ハッピーエンドを切り開け(2主/鈴藤さりま様へ)
※2主名がアレンで固定



いくら俺が身分差を気にしなくても、世間はそうはいかないらしい。


「ねえアレン、王子様がこんなことしてていいの」
「いいんだよ」


少々やさぐれていた事もあり、投げやりでぶっきらぼうな言葉になってしまったそれを名前は黙って受け止めた。「それじゃあいいや、はいどうぞ」……ふわり、と優しい香りが届いてコトン、と目の前に白く磨かれたカップが置かれた。少しばかり刺々しかった言葉を後悔し、名前を見上げる。路地裏の喫茶店で、数少ない常連客だけを相手にして質素な生活を成り立たせている名前からは、いつでもコーヒーの深い香りが漂っている気がする。少なくとも、甘ったるい香水の香っりよりは、マシだ。


「昨日、舞踏会だったんでしょ?お疲れ様」
「…………まあな」
「それにしても王子様って大変だよねー……旅が終わったら、花嫁探しかあ」
「嫌味か?」
「まさか。私はアレンの幸せを心から願ってるだけだよ」


その言葉に嘘偽りは無いのだろう。優しく微笑み、皿にのせたクッキーを差し出してきた名前をじろりと睨んだ。分かっているくせに。「や、本当だよ?本当に、アレンには幸せになって欲しいと…」「いや、そっちじゃなくて」俺の気持ち、と呟くと名前は一瞬黙り込み、「その話はしないで」と小さく囁くように呻いた。

お互いに好き合っているのに、身分が違い過ぎる。俺はこの国の未来を、この世界の平和を保つために全力を尽くさなくてはならない。だが名前は薄暗い路地裏のカフェのマスターで、(このような言い方は悪いとは思うが)貧しい身分だ。知り合えた事だけで奇跡だというのに、それ以上は望んではいけない。それでも切望してしまうのだ。名前と結ばれる未来があればいいのに、と。

きっかけは、ほんの些細な気まぐれと偶然。でも強く惹かれあった。


「………ほんとはさ、アレンに結婚なんてして欲しくないよ」


ロトの血を、勇者の血を途絶えさせてはならない。俺の死後、この世界を守っていく王を俺は育てなくてはいけない。―――と、それが大臣の言い分だった。言いたい事は分かるし理解も出来る。王族だからそれに見合うよう、貴族の娘や富豪の娘を招いてパーティを行う理由も納得出来る。でも、俺には好きな人がいて、その人も俺の事が好きだというのに、―――結ばれない。「アレンが王子様じゃなかったら、私を連れ去って〜なんてロマンチックな事も言えたのにね」「……本当だ」俺が王子でなかったら。……勇者で、なかったら。普通の一人の男だったら、今すぐ名前を連れ去ってやるのに。


**


「アレン、あなたってバカだったのね」
「は?」
「僕もムーンに同意かな」


話をするなり呆れられた。紅茶に口をつけながら、ムーンが俺に向かって溜め息を吐く。サマルも苦笑いで俺を見ていて……「何がバカだっていうんだよ」やっぱり糸が掴めなくて不機嫌になってしまう俺を、「まあまあ」と宥めてきたのはサマルだ。俺だってそんなに子供じゃない。いつまでも不機嫌を表に出すような事はせず、誤魔化すように紅茶へ口をつけた。やっぱり名前のコーヒーの方が美味い。


「じゃあまず聞くけど……アレン、王様に彼女の事は話したの?」
「いや、話してない」
「どうして?」
「俺はこの国の王子なんだ。恋愛ごとなんかにうつつ抜かすわけにはいかないだろ」
「でも結婚はしろと言われてるんでしょう?」
「………まあ、そうだけど」
「そこよ!」


びしり!とムーンが俺を指差した。言いたい事をなんとなく察してうっと言葉に詰まる。「結婚するんなら、好きな人がいいよねー」にこにこと笑顔で、自らが持ってきた手土産のケーキを自らの胃袋に収めていくサマル。「そう簡単じゃないんだ」ケーキの事はこの際何も言わないが、俺たちの立場はそんな簡単なものじゃない。「何が簡単じゃないの?」「……」言葉には出さない。言うなれば暗黙の了解というやつだ。ムーンだってそれを知っているはずだろう?


「その考えは彼女に失礼じゃないかしら」
「失礼?何が、」
「要するにアレン、あなたは彼女に自信が無いんでしょう?」
「……ッ、そんなわけないだろ!」
「アレンが言っているのはそういうことよ」


彼女の立場故にあなたが自信を無くしている。「一国の王子で、確かに私たちは未来を担っていかなくちゃならない。でも、それ以前に私たちは一人の人間よ?」人を愛するのは人間として当然の本能。立場の違いに悩んでいるアレンを私たちは理解してあげられる。「でも、今のあなたの悩みは理解してあげられないわ」説得を最初から諦めているアレンなんて理解してあげられないと、ムーンは少し寂しそうに言う。振り返るとケーキを胃袋に収めたサマルが「やらないで諦めるなんて、それでいいの?」と呟いた。ぐさりと突き刺さるその言葉。ムーンが再び口を開いた。


「アレン、あなたが本当に彼女を好きなら」


―――愛している人がいると、結ばれたい人がいると宣言すべきじゃないかしら


**


全部、俺を焚きつけた二人が悪いと言い訳を心の中でひたすら並べた。同時に背中を押してくれた感謝で胸がいっぱいになる。いつもの裏通りを走り抜けながら、小さくありがとうと呟いた。小さくて薄汚れた看板が立った、いつもの名前の店がそこにある。


「名前!」


叫んで扉を開けると、まだ開店準備をしていたのか、カップを磨く名前の姿があった。俺がこんな時間に現れた事に驚いたのだろう。目を見開いて、でもカップは取り落としたりしない。「…アレン、どうしたの?」そんなに急いで何かあった、と言葉を紡ぐ名前に駆け寄る。最近はいつもこの店に足を運ぶたび、心臓を締め付けられるような心苦しさに囚われていた。でも、もうそんなのも終わりだ。


「やっぱり俺は、お前以外に考えられないみたいだ」
「……え?」
「全部話してきたんだ」


俺がただ認められない事に怯えていただけで、ずっと名前を苦しめていたという事に気がついたのはついさっきの事。父に全てを話すと何故早くそれを言わなかったのかと逆に叱責されて……なんだ、こんな簡単な事なのかと拍子抜けしてしまった。流石に立場の違いには少し苦い顔をされると思ったが、お前が認めたのならと背中を押されてしまって本当に呆けた。「どういう事…?」状況が飲み込めていない名前の手を取り、優しく引き寄せる。俺だって、まだきちんと状況が飲み込めているわけじゃない。「いいから、名前の意思が聞きたい」でも、理想の未来が垣間見えたのは事実。


――あとは、お互いの意思ひとつ。


「俺は名前が好きだ」


変わらない意思を示し、真っ直ぐに見つめた。目を見開いたまま固まっていた名前はくしゃりと顔を歪めて俯いてしまう。「信じられない」お互いに諦めていた未来だったと思っていたけど、やはり名前は期待していたのだろう。「遅くなって、ごめん」ううん、いいの。そんな事いいからと名前は首を振った。「私でいいの?こんな、裏路地に住んでる貧乏人なのに」ここまで来てまだそれを言うか。開いていた手で名前の頭をわしっと掴む。「わ、ごめんなさいって!……嬉しくて、つい」うん、それでいい。やっぱりお前は笑った顔が一番だ。


「アレン、私もあなたが大好きだよ」


久しぶりに返ってきた名前からの愛の言葉に、思わず彼女を腕の中に閉じ込めていた。さあ、ハッピーエンドは始まったばかりだ!




ハッピーエンドを切り開け
(2013/07/13)


八万打企画より、鈴藤さりま様へ捧げさせて頂きます2主夢です。
おまかせとのことだったので、前からずーっと書いてみたかった身分差の恋(もどき)を書いてみました。でも身分差にしては何か違うような…?とりあえずこの世界はムドーを倒して世界を平和にして、何年か後という設定です。王子なんだから結婚迫られるんじゃないだろうか2主って…と思ったのがきっかけです。

この後二人がどうなっていくのかはご想像にお任せします。それにしても2の三人の自分の中のキャラが不安定なので、イメージに沿っていませんでしたらごめんなさい;;2主本人とか妄想で成り立ってる…
今回は企画への参加、ありがとうございました!

(※ご本人様以外のお持ち帰りはご遠慮ください)