腹が減っては戦が出来ぬそうで(漆原/ららぎ様へ)



寝顔だけなら、天使なんかより余程綺麗だ。


「……まーた昼間から……このニート堕天使」


すうすう、と微かに寝息をたててルシフェルが畳の上で腹にタオルケットを載せ、座布団を重ねて枕にし、さんさんと照る太陽の下で眠っていた。アルシエルと魔王様に差し入れを持ってきたらこれだ。この男は無防備な寝顔を晒しているとしてもそれが男なら、襲われないなんて考えているんだろうか。「馬鹿だなー」私だって悪魔。ルシフェルは言わば天界からの流れ者だが、私は生まれついた時からエリートであり、数少ない"知識"を有する悪魔の一族の後継者だ。上を目指す本能に従い、敵わない相手の寝首をかくことに躊躇いは無い。

今この場所において、魔力を一定量保持している私と隣の聖職者の聖別食材に頼り、聖法気を蓄積しているルシフェルこと漆原半蔵の首を取ることは今なら容易いだろう。私が大元帥ではなく魔王軍の兵士長補佐という立場に収まっていることに対しての不満等は無いけれど、欲を言うのなら力を示して昇格したいという意思はある。(そもそも、魔王城の家計に負担をかけ続けている漆原を制裁すれば、アルシエルは褒めてくれるだろうと思う)


―――……やらないのだけど。


「ほら穀潰し、起きろばーか。バイト紹介してやるっつったでしょーが」
「…………あー……?」
「母音発してんじゃない。どうせネットしてて徹夜だったんでしょ?」
「………ねむい」
「起きろ。ハロワ勤めの部下が仕事持ってきてあげたんだから起きろ」
「………………頼んでない」


ひらひら、と手を振って私に出ていけと言わんばかりの仕草。これでかちんと来ないやつがいたら、私はそいつを聖人だと褒め崇めようじゃないか。せっかくルシフェルにも出来るタイプの、デスクワークを持ってきたというのに当の本人がこれなのだ。アルシエルとサタン様が頭を抱えてしまうのも無理はない。

こうなれば意地でも起きて貰うしかないだろう。手始めにルシフェルのタオルケットを取り払った。「……なにす、」次には躊躇無く言葉を発しかけたルシフェルの頭の下にあった座布団を引っこ抜く。さあ、ここまですれば苛立って体ぐらいは起こすだろう。ちょっと名前!なんて私を指差しながら、


「……起きないかんね」


――――予想、大外れ。タオルケットと座布団を失ってもなお、私に背を向け眠ろうとするルシフェルに本気で殺意が湧いた。この腐れ堕天使…!昼間は眠って夕方起きてひたすらネットで時々無許可で買い物?これが私の惚れた悪魔なのかと思うと自分が恨めしい。本当に見る目が無いと罵ってやりたい。……大体、私たちって恋仲のはずなのにルシフェルはずっと部屋に篭ってるし……向こうじゃ部下と上司の関係がはっきり分かれていたからプライベートと仕事を使い分けられたけど、ここじゃあそうはいかないのだ。むしろ微妙な関係になってしまった。ここしばらくキスだってしていない。

だからこそ、私は頑張っているのに。せめて二人きりになって喋る時間が欲しいからこうして仕事を持ってきたって出向いてくるのに…昼間は延々と眠っている穀潰しニートのせいで喋る事すらままならない。寂しいなんて素直に言える性分ではないのだ。



―――もういっそ、態度で示してみようか?



「ばーか」
「うるさ………は?」


どさり、と。

持っていた荷物が畳の上に落ちる音。ルシフェルの顔に影が落ちる。紫色の髪を照らしていた日光を遮ってルシフェルを馬鹿と罵る私に、目の前の堕天使は呆けた顔をしていた。


その唇に噛み付いた。


獣のように獰猛に、まるで飢えていたと言わんばかりのキスだっただろう。口を離すと透明な糸が引いて、悔しそうに少し息を切らしたルシフェルの姿があって思わず頬が緩んだ。頬が赤いって事は……「私がここに来る意味をきちんと理解出来ないおばかさん、」もう私を放っておいたりしたら許さないんだからね、とルシフェルの目の前にデスクワークの書類を突きつけた。息切れひとつしていない私に苛立ちを感じたのか、もしくはプライドを傷つけられたのか、それともスイッチが入ってしまったのか分からないけど――ルシフェルはその書類を一度受け取り、静かに閉じたパソコンの上に放った。

「…ちょっと、どういうつもり?」「………悪いの僕じゃないから。名前だから」「え、」疑問の声が私の口から漏れた瞬間、ぐるりと世界が反転した。「誘った方が悪いよね?」「いや、誘ったっていうか挑発っていうか、」あ、成程、スイッチが入っちゃった方でしたかそうですか。……えっ?ふ、ふふふふざけるな!「仕事しろこのニート!」「ん、一回だけ」「何を!?」「何ってそんなの決まってんじゃん」頬に温度の低い冷たい手が触れてぞくりと体中が震える。


「この世界にはさ、"腹が減っては戦が出来ぬ"って言葉があるらしいよ」


いただきまーす、と寝起きとは思えない楽しそうなルシフェルの声を耳に、色々な事を諦めた私は目を閉じた。叶うならば、せめて事が終わるまで誰もここに来ませんように……



腹が減っては戦が出来ぬそうで



(2013/07/30)

八万打企画よりららぎ様リクエスト、漆原の寝込みを襲って逆に襲い返される、でした!
リクエストに答えられているのかすごく微妙な感じになってしまいましたが…お気に召して頂ければ幸いです。遅くなって大変失礼致しました;;

夢主の口調が若干荒いかな、と思いつつ、しかし口調のちょっときつい女の子が大好きなのでこんな感じになりました。個人的にはこれ、ツンデレではないのです。愛があるので常にデレデレです。デレてます(二回目)

企画参加、本当にありがとうございました!
(※ご本人様以外のお持ち帰りはご遠慮ください)