俺の負けのようだ
※バダップ視点


無性にイラつく。
何をしていても落ち着かなくて、力任せにサッカーボールを蹴り上げた。
ボールは修練場の天井に当たり、跳ね返って再び目の前に落ちてくる。それを絶妙のタイミングで足先を使って受け止めた。
再びボールを今度は軽く蹴り上げて、……見据えるのはゴールのネット。
重力に従い落ちてきたボールのタイミングを見計らって、足を旋回させる。


――心地よい感覚と共に、ゴールに吸い込まれたボール。


「…………」


普段ならば、これでイラつきや消化不良な感情は消え去ってしまうのだ。
円堂守達との試合で学んだサッカーの楽しさが、――消し去ってくれるはずだった。
どうにもならないこの"何か"を押さえ込みたくて、再びボールを蹴ろうとゴール側に歩きだそうとした時だった。
ぱちぱちぱち、と響く渇いた音。


「流石バダップ。見とれるぐらい綺麗にゴール決めちゃってさ」
「……ミストレ」


修練場の入口に立っていたのはミストレ。
―――口元は緩んでいるが、目は笑っていない


「話があって探してたんだ、少し時間良いかな」
「……構わないが」


珍しく有無を言わせぬ口調でミストレが差したのは、――サッカーボール。


**


「―――ッ!バダップ、名前と最近、っ、よく一緒に居るみたいだけど?」
「……っ、それが、どうした?」


センターサークルの中央で、ひたすらボールをミストレに奪われないように足を動かす。
ルールは至ってシンプル。ボールをゴールに先に入れた方が勝ち。
開始早々に俺にボールを奪われたミストレは、ボールを奪い返そうとしながら話しかけてくる。
集中を途切れさせようという考えなのだろうか?てっきり終わってから話すものだと思っていたのだけれど。まあ、――思惑通り、名前という単語に反応してしまったわけなのだが。


「あんな!――バカな、っ話を信じるのか?」
「……可能性がない、わけではないだろう?」
「どうだか?……俺もかなり調べたけど、っと、何も出てこなかったよ」
「……………」
「悪いことは言わないから、―――あいつに期待させないでやってよ」


耳元でミストレの声が響くと同時。―――ボールのコントロールを一瞬忘れてしまう。
その隙を見逃されるはずもなく、あっけなくボールはミストレの足元に吸い込まれた。
取り返そうとする前に放たれたシュートは、真っ直ぐゴールネットへと飛んでいく。


―――ミストレがコントロールを誤るはずもなく、ゴールに吸い込まれたボール


「ふぅ。初めてバダップに勝てたね、オレ」
「ああ。……俺の負けのようだ」


自分の明らかなミスが分かっているからこそ、逆に口元はゆっくりと緩む。
満足そうなミストレの顔を見た後再びゴールを見やる。……何を迷っているのだろう、自分は。


「……名前は、多分お前を男として見てないよ?」
「っ、何を言い出すんだ」
「こういう時って分かり易いよねバダップって。――あんなのの、どこが良いんだか」
「どういう意味だミストレ」
「だーかーら、名前が好きなんだろ?バダップは」


――――好き?


「……名前を落としたいんなら、あいつの人探しは手伝わない方がいい」
「…………………」
「ずーっと昔から"あの人"、"あの人"。……初恋で、今でも好きなんだってさ?」
「………別に、俺は」
「―――ま、バダップと名前の事なんてオレはどうでもいーけどさ」


また勝負しようぜ、と軽く肩を叩かれて我にかえる。ミストレは既に背中を向けて歩き出していた。
無言でその背を見送りながら考える。


―――好き?それはいわゆる、恋愛感情というものなのか?

―――落とす?つまり、自分のものにすると?


「……あんな馬鹿を」


周囲の誰もが認める馬鹿だ、アイツは。
でも、どうしても………目が離せない。
あの戦闘実技の試験で、名前が袋叩きにされる前に自分が一瞬で二人を倒してしまえば良かったと後悔している俺がいる。
あの目の輝きを、呆れながらも―――眩しいものを見るような気持ちになったのを忘れない。
そしてここ数日、名前と行動を共にすることになって気がついた事がある。


―――努力をしない馬鹿ではないのだ、アイツは


ただ、その成果が上手く表に出ていないだけ。
だから当初の"馬鹿"というイメージはうっすらと和らいでいて。
何より自分の失態をきちんと謝罪出来るところは認めてもいいんじゃないか、と

―――普段の自分ならば考えられないくら甘いことを、思ってしまったのだ。


「……俺らしくない」


モヤモヤの正体はわからないけれど、それでも不思議と名前におせっかいを焼くことをやめようとは思わない。
既に転がる事を停止してしまったサッカーボールを見つめた。


そうだ、――あいつに相談してみようか