一回しか言わねえからな
「――でね、それでね、私の好きな人はね」
結局今日は学校をサボってしまった。
朝、……あんなに怒っていた典人と顔を合わせるのが怖かった。
もう嫌われてしまったと思いたくなんてなかった。
―――夢見ていたのは、手を繋いで歩く未来
彼は気がついていたんだろうか。抱きつきはするけど手は握らなかった私に。
彼は覚えているのだろうか。……好きな人としか手を繋がないと言ったのを。
両思いになって手を繋いで、笑って歩ける日が来ることをずっと願っていたのに。
「最初っから間違えてたんだよね、……時間巻戻したいとも思えないや」
やり直せない事ぐらい知っているから。やり直しても、きっと虚しいだけ。
「ごめんね、ずっと愚痴っちゃって」
目の前の野良猫は、気にするなというように「にゃあ」と鳴く。
今日一日、隣に居てくれたその野良猫は私の話を聞いてくれていた。
どれだけ救われる思いだろう。
不安を吐き出す事が、こんなに心を軽くするなんて。
「ずっとね、ずっと不安だったんだ。――不安で不安で潰されそうだった」
「軽い気持ちで言ってたわけじゃないの、ずっとドキドキしてたの」
「誤魔化されるたびにすごく悲しいの」
「女の子と喋ってるの見ると、本当に届かなくなる気がして怖かった」
「図書室で迷惑かけてたって知って、もうダメなんだって思った」
「それでも、まだ好きっておかしいのかな」
もう流しきったと思ったのに、再び溢れる涙をぐいぐいと痛いぐらいに勢い良く拭う。
そう、―――それでも好きなのだ。
ちゃんと伝えるべきだったんだ、こんな風に。
「小さい頃からずっと、苗字 名前は………倉間 典人が好きです」
呟いた、その瞬間だった。
「―――――名前!」
霞む視界がこちらに走ってくる人影を捉えた。
……目の前に、愛しい君の姿。
「……何で?」
「お前に、言わなきゃいけない事がむちゃくちゃあるんだ。……その前に」
一回しか言わねえからな、と前置きしてぐいっと抱き寄せられる。
戸惑う私の耳元で彼は囁いた。
「名前が愛しい」
頭が真っ白になるっていうのは、こういう事なんだろうか
「お前がさ、朝迎えに来てくれなくなって何なんだよって思った」
「気が付いたらずっと廊下でお前の事待ってんの」
「本気で言われてるって信じらんなかった」
「俺さ、名前に甘えてた。ごめん」
だから離れて行くな、傍に居ろよ――――なんて言う、目の前の彼は本物の倉間典人なんだろうか。
「嘘、じゃない?」
「こんな嘘冗談になんねえよ」
「……………夢じゃない?」
「一発俺殴るか?」
「いいの?」
「――どうぞ」
「冗談だよ!―――ほんと、なんだ」
はは、嘘みたいだ。――嘘みたいに幸せだ。
幸せ過ぎてもう死んでもいいや、なんて思う。
――――――――――神様、私今世界できっと一番幸せです
素直になれなくて
(嬉しくて涙が止まらない私を)
(優しく抱きしめてくれる典人を)
(手を絡めて抱き合う二人を)
(灰色の野良猫が、ずっと見守ってくれていた)