩き出した。えーと、俺は何を考えていたっけ?あ、先輩の事か。いやもう考えないようにしよう。第一先輩に彼氏がいたり…だとか、あの雷雷軒の店長さんが好きだったりとか、そんな事をまったく知らないのだから。もう少し慎重に事を運んでも良いはずだ。

そういえば、ここの工事はいつ終わるのだろう?工事現場の進み具合なんてよく分からないまま、くるりと振り向いてたくさんの人がシャベルを動かす現場を覗き込んだ。一輪車に土を乗せ、それを運び出し……つまりはただの肉体労働。良い特訓になりそうだな、なんて考えながら再びコンビニへの道を歩きだそうとした時だった。


「………え?」


――良く知っている。そんな背中がちらりと見えた気がして再び現場を振り返った。……まさか、まさか……!?他に働いている男の人とは明らかに体格の違う細い体。しかしその動きはまったく疲れを感じさせず、ヘルメットから覗く髪は夜風にふわりと翻った。その人はどうやら一度タオルで汗を拭うべく自分の水筒が置いてある場所へ向かうらしい。その動きを思わず目で追ってしまう。傍から見れば多分、工事現場を覗く俺は何をしているのだろうという状態。しかし目が離せなかった。その人は首にかけているタオルで顔をぬぐい、ヘルメットを一度外して水筒の横に置いた。さらり、とヘルメットの中に押し込められていたのだろう髪が肩にかかる。


「せん、ぱい?」


自分の声は小さすぎて車のクラクションにかき消された―――ように思えた。泥だらけになった顔を拭きながら、先輩は水分を少し補給した。「うまい!」とでも言うかのように清々しい笑顔を残し、再びヘルメットを頭に付ける。それは見た事の無い先輩の顔で、働いて汗水を流している人の顔だった。自分の気持ちに気がついてしまったからか、遠くなる先輩がこんなにもはっきりと分かる。一つしか違わないはずのその背中が自分の手で届くとは思えなくなってしまった。

足が動かない。なんだ、あれは、あの姿は?雷雷軒で走り回っていた先輩の顔はとても楽しそうだったけど、道路工事をする先輩はもっと違う……そう、凛々しいというのだろうか。普段の笑顔とは違う、キリリと引き締まった表情が俺を惹きつけた。その顔は泥だらけで着ているツナギも泥水にまみれている。タオルだって薄茶色に染まっている部分がいくつかあるのだけれど―――


「………格好良い」


声は再びクラクションにかき消されたけれど、何故だか自分の心は浮き足立っていた。



変態さんのこれが素顔?

(自分の発言から知られてしまった事など)
(彼女は未だに気がついていない)

(2013/05/05)

やーっとバイト編の中盤です(えっ