騒がしいのは苦手だ
「バダップ!見て!見てよこれ!」
「廊下を走るな名前。……何の用だ?」
五月蝿いと言わんばかりに顔をしかめるバダップに駆け寄って、先程手に入れたばかりの"ソレ"を差し出す。
バダップの表情は変わらないけれど、目が少しだけ見開かれた気がした。
「遊園地のチケット当たったんだ!でね、良かったら一緒に行かない?」
「……騒がしいのは、苦手だ」
「う゛っ、そんなバッサリ切らなくても……!」
「おかしいな、俺としてはお前がそんなに傷つかないように断ったつもりだったが」
「なっ!?」
「……何かおかしなことでも言ったか?」
おかしいどころじゃない!天然タラシなの!?心臓がばくばくと鳴り響く。こんな扱いをされる事なんて初めてだ
バダップの目を見れなくなって、視線を手元のチケットに落とす。
「そっか、残念。……いつものお礼、したかったんだけど」
「お礼?」
「ほら勉強教えてもらってるし、体力作りのメニューも作ってもらってるし!」
バダップと行動を共にする事が多くなった私は、以前とは自分が明らかに違うのを感じていた。
まず頭が授業中に回転する。実技の時間は体が思い通りに動く。
スパルタだと思ったバダップのメニューは少しずつだけれどもこなせるようになっていた。
周囲の私を見る目も少し変わったみたいで、前のように頻繁に馬鹿と言われなくなった。
私のあの話を馬鹿にしないで聞いてくれた事も、―――精神的な支えになっていて。
「それは俺が勝手にやっている事だ、気にしないでいい」
「気にするよ!私、バダップにすごく感謝してるんだもん!」
「………………感謝」
バダップの口元が小さく動く。聞き取れなかったけれど、顔は伏せられてよく見えない。
何か言った、と私が聞く前にバダップは顔を上げた。普段の無表情がそこにあったから少しほっとする。
「それより名前、忘れていないだろうな?今週末の戦闘実技試験」
「……へ?」
「やはりか………聞いていなかったんだろう?ペアは前回と同じでトーナメント形式だ」
「この間が本番じゃなかったの?」
「今週末が本番だ。――だから今日と明日、明後日は戦闘実技の練習だな」
――――徹底的に鍛えてやる、と薄く口元を緩ませるバダップに少しぞくりとした。勿論マゾヒスト的な意味じゃなくてですね、怖いって意味ですよ?
「次は絶対、足出纏いにならないから!――よろしくお願いします」
「ああ。……そうだ、お前の探し人だが」
「!?もう何か分かったの!?」
「いや、手がかりは一切無い。――今のところはな」
「……そっか、まあ私も一年以上探して手がかり0だったしね」
人に頼りっぱなしなわけではないのだ。自分だって、もう一年以上探してる。
「だが、今日の放課後にはかなり大きな情報が得られるだろうと思う」
「――え!?」
「だから今日のメニューは半分に減らして、明日その分をやろうと思う」
「ちょ、ちょっと待って!」
「どうした?」
明日のメニュー恐ろしい事になってる……じゃなくて!
「かなり大きな情報!?一体どうやって……」
「見に行くんだ」
「へ?」
「―――直接過去に行って、見てくるんだ」
それが一番、手っ取り早いだろう?
**
授業が終わった放課後。自分だけで行くと頑なに主張するバダップに、半ば無理矢理私は同行した。
普段ならば通らないような道を延々と歩いて、坂を昇って、少し懐かしい感じのする堤防を歩いて。
――辿りついたのは何かの研究所のような場所。
「バダップ、ここは……?」
「入るぞ」
私の問いかけに答えることなく、研究所の扉のノブに手をかけるバダップ。
なんとなく怖くなって一歩後ろに下がり、思わずバダップの制服の裾を掴んだ。
がちゃり。――ドアが開く音が周囲に響いた
「あ―――っ!やっと来た!遅いよバダップ!」
「悪いな、少し手間取ったんだ」
「まあ気にしないけどさーって、あれ?その子は?」
「……バダップ、この人は?」
扉を開けた瞬間、飛び出してきたのは跳ねた髪をバンダナでまとめた赤いジャケットの男の子。
バダップの肩ごしに目が合って、お互いにお互いを指で示し合ってバダップに問う。
「……こいつは円堂カノン。で、こっちが昨日話した苗字名前だ」
「へえ、君が?初めまして!俺は円堂カノン。バダップとは……まあ、友達?」
「……………」
「なんで何も言ってくれないんだよー!」
ぷくーっと頬を膨らませてバダップを軽く小突く円堂君。……円堂?
「え、円堂ってまさかあの……!円堂守の?!」
「当たりー!ひいじいちゃんの事知ってるんだ?」
「もちろん!私もサッカー好きだもん!あ、遅れたけど苗字名前です」
「よろしくね、名前!今度一緒にサッカーやろうよ!」
「――うん!よろしくね、カノン君!あ、サッカーならもちろん」
「「バダップも一緒にね!」」
「……………お前ら本当に初対面なのか?」