君の帰りを待っている(井吹/ナナシ様へ)


「勝負しようぜ、名前」
「………は?」


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母さんに言われて玄関の扉を開いたら、そこには何故だか世界代表だのに選ばれてバスケの試合ではなくサッカーの試合に出るようになった宗正がそこにいた。で、手にはバスケットボール。なぜ?問いかけると同時に腕を引かれて何が何だか分からないままバスケットゴールのある公園に連れて来られた。呆けているとボールを放られて、反射的に伸ばした腕がぼふん、と胸の中にボールを収める。


「……何しに来たの」
「や、勝負だけど?俺とお前の」
「なんで?」


取り繕った笑顔のせいでこめかみがぴくぴくと動いているのを感じた。正直すっごくイライラしています。なぜ?今のこの状況は完全に私が侮辱されているも同然だからだ。


「別に良いだろ、どうだって」
「いやいやいやいや世界大会に出てるじゃん宗正!?練習は!?」
「サボってきた」
「イナズマジャパンの宿舎に帰れ!」
「抜けるの大変だったんだぞ!?」
「何故抜けた!」
「バスケがやりたかったんだよ!」
「安西先生に言いなさい!」


最後の言葉と共にありったけの力でボールを宗正へ投げ返すと、きょとんとした顔で容易くキャッチされてしまう。第一に前までならともかく、今の宗正なんて相手にしたくない。何も言わずにサッカーを始めるなんて……宗正がサッカーをやっている間だって私は、女子バスケットボールの期待の星だと言われるに相応しい練習を積み重ねていたのだ。中学生で、男子と女子に体格差が出来るこの期間の中でも私は必死に宗正に負けないように足掻いてもがいて……


「……とにかく、中途半端野郎に付き合ってる暇なんてない」
「ああ、自信が無いんだろ」
「ある。今の宗正なんか敵じゃないよ」
「果たして本当にそうか?俺だってそれなりに世界で揉まれてるんだぜ」
「サッカーとバスケは別物!」


叫んで、宗正を睨みつけた。「…裏切り者だよ、宗正は」そう、サッカーとバスケはまったくの別物だ。簡単な気持ちで宗正はバスケを辞めたんだろうか。私が必死で汗を流しているあいだにどんどん、先のステージに行ってしまっていたくせに。私は宗正に置いていかれないように必死で走ろうとするのに精一杯だったのに。――いきなり放り出された気分だった。宗正はバスケと一緒に私も捨てたんだ。

そう思うと無性に寂しさと虚しさと悔しさが溢れた。「っ、」走って宗正に駆け寄って、その手からボールを奪って走る。目指すはゴールだ。遊具の置いていないスペースにぽつんと、申し訳程度に置かれているバスケットゴールまで全力で駆け、思いっきり跳躍した。ボールを叩き込むとゴールが揺れる。ポストから手を離して着地すると、ぐわんぐわんとゴールが揺れた。背後を振り返ると宗正がいる。


「……お前、ダンク出来るようになったのか」


――顔を逸らした。「…なんで笑ってんの」宗正は何で笑顔なんだろう。イライラしなきゃいけないのに、一瞬どきりとしてしまった自分を心の中で叱る。嫌いになるって決めたんじゃないの、私!「嬉しいだろ、ふつーに」やめて、やめてそんな風にかき乱すのをやめてよ!ぐしゃぐしゃと髪の毛をかき乱した私の視界の隅で転がったボールを拾う宗正の姿が見えた。「じゃあ俺も」「え、?」俺も、何?

疑問に思った次の瞬間には既に宗正は跳躍していた。響いた音はゴールが揺れる音で、ネットが衝撃に揺れていた。ゴールポストに捕まっていた宗正がぱっと手を離す。「な、ダンク」「…や、見れば分かる、けど」意味が分からない。宗正は何をしたいの?


「俺が何で来たかって?お前の成長具合を見るために決まってんだろ」
「は、はあ?何その上から目線…!」
「実際俺の方が全然実力上だったし」
「今は違う!私は強くなってる!」
「……そうだな」


ふわり、と風が凪いで髪が揺れた。振り返った宗正は稀に見る珍しいぐらいに優しい顔だった。「……だから、さっきから何で笑ってんの」明日は大災害でも起こるの?口には出さなかったけれど宗正がこんなに優しく笑うなんて、世界が終わる心配をしてしまう。――冗談、好きな人にこんな風に微笑まれて戸惑っているだけだ。私に向ける顔はいつも勝ち誇ったような顔ばかりだったのに、


「これで俺と名前は、同じラインに立てたわけだ」
「…なにそれ」
「認めてやるよ、俺に追いついたって」
「っ、だから上から目線をやめ――」
「やっと言える。上からじゃ言えなかったんだよ」


私の言葉は途絶えてしまった。腕を引かれて、気がつけば暖かい胸に顔をくっつけていた。「好きだ」――囁かれた言葉に思考が止まる。追いついたら言おうと決めていた、追い抜かしたらきっと言えると思っていた言葉だった。下からじゃ言えない言葉は、上からも言えない言葉だった。「……待ってるから」「ん、」「宗正のサッカーが終わるまで待ってる。だから終わったらさ、一番に迎えにきてよ」大丈夫、もう焦らない。私は"ここ"で待っていよう。そうしたらまた、私の一歩前をきっと走ってくれるんでしょう?――次は、きっと手を引きながら。



君の帰りを待っている


(2013/10/19)


十万打よりナナシ様に捧げさせて頂きます。遅くなりまして大変失礼しました;

裏話として、宇宙に行く直前の話というイメージです。宇宙に行くことが決まって、もし負けたら言いたい事も言えなくなるんじゃないかと思った井吹が元ライバルだったバスケ女子に告白しに行くみたいな感じでどうだろう、と。実際はバスケ勝負してなくて申し訳ありません;;でも星乃バスケ未体験&バスケ漫画はスラムダンクの最後から5巻ぐらいしか読んでない程度のにわかなので、バスケ書こうとしたらきっとバスケお好きな方からバッシングされそうだなと思って…!あっ実際は書けないだけだろとか言わないでくださいそれ本当の事です…と、長くなりそうなのでこの辺で切り上げます。

ご参加本当にありがとうございました!
(※本人様以外のお持ち帰りはご遠慮くださいませ)