12この胸のうちに巣食うaとかiとか



眠るたびに過去の夢を見るのは不愉快極まりなかったが、有り得ぬ未来を見るのは不愉快どころではない、吐き気がするほどに気分の悪いものだと知ったことを、揺蕩う意思の中でホメロスは思い返していた。――お前のようになりたかった、告げた言葉に嘘偽りはない。ずっとその背を追いかけていたのだ、この感情はどれほど魂を染め上げたとて、揺らぐことはないのだろう。掴んだ意思を手に、ゆっくりとホメロスはその身体を動かす。魂を捧げた我が主の元へ、勇者とその仲間達が辿り着くのを止めねばならない。

床に転がった杖を拾い上げ、周囲に満ちる闇の魔力を身体に補給しながら、ホメロスは静かに脳の奥で詠唱式を組み立てていく。杖先から伸びた光が空中に、繊細な模様の魔法陣を描き出し、かつて共に六芒星を組んだ将達を蘇らせる。
ホメロスはふと魔法陣のなかに、ありし日のナマエの横顔が過った気がした。間違いなく幻影であるそれを見てしまったあたり、自分の命はもうそれほど長くはないのだろうと悟っている。ならばせめてこの命を懸けて、勇者達の命を奪い去るのみ。それが唯一自分を認めた、主の願いなのだから、――そうする以外に、何が出来る?


「くだらない、」


死んだ姉を、仲間を想う――愛という言葉のくだらなさ。そしてそれに今も少なからず、左右されている自分自身も完全な魔族に成りきれず、くだらないその形無きものに後ろ髪を微かに引かれている。
グレイグがナマエに真実を隠しているのか否か。知る由もないそれを気にしてしまうのは、出来過ぎた夢を見てしまったせいか。
もう魔力もあまり残っていない身体は以前の人間の身体に限りなく近いものだ。それでも魔族となってしまったことに変わりはない。自分の、あの巨大な毛むくじゃらの腕で、ナマエを抱けるかと言われれば、ホメロスは静かに首を振るだろう。こうなったことに少なからずの後悔があることを、今のホメロスには否定できないのだ。引き返すつもりはないが、――哀れみはある。可哀想な女だ、親を魔物に殺され、救いの手が差し伸べられたかと思いきや、その手はいつの間にか親を殺したモノと同じモノの手になっているのだから。



「――……死ぬだろうな」


グレイグが戻らずとも、自分が戻らないと知っても、恐らくナマエは死を選ぶであろう。死を選ばない可能性もあるだろうが、一人になろうとするだろう。伊達に何年も兄として接し、過ごしてきたわけではないせいで、それぐらいは分かってしまう。
乾いた笑いが口から漏れた。共に来いと言えば、あの女は魂を魔に染めただろうか。それとも決別を選べるほど、強かったのだろうか。――そうとは思えない。ナマエは孤独で、寂しがりで、その上で強欲な女だとホメロスは常々思っていた。オレとは家族として添い遂げたい、グレイグとは伴侶として添い遂げたい、…どちらかを選べと迫ることを、しなかったのも悪かったのか。


もし、もしも。

この先でグレイグと勇者を、その仲間を仕留めることが出来たら、迎えに行ってみようか。


「…死んでいれば蘇らせれば良し、死んでいなければ墜とせばよし、か」


迎えに行く時は、グレイグも勇者もその仲間達も死んでいる。世界は闇に包まれ、主に選んだ王が支配する世界がこれからの永久となるのだ。世界を手にした王の右腕として立つ自分の傍らに、――従妹がいれば華にもなる、従者にもなる、歪んでいるかもしれないが、あの夢に近いところまで辿り着けるその可能性が、
















「さようなら、…また来世で」


最後の奇襲を跳ねのけられ、力を全て使い切ったホメロスが、グレイグの目の前で光の粒子と成った、丁度その瞬間と同じく最後の砦の裏側で。
ナマエはデルカコスタの崖から、海に向かって身を投げた。冷たい、深い青色に、身体が呑み込まれていく。同じ光の粒子の中で、溶けてひとつに混ざりあえたら、来世できっとまた出会えるよね。


20171001