永遠の弱者でありたい(働魔猫転生/黒影様)
※名前が人間名、猫名が苗字で変換しています
※逆ハー狙いは名前固定


私が猫になり、勇者エミリアに拾われ、私の言葉を唯一理解することの出来るイェソドの赤子アラス・ラムスと出会った後。
私はまず、名前を貰った。自分の名前を必死でアラス・ラムスに伝えたのだが、何しろ彼女はまだ赤子。私の言葉を当然全て理解出来るなんてはずもなく、最終的にエミリアは私に『苗字』という名前をくれた。
その時には既に私はエミリアを心から信頼していたし、アラス・ラムスも私を気に入ってくれた。(エミリアのマンションはペット不可だが私の聞き分けが良すぎる程なので今のところはバレていない)


―――そして。


「うにゃーあーうー」
「っこ、こら苗字!く、擦り寄ってくるんじゃない!」
「みゃあ!」
「……そ、そんな愛らしい声を出しても私は揺らがんぞ」
「にゃあう、にゃあうあ!」
「く、くううう……!悪魔の如し…!苗字貴様……!魔王様、私は、私は!」
「あー分かった分かった……分かったからその鰹節、多少分けてやれ」
「ありがとうございます。ほら苗字来い、お待ちかねの鰹節だぞ」
「にゃうううん!」


やったよ鰹節ゲット!必死で甘い声を出して粘った甲斐があったというものである。鰹節…実は猫になって、一番の好物はこれになってしまった。芦屋がスーパーから買ってくる鰹節は香りが高くて、なんだかたまらなく美味しいのです。差し出された鰹節にぱくりと噛み付く。ふわりと広がる風味が素晴らしい。キャットフードなんて食べられないや。


「にゃーう!」
「……エミリア、貴様の家の猫は随分と欲張りだな?」
「何だかんだ言いつつ、苗字の事大好きなんじゃないアルシエル」
「こ、これは不可抗力だ!」
「まあ、魔王城では一番アルシエルに懐いてるわね苗字は」


やっぱ食べ物は強いわねえと手招きするエミリアの元へ駆け寄って、エミリアの膝の上ですやすやと寝息を立てるアラス・ラムスに自らの毛が触れないようにエミリアに寄り添ってごろりと畳に横になる。ふああ、と欠伸をするとエミリアの優しい手が私の頭に触れて思わず目を細めてぐるぐると喉を鳴らした。意思の疎通は出来ないけれど、エミリアは私を妹のように扱ってくれるから大好きだ。


「まあしかし、本当不思議だよなあそいつ」
「そうだな、だが愛らしい事に代わりは無い」
「苗字ちゃん可愛いですよねえ…!ね、ね、こっちおいで?」


真奥貞夫が押入れから顔を覗かせる堕天使がアレルギー症状に見舞われていないのを確認し、不思議そうな顔をすると目元と口元を緩めて弧を描かせている鎌月鈴乃が何度も頷いた。おおきな胸が特徴的なちーちゃんことはたらく女子高生、佐々木千穂は私へ手招きをする。動くのは面倒くさいけれど、ちーちゃんは個人的にも大好きだから迷わずゆっくりと立ち上がり、今行く、と一言呟くと「ふみゅあ」と幼い子猫そのものの声が漏れた。「……お、俺のとこに来ないか」「いや私のところでもいいぞ」そして子猫の愛らしさに既にノックアウトされている魔王サタンと聖職者鈴乃さん。確かに(私も鏡で見たときに酷く驚いたけれど、凄く可愛い子猫だったけど!)そんなんでいいのか。「私のとこですよ!」……ちーちゃん、張り合わなくていいんだからね?言われなくても迷わずあなたの膝下に参りますよって。

ちーちゃんに寄っていって膝にするりと頭を擦り付ける。なんとなく、猫の仕草はわざとではなく本能が行っているのだ。人間としての行動として、立って歩くというように好きな人には自然と自分の匂いを擦り付けたくなるのである。「おいで、苗字ちゃん」ちーちゃんに抱き抱えられるとやわらかな暖かさに包まれた。「う、羨ましいぞ千穂殿!」「そうだぞちーちゃん!俺にも触らせてくれ!」並んで迫ってくる二人。

いつもの光景、和やかな時間。



―――それが一人の乱入者により、壊されるようになったのは少し前からのこと。



「ニ、っ」
「あれ、どうかしたの?苗字ちゃん」


猫の耳はとても音に敏感だ。ぴくり、と動いた耳は"彼女"の足音をキャッチして嫌な予感に毛を逆立てた。そんな私の様子に気がついたのか、私達のやりとりをぼんやりと遠目で見ていたルシフェルこと漆原半蔵が魔王城入口と階段に設置してある監視カメラを起動させた。そしてうげえ、と声を漏らす。「どうしたのよルシフェル」「…マリアだ」「え!?」どうして、今日ここにみんなが集まっているなんて知らないはずなのにと動揺する千穂ちゃんの腕からするりと抜け出す。大きい声は人間の時も苦手だったけれど、猫になって耳が良くなってから更に苦手になった。「ああ、ごめんね苗字ちゃん!」気にしないでちーちゃん、あなたのことが嫌いなわけじゃないよ。


「ねえ、マリアって誰?」
「そうか、エミリアは何だかんだ会う事が無かったんだったな…」
「真奥さんが好きで、芦屋さんも好きで、漆原さんが本命らしいです」
「僕ああいうタイプ苦手なんだよねえ」


珍しく苦い顔をする漆原。悪魔達が全員揃って顔をしかめるものだから、エミリアは愉快そうな表情になった。「あら、素敵じゃない」良かったわねえと嫌味が多分に含まれている声はほぼ漆原へ向けてのものである。「その子も物好きねー…でも、こいつらは悪魔なのに」カンカン、と階段をヒールが打つ音がして思わずエミリアの背後に隠れた。「エミリア、彼女には余り関わらない方が良い」「…私も、そう思います」あくまで楽観的な体を崩さないエミリアに対し、"アレ"を目の当たりにしている鈴乃とちーちゃんの意見は厳しい。流石に二人の苦い顔を見て、エミリアも少しだけ顔を厳しいものにした。

――そして。

ピーンポーン、と間の抜けたチャイムの音が鳴り響いた瞬間の悪魔達の行動は俊敏かつ素早いものだった。思わず白目でそれを見てしまう。最初こそあんなにデレデレとしていた漆原ですら押入れに引っ込んでしまうのだ。芦屋は買い物に行く準備を始めるし、真奥は…あ、やること見つからなくて戸惑ってる。「真奥さん」「…なんだよちーちゃん」「この家の主はお前だ、魔王」「うううう…!」頑張れ魔王サタンー、と言うつもりでみゃーおと一声鳴いてみると、手を広げられた。なに?と一応歩み寄ると手が伸びてきて抱き上げられた。「ちょっと魔王!」「すまん苗字、一緒に出てくれ…!」うわああああマリアとご対面だなんて嫌だああああ!あの子猫嫌いだって言って私の事すごく毛嫌いしてるもん!ばたばたと抵抗するが人間の力に叶うことはなく、魔王に抱えられて玄関へと出向くはめになってしまう。くそう、後で覚えてろ!引っ掻いてやるんだからな魔王のばか!


**


「ルシフェル〜!会いたかったあ!」
「……やめてひっつかないで……」
「あ、照れてるんだ?かっわいい!やっぱルシフェル大好き!」
「う…うん…」


ちょっと真奥助けてよ!と目だけであんなにも訴える事が出来る漆原を横目に見ながら、エミリアの腕に絡みつく私。真奥はちーちゃんに庇われるようになっており、芦屋は逃げるように買い物へ出かけた。騒ぎになるのは目に見えていると酷く疲れたような顔になった鈴乃がアラス・ラムスを自らの部屋へと移動させたのだが、エミリアはここに残っている。正直、見ている分にはこの光景は面白い。


「ねえ貞夫、『ルシフェル離れろ』って言ってくれないのぉ?」
「……何で俺がそんな事言わなきゃならないんだ」
「そうですよっ!マリアさん、第一に漆原さんだって嫌がってるのに…」
「佐々木さん、これが嫌がってるように見えるなんて目がおかしいんじゃない?」
「っ…」
「貞夫貞夫っ、アルシエルは?どこ行っちゃったの?」
「芦屋は買い物だっつってんだろ」
「むう、照れ屋さんだねえ……そうだ貞夫、今日私泊まりたい!」
「はあ!?」
「一緒に寝たいの!だから着替えも持ってきたし…良いでしょ?」


絶句する真奥、強く言い返せずにしょげてしまったちーちゃん、芦屋と鈴乃が逃げてしまった意味を悟って呆気に取られるエミリア。真っ白になって遠い目をしている漆原。


―――煌貴影マリア。


最初に名前を聞いた時、頭どうしたお前と問いただしたくなった。(ちなみに苗字はきらきいん、と読むらしい)マリアという名前だというのに顔立ちは完全に日本人。唯一救いがあるとするなら、彼女を造形するパーツの全てが絶世の美女と賞賛するに値するものだということだろうか。流れる髪ときらきら輝く大きな瞳、ちーちゃんよりも大きな胸と細い腰に、白く磨き抜かれた陶器の四肢。だというのに、性格が物凄い。

まず、魔王城に乗り込んできた彼女は自ら公言してみせたのだ。『自分は別の世界から来た』と。(その時丁度私は魔王城に遊びに来ていた)そして察したのは、彼女は自ら望んでこの世界に来た私の"同類"であるということ。私と違うのは、担当の天使がデキる天使だったということだろう。恨むぜルーク…と思いつつも実は猫である姿も気に入っていたりするので純粋に整った顔を持って飛び込んできた彼女を少しばかり羨んだりもした。

まあ、一瞬で羨む気持ちは崩壊したのだが。

だって明らかな逆ハー狙い。黙ってれば思い通りになっただろうに、取り合ってくれと言い出すものだから最初こそ良い気になっていた漆原ですら最近は酷く疲れたような顔をするようになった。一度は助けてやろうかと彼女に呼びかけてみたのだが、そこで発覚した極度の猫嫌い。保健所に入れてあげるしこんな猫原作に居ないわよ!と叫ばれ真奥の雑誌を投げつけられた時から私はもう彼女を生ぬるい気持ちで身守る事に決めていた。いくら猫が嫌いだろうと、猫が害獣と呼ばれる事を知っているとも……私見た目子猫だぞ!?生後数ヶ月なんだぞ!?そんなに嫌われると思っていなかったので、なんとなーく彼女は私が同類だと気がついているんじゃないかという推測。そもそも私は逆ハー狙いでここに来たわけじゃないし、邪魔をするつもりがないので傍観している。見ている分には彼女は面白い。


「ねえねえ、ところで貞夫っ!もしかしてアレって勇者?」
「アレ?アレって何」
「っ、怖いよルシフェル…!なんであんな、怖い顔されるの?あたし何もしてないのに…」
「何もしてない?私としては貴方が誰なのか詳しく問いただしたいところだわ。千穂ちゃんになんてこと言うの!?ルシフェルは良いけど!」
「ねえ遊佐、僕を助けてお願い」
「……ルシフェルも離しなさい、相当参ってるわ」
「やだ!勇者なんて、ルシフェルいじめた悪いやつだもん。そうでしょ?」
「悪っ…!?」


あ、エミリアがキレそうだ。私ちょっと逃げようと思うんだけど、ちーちゃんと真奥と漆原もどう?



永遠の弱者でありたい

(ヘタレじゃないです平和主義)

(2013/08/22)
...Rosy note様

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十万打企画より、黒影様のリクエストです。ご参加ありがとうございました!

お題を頂いた次の瞬間から逆ハー主の名前どうしよう、を考え始めていました。微妙なところで切り上げたのは予想以上に長くなってしまったからです;;リクエスト本当にありがとうございました!猫転生にまさか続きをリクエストして頂けると思わなかったので、楽しく書かせて頂きました。楽しんで頂けたら幸いです。

(※本人様以外のお持ち帰りはご遠慮くださいませ)