赤い糸でつないで(kgpr/セト/とじむー様へ)



ひらひらと舞う落ち葉。敷き詰められた紅の絨毯の上でその柔らかさに驚きつつ、先程まで見惚れるしか出来なかった風景から、苦い思いで目を逸らす。


「……弱ったっす」


―――メカクシ団での小旅行。

そこでマリーが迷子になってしまったのだ。着物の女の人を見て『舞妓さん!』と目を輝かせて追いかけていったせいである。恐らくその人は舞妓さんの格好をした観光客だったのだろうけれど、俺が止める間も与えずカノがマリーを煽るもんだから……普段の怯え具合はどこへやら、スカートを翻し髪を揺らして全力ダッシュで走っていってしまったのである。爆笑するカノへはキドが蹴りを叩き込み、即座にマリーを追いかけようと動いてくれたのはキサラギさん。…が、走り出そうとした瞬間に何もないところでつまずき鼻血を出したためキドが介抱をしている…はずだ。

残りのメンバーでとりあえず、マリーを探してホテルに早くチェックインをしてしまおうという結論に至り、集合場所を決めて捜索を開始したメカクシ団。それなりにマリーとの付き合いが長い俺はマリーの好きそうな風景やらを辿ってここまで来たわけだが。


「見事に自分が迷子っすよー」


はっはっは、と自分の乾いた笑いが人の少ない路地裏に響く。…どうしてこうなったんすか!方向音痴ではないけれども、見知らぬ町並みでこれはやばい。いざとなればすぐにキドたちのところには戻れるだろうが、人前で安易に能力を使うわけにはいかない。腕を組んで唸ってみるも、マリーはこちらに居る気がするのだ。勘だが。


「んー、人に聞いてみるっすかねえ……お?」


ふと耳を澄ますと、からんころん、と耳に心地の良い何かを転がすような音が聞こえてきて顔を上げた。同時にふわり、と風が凪いで紅に染まった紅葉が散る。


―――…呆けた。


着物の模様は銀杏だった。髪の色は何も手が付いていなくて、秋の風と優しい日差しを浴びて天使の輪を描き出している。簡素にまとめられた髪に添えられたかんざしが、華やかさを演出させていた。潤むような目元に蠱惑的な口元。だというのに表情はあどけなくて幼い。

一言で言うなら綺麗、だった。まだ完成一歩手前、といった美しさだが、それが逆に魅力を高めている気がする。そして何より彼女は隙だらけだった。日常的に着物を来ている女性特有の、少し近寄りがたい雰囲気が無い。無いのなら、近くで見つめて触れてみたい。

完全に見惚れてしまっていた。時間が止まったような気さえして、最初の目的を忘れるぐらいに呆けてその綺麗なものに見入っていた。舞い散る紅葉まで全部彼女を彩る装飾品に見える。伏せられていたその目がゆっくりと開いて、自分の方を振り返るその細い体にばくばくと破裂しそうな心臓。




「……あの、私に何か?」



小さな口から発せられたその声は、予想していたよりももっと澄んでいて美しかった。心臓を吐き出しそうなぐらいに緊張しているのは何故だろう。真っ白なその肌に少しだけでいいから触れてみたい、なんて思って無意識に手を伸ばしていた。「え、」戸惑ったような声にはっと我に返る。「っ、いや!ちが、これは違うっす!」緊張のあまり口が回らない。胸が波打つ鼓動が煩くて、痛い。


「その、えーと……君、女の子…見なかったっす、か」
「女の子?」
「白い髪の毛で、ふわふわしてて、エプロンドレスで!」
「……もしかして、目がピンク色の?」
「知ってるっすか?」


知らない、と答えられるのを想定していただけに驚きだ。そして一度喋ると、先程より心臓がうるさくなくなって普通に喋る事が出来て少しほっとする。挙動不審ではないだろうか。や、その前にマリーの行方を、


「その子なら多分、道に迷って凄く困っていたから…さっき大通りに連れて行ったんです。そうしたら緑色の髪の、とても綺麗な人がその子を探していたので」


恐らくキドだろう。咄嗟に携帯電話を確認すると着信履歴がいくつか残っていた。「ええと、さっきも携帯電話、鳴っておられましたよ」丁寧な口調で少し申し訳無さげにそんな事を言う彼女に、君に見惚れていたから着信音に気がつかなかったんだなんて言えるはずがない。


「助かりました。ありがとうっす」
「いいえ、気になさらないでください!では、私はこれで」
「っ、」


そうだ、確かにマリーは見つかった。でも俺の、この彼女を見つめているとどうしようも抑えきれなくなりそうな衝動の原因は見つかっていないのだ。「待ってくださ、っ」反射的に着物の袖口から覗いていたその白い手首を掴んでいた。――折れそうなぐらいに細いから、力を入れすぎないように。ああ、顔が熱くてしょうがない。でも、聞きたい。



「……また、会えるっすか?」


我ながら馬鹿な問いかけだろうとは思う。初対面の相手にそんな事を言われて、気味の悪がらないやつはいないと思った。思ったけれど、止まらないのだ。掴んでいた手を見つめた目をゆっくりと上げる。


―――笑顔。


「きっと、会えると思います。…なんとなく、ですけれど」


はにかんだような笑顔に、卒倒しそうなぐらいの目眩。これが一目惚れだと気がつくまでに、そう時間はかからなかった。



赤い糸でつないで

(再会は、ほんとうに直ぐだった)

(2013/09/23)

十万打より、とじむー様に捧げさせて頂きます。いつも本当にありがとうございます!

セト君が完全にポエマーです。夢主はとっても美人な設定。京都弁が分からないうえにエセでは絶対に満足のいくものが書けなかったと思うので、標準語…(?)の夢主になりました。着物は素敵だと思います。星乃も着付けが出来るんですが、和服素敵だと思います!本当に!
そして消化不良なので、(いつものお礼も兼ねてとボソボソ)おまけくっつけます〜!遅くなってしまって本当に申し訳ありませんでした。以下、夢主視点でのおまけになります。
(※本人様以外のお持ち帰りはご遠慮くださいませ)




「あ、」
「あ!」
「っ…」
「いらっしゃいませ、ようこそおいでなさいました」


ぺこり、とお辞儀をするとさっきの!と白い髪をふわふわとさせた女の子が私に驚くぐらいの覚悟で頭を下げ、その隣に立っていた緑色の髪の美人さんがこらマリー、折角会えたんだからお前もきちんと礼を言え、と女の子を小突いていた。そして――「また、会えましたね」緑色の繋ぎを来た背の高い彼にそう言うと、彼ははにかんだように笑ってくれた。心臓がどきりどきりと跳ねる。

あの路地裏で目が合った瞬間、その綺麗な瞳に吸い込まれそうだと思った。余裕を装ってはいたけれど、無償にあの黒髪に触れてみたいと思ったり、繋ぎのフードを外してみたいと思ったり…初対面の相手だというのに、失礼な事を考えたのだ。

しかし彼は女の子を探していると言った。瞬間、粉々に砕け散った淡い気持ちは空気中に霧散した。彼に出会う前に保護した女の子はとても可愛らしくて、ああきっと彼はあの可愛らしい女の子をとても大切に思っているんだろうということが言葉の端々から伝わってきたから辛いと感じた。――初めて出会った相手なのに。

なのに、彼はまた会えるかと聞いてくれた。霧散した気持ちが集まって、ひとつの結晶体を作り上げていくみたいに固まっていく自分の単純さに自分で苦笑い。…ううん、苦笑いじゃない。そんなの嬉しさを誤魔化すために、自分自身が自分自身に吐いた言い訳。希望があるんじゃないかなんて思った瞬間、きっとまた会えると確信したのだ。

――まさか、うちの旅館に予約しているお客さんとは思いもしなかったのだけど。


「…あの、」
「っ、なんすか」


緑色の繋ぎの彼の元へ歩み寄ると、明らかに狼狽していた。むう、思わせぶりな事を言っていたくせに失礼な。これでも花の乙女、異性からあんな言葉を貰って意識しないはずがない。だから、これぐらい聞いても良いでしょう?


「私、名前って言います。――あなたは?」