バレンタイン企画番外編
※剣城視点
朝練の集合時間ぎりぎりの時間。
少し眠いのをなんとか表に出さないようにしつつ、壁にもたれて練習開始の合図を待っていた時だった。
ばたばたばた、と騒がしい音が廊下から響く。……もうだいたいそれだけで最近は誰だか察しがつくようになっていた。先輩たちも呆れたような苦笑いで作業を続ける。もうこれで確定だ。
「おらおら野郎共!這いつくばって靴の裏舐めやがれーい!」
「……いつにも増して名前が壊れてるな、どうしたんだ?」
「さあ?変な物でも食ったんじゃないか?」
「うっわあ酷いねベイビー?僕に惚ろYO!YO!チェケラ!崇めろYO!」
「ベイビーにはもう突っ込まねえぞ。第一お前一人称僕じゃねえだろ」
「倉間にはなにもあげるものなんてないけど!でも靴の裏舐めろほら!」
「な!ん!で!だ!よ!」
ミーティングルームに飛び込んできたのは勿論苗字先輩で、もう関わるのが怖い。
倉間先輩が半泣きだけれども全員見ないふり。良く見れば苗字先輩は紙袋を二つ下げていた。……嫌な予感しかしないのは俺だけではないようで、倉間先輩と同じくその紙袋も見ないフリ。
しかし空気を読めないアホな子というのは存在するもので。
「あっれー?先輩、その紙袋何やんね?」
「きゃああああマイスイートエンジェル黄名子ちゃん!おはよう!今日も可愛い!」
「て、照れるからやめるやんね!」
「またまた照れるところも可愛い!ごちそうさま!今日も一日頑張るよマイプリンセス!」
「そ、そんな、ウチには心に決めた……はっ!?何言おうとしてたやんねウチ!?」
先輩恐るべし。菜花が真っ赤になって照れまくっているのは当然だ。
聞いているこちらの方が本気で恥ずかしい。全員口には出さないけど顔が真っ赤だ。
そりゃそうだろう。マイプリンセスとか歯が浮くようなセリフをどうしてこんな堂々と言えるんだこの人は!
そんな俺達の様子には一向に気がつかず、にこにこと紙袋を漁る先輩。
何が出てくるのかと一瞬警戒心を強めておく。厄介事に巻き込まれるのはご免だ。
「そんな黄名子ちゃんにプレゼント!……いつもありがとね?」
「わわっ!これ何やんね!?」
「今日バレンタインじゃない!だから本気出しました」
橙色のリボンが可愛らしい、白い小さめの小箱を菜花に差し出す苗字先輩。
そうか、今日はバレンタインか―――小さく呟いた神童先輩の言葉にその場に居た男子全員の背筋が凍る。
女子に被害が及ぶことはないだろう。多分。しかし俺達は?間違いなく命が危ない
とりあえず何があってもツッコミを入れてはいけないと全員で目配せしあう。菜花がリボンを解いて箱を開けているのが見えた。
「こここ、これ先輩が作ったやんね!?」
「普段癒されてるお礼だよ。いやー、こんな変態に抱きつかせてくれてありがとね?」
「先輩自分が変って自覚あったやんね」
「え、無いと思ってたの……」
「衝撃の一言だぞそれ!……あ゛」
倉間ァァァァァア!と霧野先輩がツッコミを入れる前に、先輩がにやりとした危ない笑顔でこちらを振り向いた。その笑顔だけで倉間先輩の死亡フラグだけが確定したとほぼ全員が悟る。狂気が感じられる何だあれ不思議
ゆらりと立ち上がった先輩は菜花に片方の紙袋を押し付け、危ない笑顔を崩さないまま紙袋に手を突っ込んだ。
ゆっくりと、ゆっくりと歩き………倉間先輩の目の前までやってくる。
そして一瞬で危ない笑顔を消し去り、にやーっと普段の笑顔で笑って倉間先輩の口のなかに何かを押し込んだ。
「ハッピーバレンタイン、倉間!」
「もがっ!?」
「名前ちゃん特製はじける美味しさ超次元チョコレート第一号はどんな味だい?ん?」
「おま、ちょ、これ何だ!?口のなかで、チョコ、もぐぁ!?」
「楽しそうで何よりです★」
「楽しくねえ!ちょ、うわああああ!?」
「さーあ、次は誰が餌食……もといチョコ受け取ってくれるのかな?」
にたあ、と楽しそうな笑顔を浮かべて紙袋から再び黒い小さな球体を取り出した先輩はついでに化身まで出現させた。見事にクイーンレディアまでバレンタイン使用とかそんなの俺は信じない
つーかあの人化身にどんな細工したんだ!?どうやってんだあれ
「全員逃げろ!ここは俺達が食い止め……うっ!?」
「神童!――くそ、ディープミスト!」
「甘い甘い!ってチョコだから当然か!さあて蘭丸のお口のゴールもいただきだ!」
「うわああああ!?」
「こ、これは何だ!?口のなかで爆ぜ、わ、わっ!?」
「おいこれ中になんか入ってんぞ!?ちょ、何だこれ名前!」
「何ってトウガラシとイチゴだけど」
「すっげえ組み合わせだな!逆に尊敬するわ!」
一瞬にしてグラウンドに散開するサッカー部のメンバー。目の前には必死で悶える神童先輩と霧野先輩。
今頃やってきた天馬と信助、それに空野は唖然としていて使い物にならない。
正直関わりたくないけれども俺がなんとかしなければと思って化身を出そうとした時だった。
――――目の前に先輩。あ、これ詰んだ
「あ、剣城!黄名子ちゃん、ちょっとそれ返してー!」
「……はっ!?あ、はいやんね!」
「ありがとーう!あ、黄名子ちゃんのも勿論あんなのじゃないから安心してね?」
俺を見るなり一瞬で普段の顔に戻った先輩は菜花に預けていたもう片方の紙袋を受け取った。そしてごそごそと目の前で紙袋を漁る。多少恐怖を感じない事もないけれども、少し緊張が体に走る。
先輩が取り出したのは黒と赤でまとめられたラッピングの、それなりに大きな箱だった。
「はい剣城、いつもありがとね」
「…………え?」
―――優しい笑顔で、そんな事を言われれば呆然としてしまうのは当然だろう
「え?あぁ大丈夫!こっちの紙袋のやつは全部普通のだから安心していいよ?あ、むしろこっちのがいい?」
「ありがとうございます受け取らせて頂きます」
「ふっ、素直でいいね剣城は」
心臓がばくばくと音を立ててうるさいのは何故だろう。優しい微笑みに思わずどきりとしてしまったのは何故だろう。
少し照れくさそうに口の端を指で掻いている先輩が、とても可愛らしくて。
「あ、剣城、ちょいこっちこっち」
「……?」
「大事に食えよ?なんてったって、」
「剣城のだけ"特別"だからね」
―――最後だけ耳元で囁いて、じゃあレッツパーリーだ!と叫んでグラウンドに走って行く先輩。先輩を止めようと天馬や菜花達もグラウンドに走っていった。残されたのは倒れている神童先輩と霧野先輩、それに倉間先輩と俺だけ。
力が抜けてずるずる、と床にへたりこんだ。顔が熱い。――――ああ
「……反則だろ」
これだからあの、変態な先輩は、―――タチが悪い
Happy*Valentine!
(ねね、キャプテンは何もらったやんね?)
(俺カップケーキとクッキーだった!)
(僕も僕も!すっごい美味しかったんだー!)
(私はチョコロール!最高だったな……)
(ウチもチョコロールケーキやったやんね!)
(一年は全員無事だったみたいだな……)
(……私達もでしょ、水鳥ちゃん)
(そうだけどよー…グラウンドが地獄絵図だぞ)
(写真、撮った)
(死屍累々だったな)
(……俺一人じゃ食いきれないな、兄さんと一緒に食おう)
(2013/02/13)
何がしたかったんでしょうか というわけでリクエスト消化です.
名無し様、リクエストありがとうございました!
まいうぃえい番外だったので全力でギャグに走ったんですが、……超次元って凄い←
安定の倉間君の扱いの酷さで申し訳ないですorz
神童君にはオリンポスハーモニー使わせようか迷ったんですが、結局ボツになりました
長々と読んでくださり、ありがとうございました!
名無し様に素敵なバレンタインが訪れますように*