お、お前、近すぎ!


――――あれ以来、典人と顔を合わせるのが怖くなった。


「苗字、どーした?こないだから元気無ぇけど」
「そんな事ないって!私はいつでも元気ですよ?」


嘘つけ、と水鳥ちゃんのげんこつを頭に頂く。軽くだったから全然痛くない。
へらーっと笑って誤魔化して、いつもみたいに「典人のとこ行ってくる!」と告げて教室を飛び出す。
普段はお昼も典人の教室に押しかけていたけれど、ここ最近はずっと裏庭でこっそり食べている。
屋上に行けば水鳥ちゃんと茜ちゃんが居るけれど、誰とも話せるような気分じゃなかった。

―――突き刺さって、消えない言葉があった。


私はきっと、どう頑張っても幼馴染以上にはなれないのだろう。
それどころか迷惑で疎まれていた事実が発覚したことで、これ以上嫌われてしまうのが本当に怖くなってしまって。
……確かに付きまとい過ぎたのかもしれない。鬱陶しかったんだろうな
噂だって私が勝手に喜んでただけだ。

幼馴染だからって、他の子より彼を知っているからって、調子に乗りすぎた

もう嫌われたくない。今ならまだきっと間に合う。
一番になれなくても、良い幼馴染にならきっとなれる。そのために努力しよう。
勝手にベタベタされて嬉しいはずがなかったんだ。


「ッ、あ………な、泣くな私」


どうせなら涙と一緒に、この想いも流れて蒸発しちゃえばいいのに


**



「あれーっ、苗字じゃん?最近どしたんー?」
「……浜野君、速水君」


校舎裏の水道で顔を洗っていると、後ろから声が飛んできた。振り返ると浜野君と速水君だ。
典人が居ない事にほっとする。なるべく普段通りに振舞ってこの場を去ろう。


「最近ねー、ちょっと色々あって」
「倉間君も寂しがってましたよ?」
「やだな、そんなわけないって!ほら私ってうざいぐらいにベタベタしてたしね」


そう、寂しがるなんて絶対にない。自重するって意味も兼ねてね、と返すと速水君は納得したらしかった。
とりあえずこの二人が居るという事は典人も来る可能性が高い。急いで教室に戻ろう


「じゃ、私戻るね!―――ッ?」
「ちょい待ち苗字」


いきなり後ろから腕を引かれてぼすん、と背中に軽い衝撃。――浜野君だ
片腕を掴まれて万歳の容量で上に挙げられる。そのまま体に腕を回された
え?私、何で浜野君に抱きしめられて……?


「もしかして、あの時図書室おったん?」


――――私以外は誰にも聞こえない、抑えられた声で囁かれた内容に頭が真っ白になる。


「あの時から来てないっちゅー事は、そういう事だろ?」


――――やだ、嫌だよ


「――――……」


浜野君がまだ何かを言っているけれど耳に入らない。
速水君には聞こえない小さな声で、だけどしっかり聞き取ってしまった。
盗み聞きしてたなんて知られたらますます嫌われちゃうよ、やだ、嫌だ、――怖い


「―――浜野!……何、してんだよ」
「……倉間」


―――のり、ひと?
走ってきたらしく息が荒い典人に引き剥がされて浜野君の拘束が解ける。
膝の力が抜けていて、……ぺたり、と地面に座り込んだ


「浜野!お、お前、近すぎだっての!」
「―――苗字、その、ごめん」


私の態度を肯定と取ったのだろう、浜野君の謝罪は耳をすり抜けて留まらない。


「何だ?何があったんだ?」
「倉間、その……実は」
「やめて浜野君!言わないで、お願い………ッ!」


反射的に叫んでいた。突然の大声に三人が本気で驚いたような顔をする。
それはそうだろう。……こんな大声出したの久しぶりだ。
ずるいと分かっていても、それでも。


「ごめん、教室戻るよ」


待てよ、という大好きな人の制止を振り切って駆け出した。涙よ、止まってください