お饅頭
「じゃあ名前さん、夕飯の時間までどこか行―――」
「はい剣城、お茶淹れたよ。あ、お饅頭もあるみたい」
「……どこか、外にでも」
「剣城剣城!見て見て、ここの窓から下の大通りが見える!」
「………」
「これいいなあ、どこか古い時代に迷い込んだみたいで……剣城?どうしたの?お饅頭食べない?」
「や、いいです。ってさらりと俺の分に手を出そうとしないでくださいよ」
冗談だって、とけらけら笑いながら俺に饅頭を譲る名前さんの顔はなんというか……「しょうがないんで、半分あげます」「いいの!?」あ、すっげー目が光った。やっぱり名前さんは分かりやすい。ありがとう剣城、と緩む口元を隠そうともしない名前さんと一緒に饅頭を一口かじった。程よい甘みが口の中に広がる。
窓の外は見事に青空。そのくせ太陽はじりじりと照りつけるわけでもなく、真っ盛りな昼間を過ぎ去ったからか少しばかり穏やかだ。「お茶、おいしいねえ」何やら既に満足げな名前さんを見つめる。…正直、俺としては外へ散策にでも出かけないかと誘うつもりだったのだ。少し古めかしい町並みだから、名前さんは楽しめるだろうと思っていた。しかし既に彼女は行動として、部屋でのんびりすることを選んでしまったらしい。――名前さんがいいのなら、俺はそれでもいいのだけど。でも、どこか消化不良だ。
「名前さん」
「んー?」
「外、色んなお店があるみたいですよ」
諦めきれずに囁いてやると、面白いぐらいに耳がぴくりと反応した。「ほら、この町並みですし。多分、和風のものがたくさんあるんじゃないですかね」「う…」「名前さん、レトロなものとか好きですか?」確信的な問いかけに、こくこくこくと名前さんの頭が上下に揺れた。俺が既に名前さんの好みを、倉間先輩からリサーチ済みなのを名前さんは知らない。だからだろうか、こういった反応を見た時に思わず頬が緩んでしまうのだ。多分、俺が名前さんのこういった反応を密かに楽しむのは、これから先も変わらないんだろう。
とにかく、善は急げだ。色んな場所を楽しむには、そこそこの時間が必要になる。「それじゃあ…」「あ、待って待って!」行きましょうか、と続けようとした言葉は名前さんに遮られた。すっかり部屋を出るつもりだったから伸ばしていた、テーブルの上の鍵に触れた指がぴくりと止まる。
「その、今すぐじゃなくてもいいんじゃない?ほら、まだ時間はたくさんあるし」
「…まあ、そうですけど。でも、」
「せめてほら、結構長い時間電車に揺られてたんだしさ。ちょっとぐらい休憩しよう」
「……」
「剣城、寝ちゃうぐらいだったし。自分じゃ分からないかもしれないけど、疲れてるよ」
後で温泉入ってゆっくりしよう、と言いながら名前さんは既に空になっていた俺のカップにお茶を注いだ。少し濃い目の、緑色が優しい香りをふわりと広げる。「…ありがとね、剣城」さっきとは違う大人びた表情で、優しく微笑んだ名前さんが目を閉じた。「私のためにさ、色んなこと考えてくれてて…私いつも、すごく嬉しいと思ってるよ。でもね、私は剣城と一緒なら多分、何でもすごく楽しいんだよ」――そっと開かれた名前さんの、透き通った目の中には俺が映っている。
「せっかくなら、剣城も一緒に楽しみたいじゃない?」
「いや、俺は……名前さんが楽しかったら、俺も」
「っ、わ、たしだってそうだよ!」
「……名前」
「ななななに!?」
「顔、真っ赤ですっげえ可愛い」
「京介うるさい!」
――あ、始めて京介って呼び捨てされた。
(2014/06/21)