C'est sucré.…?(漆原/シルク様へ)
『甘いものが食いたい』
そう告げたのは我が主である魔王様で、部下の私が従わないわけにはいかない。アルシエルよりも美味しいものを作って魔王様に献上しようと自宅(ヴィラ・ローザ笹塚ではなく、しかし笹塚内にあるアパートの一室)で四苦八苦する私のところに不法侵入してきた二名。
「名前ー、僕チーズケーキが良い。チーズ食べたい」
「名前、僕はフルーツタルトを所望する」
……いや、片方のニートは一応仲間だから良いとしよう。"一応"だが。問題は片方の敵である。大天使である。堕天の邪眼光である。
「何でサリエルがいるの!?」
「何故って、女神の香りを追いかけて散歩をしていたら、甘い香りが漂ってきたからだよ。まあ君も女神に劣らぬ程の美貌を持っているからね。勿論僕にとっての一番は我が女神だが、まあ……君の作るデザートを食べてやらない事もない。感謝したまえよ!この僕にそのフルーツタルトを食べて貰えるという奇跡をふがらっ!?」
「あ、サリエル吹っ飛んだ」
吹っ飛ばしたのは勿論私だ。ちなみに木崎さんから直接伝授して貰った対サリエル用の女王様キックである(命名したのは千穂ちゃんだったりする)。いや、冗談は程々にしようね猿江さん?第一あなた悪魔の作ったもの口にしたら堕天させられるんじゃないの?
「ふふふ、知らないのかい?バレなければ犯罪ではないんだ」
「………………これが大天使の言い草か……」
もうだめだこいつ。「そもそも私があなたのリクエスト通りにフルーツタルトを作ると思うの?」当然の如く自分が口に出来ると思っているあたりもなんというか……救いようがない。アホだ。アホの子だ。「へーえ、残念だったねサリエル?」「ルシフェル、あなたのリクエスト通りにするとも言ってないから」忘れかけてたけどこっちにもアホ…いやアホ以上に面倒くさいニートが居たんだった。ええっ!?チーズケーキ作ってよー!と悲壮な声を上げるルシフェルはもう無視である。
私が作るのはサタン様への敬愛を込めた、かつアルシエルに負けない豪華なもの。そう、フルーツをたっぷりと使った、「フルーツタルトだろう?魔王はこの間、最近近くに出来たケーキショップのショーウィンドウのフルーツタルトを見つめていたからね」値段に肩を落としていたが、と勝ち誇ってルシフェルと私にドヤ顔を決めたサリエルに手にしていたレシピ本を投げた。「ロールケーキ!異論は認めない」
……でも、魔王様はフルーツタルトが良いのかな…?サリエルが漏らした情報に踊らされるなんて不本意だけど、マグロナルドの向かいのセンタッキーで働くサリエルだ。当然、我が主の行動だって目に入る機会が多いだろう。「……フルーツタルト……」悩み始めた私にサリエルが「魔王はフルーツタルトを見て、食べてみたい…と零していたよ」と煽ってくる。確かに魔王城は貧乏だし、新しく出来たケーキショップは確か高級店だったからそりゃ手が出ないだろう。ここはフルーツタルトにした方が良いの!?
「天使に踊らされる悪魔ねえ……」
「ぐっ、じゃあルシフェルはサタン様の食べたい甘味を知っているの?」
「チーズケーキ。絶対美味しいから真奥も喜ぶ」
「…………それあなたの趣味じゃない……」
ルシフェルの性格は良く分かっているし、一時的に敵に回ったとしても一応は再び真奥の傘下に下ったルシフェルは私の仲間と言える。割と掴めない態度をしていたとしても、私はそれなりにルシフェルに信頼を置いていた。だからこそサリエルほどに酷い当たりにはならないが、それでも呆れというものは常にこの男と共にある気がする。
まあ、チーズケーキが美味しいのは認めよう。私だってそれなりに好きだ。でも今日はルシフェルのために作るのではなく主であるサタン様のために作るのだ。「大体さあ、名前はなんで真奥のためにお菓子作るの?」ルシフェルの言葉に顔を上げる。「別に恋愛感情抱いてるわけじゃないんでしょ?佐々木千穂なら分かるけど」ああ、ルシフェルは何も分かってないんだな…!そんなの当然と言えば当然なのかもしれないけど、流石にこの問いかけには呆れを通り越して最早諦めを感じる私。「そうだな、僕もそれは少しばかり気になる」サリエルもこちらに顔を向けた。二人分の視線を受け、私は目を閉じた。右手は迷うことなく胸元に添えられる。
「主の頼みなのだから、喜んで受けるのが従者でしょう?」
胸元にはここに来てさえ離すことのない、ワイバーンのライセンス。私がサタン様から授けられたワイバーンに乗ることの出来る資格。それは私の誇りであり、選ばれたというエリートの使命感だ。魔王様に恋慕の情を抱くなんて、そんな事は恐れ多くて出来やしない。
さあ、これで納得しただろうと目を開けて二人を見つめると、サリエルは成程という顔をし、ルシフェルは何故か『良い事を思いついた』とでも言いたげなにやにや笑いを浮かべていた。「……何」「いや、主人思いで名前は素晴らしいね!どうだい、是非悪魔なんてやめて僕の従者に、」「なるか!」サリエルはどう足掻いてもブレないらしい。もうこうなったら伝家の宝刀である。「木崎さんにセクハラされたって言うわよ!?」「あ、あああああ悪魔か!?」悪魔ですが何か!木崎さんの名前を出すと同時に私の部屋から飛び出していくサリエル。ああ、これで厄介事が一つ片付いた。
問題は、ニヤニヤ笑いを止めないニート堕天使だ。
「……何が言いたいの、ルシフェル」
「やー、別に?相変わらず名前ってば真奥に対してだけ忠誠心が芦屋に劣らないよね」
「いつかアルシエルを押しのけて悪魔大元帥の座に座るのは私よ」
「ふーん?名前が?無理じゃない?」
こ、このニート…!どうしてこいつが悪魔大元帥なのに、私が昇格出来ないのか!「そもそもルシフェルがいなければ私が大元帥だったっての!」「へーえ、そりゃご愁傷様ー」でも名前実質僕より弱いしね?と口端を釣り上げるルシフェルに拳を握ってしまうのは当然だと思う。物理的制裁を下すべき瞬間は今だ。「だってさー、名前って真奥に対しての忠誠心はあるけどさ、僕とかアルシエルに対する忠誠心って無いじゃん?」拳を振り上げた瞬間、ルシフェルがそんな事を言い出した。
「……どういう意味よ」「だってそうでしょ?社長に対してだけ忠誠心はあるのに、専務には無いみたいな感じじゃん」それって出世出来るの?「表面上すら取り繕って無いしね、名前」僕らの一言でお前の出世が決まる事もあるわけでしょ?「例えば、悪魔大元帥の後継者…とか」
思わず拳を下ろして、ルシフェルをまじまじと見つめていた。悔しいけどこれ、反論出来ない…!ルシフェルに正論を説かれるなんて、屈辱的だ。…でも、確かに一理ある。あるからこそ悔しい。「今からでも遅くないよ?僕に媚び売ってみたら?」「〜〜〜〜ッ!」ああああもう!最悪だ!「……何、すればいいの」「とりあえずチーズケーキが良い」「………」もう口を開かない事にしよう。チーズケーキの材料はあったかと冷蔵庫を覗くために踵を返した。
「……待ってなさいよ、今から作ってあげるから」
「待ってる間ネットしてていい?名前のやつ新しいしデスクトップだからネトゲやりたい」
「………もう何でもお好きにどうぞ!」
―――投げやりになって放った言葉。
「へえ、何でも好きにしていいの?」
「もう何でもいいよ何でも!」
「ふうん?じゃ、"こういうこと"も良いわけだ」
「は…」
何が、と問いかけようとした瞬間、後ろに引っ張られて重力に逆らえずに倒れこむ。丁度倒れ込んだのはマットレスが敷いてあった床の上だったから痛みは軽減されたけれど、それでもどすん、という大きめの音が響いた。あっ近所迷惑、なんて結論がはじき出される前に私に覆いかぶさってくる影。当然そんな事をするのはルシフェルだけで、その顔は意地悪く歪んでいた。「ねえ、名前ってさ、キスしたことある?」「…っ、どうでもいいでしょそんな事!」「魔王軍に居た時から色恋の素振り見せなかったもんねー。だから結構、」興味あったんだよ、その美味しそうな唇。そんな事を囁かれて動転しないはずがなかった。サリエル帰ってきて頼む、こんな状況一人じゃ処理しきれない!天敵であるはずの天使に助けを求めてしまうぐらいに私は混乱していた。
目の前の悪魔は、そんな私を待ってくれるタイプではない。
「 」
ちゅ、と響いたリップ音は悪魔にしては可愛らしいもので―――「………あ、」呆然とした私の頬は、次第に熱を帯びていく。同時に拳も熱を宿していて、温存していた魔力も拳に宿っていた。あ、キス、された……ルシフェルに?ルシフェルに!?「じゃあ僕帰るから」「――っ、待て!待ちなさいこの淫魔!」「淫魔ぁ!?キス程度で!?」キス程度じゃない!乙女にとっては重要な事だ!
―――その後、魔王城に乗り込んだ名前が押入れに引きこもったルシフェルからネット回線のコードを回収し、土下座を得たのはまた別の話。
C'est sucré…?
(2013/07/22)
八万打企画よりシルク様のリクエスト、お菓子でサリエルVSルシフェルのルシフェル落ちでした!
甘い夢とのご要望でしたが、終盤の取って付けたようなキスしかなくて申し訳無いです;;夢主サタン様好きすぎるだろ…そして無駄に長くなってしまって、申し訳ありません。
サリエルとルシフェルの絡みはアニメでも原作でもわりと少ないので、どんな風に絡ませるかとても悩みました。そのせいで全体的に夢主を通じて二人が会話をしています。タイトルはエキサイト翻訳さんに翻訳して貰いまして。『甘い』という意味のフランス語(多分)です。フランス語なんて分からんとです。決してこの話は甘いと言い切れないです。甘い要素ってお菓子の味じゃない?ちなみに星乃はどれも好物です。あ、どうでもいいですね。
企画へのご参加、本当にありがとうございました!
(※ご本人様以外のお持ち帰りはご遠慮ください)