懺悔の言葉は届かない(ルシフェル/より様へ)
※ゲスで病んでる上に監禁。救いがない…と思われます


私はただ、愛する人と結ばれるための儀式に使う花を摘んでいただけだった。そうしたら、盗賊に襲われて身につけていた装飾や服を奪われた。口封じにと胸に突き立てられた鋭利に削られた木の棒は最後の置き土産で、乱暴をされたぼろぼろの体に残っているのはそれだけだ。誰にも見つかることの無いであろう森の奥深く、巨大な岩の間に投げ出された体を動かす気力はもう残っていない。じわじわと体中が死に侵食されているのを感じていた。あの人は、…心配してくれているだろう。すぐに戻ると、約束したのに……ごめんね、指輪、嵌めてくれるって優しく微笑んでくれたのに。先に天使様の元へ行くんだと思うけれど、汚れてしまったから無理なのかなあ…ああ、痛い。

――エンテ・イスラの辺境の村。

そんな私の生まれた小さな村には一つの昔話があった。天使に祝福を受けた、その村の住民が死ぬ時は、天使が魂を迎えに来ると。そうして楽園へと案内してくれるのだと。それを信じるならば私も彼も同じ楽園に辿り着けるはずだ。私はこんな風になってしまったけれど、今になって思うのは彼に幸せになって欲しいというだけだ。瞬きをすることすら苦痛に感じる目から涙が溢れるのを感じた。痛い。熱い。――生殺しなのだ。痛みだけがずっと続いたまま、意識が遠くならないまま、口から血を流したままのこの姿。急所に刺さらなかった鋭利な木の破片はじわじわと私を侵食するだけで、一息に殺してくれやしない。


「……きっと、天使さま、が」


迎えに来てくれたら、私を綺麗な姿にして楽園へと連れていってくれるはずだ。ようやく薄れてきた意識にぼんやりとそんな事を考える。さようなら、彼に祝福よ在れ――愛する人へ祈りながら私は意識を手放した。






―――……手放した、はずだった。



「うーわ、何これ……めんどくさー」


しっかりと聞こえてきた声に、何故だか意識を再び掴んでしまった。痛みは消え去らないのに、目をゆっくりと開いてしまう。ぼやける視界に映ったのはまず、…白。そして紫。真っ白で大きな翼をはためかせた、巨大聖法気に満ちたその姿に思わず息を呑んだ。年の頃は私よりも小さいだろう風貌と聞こえてきた声には違和感を感じた。昔話には老人の天使だと……が、まごう事無く彼はきっとそうだ。


「…………てんし、さま?」
「そうなんだけどさあ…うん、とりあえず目のやり場に困るから服着せるけどいいよね?」


こんなの聞いてないんだけど、とぶつぶつ呟きながら指で示される。瞬間、私の体中を暖かい何かが包み込んだ。「…っ、あ……あ…」痛みが、……消えてく。胸に突き刺さっていたはずの木の破片がぽろりと、胸から抜け落ちて地面に転がった。ナイフで抉られた顔の傷の痛みがみるみるうちに引いていく。折られた足の骨の痛みが消え去っていく。それは完全な蘇生呪文だった。人間には到底出来ないそれを、気だるげながらも完璧にやってみせるなんて…伝承とは違うけれど、彼は本物の天使様なのだろう。気がつくと私を取り巻いているのは着た事もないような上等な衣服だった。目を開けると、天使様が少し呆けたような表情で私を見つめていた。髪で片目が隠れる前髪。なんとお礼を申せば、と涙を思わず流した私にずい、と天使様の顔が寄せられる。


「へー……」
「あ、の、天使様?」
「……ジジイの代わりなんて面倒だと思ってたけど、案外良いもんだねえ」


ジジイの代わり、?「ああ、本当はこの村の守護天使のじいさんが来る予定だったんだけどね、腰痛めちゃったって言ってたからさ。僕も暇だったし押し付けられたしで遊び半分で来たんだけど……」やけに俗っぽい天使の事情をあけすけに暴露してにこり、と笑う紫色の天使様が私の顎に手を添えた。「本当はさ、このままじいさんの管轄の"楽園"って場所に魂運ばなきゃなんだけどねー……ねえ、僕のものにならない?」最後は囁き声だった。ぞくりと畏怖で震える体。――だめだ、私には愛する人がいる。


「……申し訳ありません、天使様」
「どうして?」
「私には愛する人が居るんです」
「でもお前はもう死ぬんだよ」
「楽園で彼を待ちます。それに……天使様に私だなんて」


相応しいはずがない。その言葉に込めた意味の裏には彼以外を考えられないという私の強い意思が込められている。この意思が揺らぐことは絶対に有り得ない。強く愛を誓いあったのだから……「でも、結婚は出来なかった」「っ」そうですけれど、と言い返そうとした。でも私は彼をとても愛しているのだと。――言えなかった。顔を上げた瞬間に視界に飛び込んできたのは天使様の天使のようではない笑顔だった。とても楽しそうな、愉悦に浸っている……「僕は大天使筆頭だ」高らかに宣言されたその言葉に、大きく目を見開いた。大天使様!?そんな、御伽噺でしか聞いたことがない…!驚愕に染まった私の顔を見て楽しそうに笑う天使様は、私に手を差し伸べた。


「最後のチャンス。――僕のものにならない?」


天使の中でも更に上位の、大天使様。そんな存在の申し出を断るなんてどんな馬鹿でもしないだろう。だというのに、私はその手を取らなかった。首を静かにゆっくりと、戸惑いながら、しかし強く揺らがない意思の元に横に振った。そう、と小さく呟く声がどこか怖くて怖くて目を閉じた。しかし、痛みは襲ってこない。

「いいよ、じゃあ連れてってあげる」

楽園にね、と囁かれた次の瞬間、私の意識はぷっつりと途絶えた。



**



――あれから、どれぐらいの時間を経たのだろう。


連れて来られた場所は楽園ではなかった。端的に言えば楽園より遥かに素晴らしい場所だったのだ。人が決して立ち入れないであろう神聖さに満ちたその場所の名前は、御伽噺にしか聞いたことのない天使が住まう場所、天界。とある大きな神殿の、小さな一室。満ち溢れる聖法気と、四肢に繋がれた鎖の香り。


「…っう、ああ……っ、あああ……!」


もう何度、涙を流したのかも覚えていない。もう何度、無理矢理再現させられた痛みを味わったのかも覚えていない。私がルシフェル様を好きでないと言う度、ルシフェル様は私が死んだ時の痛みを呼び起こさせた。そうして無理矢理に愛していると私に言わせた後、同意の無いに等しい空っぽの言葉を受け取って笑顔になって、私を抱くのだ。涙を流すと痛めつけられるから耐えると、ルシフェル様のいない時間に涙が溢れるのだ。それは止まることがない。何も食べずともルシフェル様に蘇らせられた体は生命力に満ち溢れ、どれだけ傷をつけられようとも彼の力ひとさじですぐに綺麗な体を取り戻せるのだ。


『お前はもう僕がいないと、生きていけないだろう?』


――生きていたくない。殺してくれと何度も懇願した。最初の頃はひたすらにそう繰り返した。けれど、言う度にルシフェル様に痛めつけられて蘇生させられるのだ。生きていたいだろう?ここに居る限り、ほぼ無限に与えられる生命を無駄にするなんて思わないよねえと、笑顔を見せられてようやく理解した。鎖に繋がれた私はもう逃げられないのだろう。

最近は空っぽの笑顔で、涙を流さないように歪めた顔ではいと告げるようになった。ルシフェル様の機嫌は最高で、そしてどこか最低だった。とても楽しそうにしたかと思えば、羽ペンの先で頬を抉ってきた。痛みを訴えると懇願してみろよと楽しそうに告げられる。癒してくださいと懇願すると、優しい聖法気が私を包む。


――あれから、どれぐらいの時間を経たのだろう。


彼は無事楽園に辿り着いたのだろうか。私をそこでも探しているのだろうか。ごめんなさい、あなたを愛する気持ちはいつだって変わらないのに……ねえ、ねえ!あなたを裏切ってばかりの私をあなたは許してくれますか?許してください、痛みに耐えられない私を許してください!痛みに耐えられず、あなた以外に愛を囁く私の罪を、どうか、


「許すはずないじゃん」



懺悔の言葉は届かない



(2013/09/06)
...時間様

十万打企画から、より様に捧げさせて頂きます。
お題に沿えてない上に寿命ではなく殺されたヒロインで申し訳ないです;その上ルシフェルがまあゲスというか、病んでますねこれ完全に!楽園だのなんだのと、勝手に設定を作っちゃったのにも反省しています。後悔はしてません。そもそもの話天使時代のルシフェルの時にエンテ・イスラで人が生活してたかどうかが微妙に分からないんですが、良かったんですかねこんな感じで…お題は細かく指定して頂けたので、とても書きやすかったです。

ご参加、そして応援本当にありがとうございました!
(※本人様以外のお持ち帰りはご遠慮くださいませ)