彼女がピアスを着けた理由(漆原/水菜様へ)
※夢主は幻魔。幻魔については都合の良さ重視


名前の真っ白な耳たぶが、以前からとても気になっていた。


「じゃあちーちゃん、名前、気ィつけて帰れよ」
「はい、真奥さん!」
「お疲れ様でした、マスター」


真奥が魔王軍を統治していた時、エミリアの存在が浮かび上がる前。僕の漏らした知識から幻魔を召喚することに成功した魔王サタンは、召喚した幻魔を名前と名づけた。以来、魔王の相談役のような、話を聞くだけの異端な存在となった名前はこの世界にも魔王を追ってきた。エンテ・イスラではサタンに魔力で従わされるだけの存在だったというのに、今ここにいるのは名前の意思だという。ああ、苛つく。

知っている。名前にあるのが召喚した主であるサタンへの忠誠心のみだということも、それを本人が自覚しているということも。しかし、それだって特別な事には変わりない。――後悔しているのだ、知識を漏らしたことに。魔力ならばどうしても魔王サタンには劣る僕は、名前を奪う事は出来ないのだ。「僕のものにしちゃいたいのにさー…」「何をだ?またジャングルで無駄な買い物をするというのなら容赦しないぞ」「違うって!」芦屋の言葉にひらひらと手を振るが、しかしこの口やかましい主夫は疑うことをやめない。しばらくじろりとパソコンの画面を睨みつけてきたけど、生憎動画サイトのコメントが右から左に流れているだけだ。ジャングルではない。そういえばジャングルってゲームとかだけじゃなく、本当に色々なものがあるよねえ……あ、


「そうだ」
「……何を閃いた漆原。ろくなことではないんだろうが」
「ああもう、芦屋は黙ってて!」


訝しげな目線を送ってくる芦屋からパソコンの画面を隠し、ジャングルにアクセスしてページを開いた。探すものは決まっている。


**


自分の付けている紫色と対になる色。それは黄緑だ。

名前が歩く時、きらりと太陽に反射して耳元でそれは光るのだろう。密かに湧いてきた優越感に気がつかないわけがなかった。真奥のものだけど、僕のもの。立場としては真奥ペットや召喚獣といった存在の名前だから、僕には逆らえないのだ。だからきっと、少しの痛みが伴ってもピアスをつけてくれると思う。お揃いということで純粋に浮き足立つ気持ちに、真奥のものである名前に僕が傷をつけるという歪んだ喜びがかすかなスパイスを添えていた。まあ、普通にプレゼントしても名前は口元を緩めて受け取るんだろうけどね。普通なんて面白くないし、何より受け取るだけで着けてくれなさそうな気がするし、あの白い耳に少しばかり浮かぶ赤色を見てみたいという気持ちがある。やはり、悪魔からだろうか。


「ルシフェル様、どうされましたか?」
「んーん、なんでもないよー」
「そうですか。では、私は何をしていれば良いでしょう?」
「どーせ真奥と芦屋に僕を見張ってろって言われたんだろ?なら、黙ってここにいれば」
「はい、そう致します」


少し機械的な感じだけれど、これが名前のデフォルトだ。きちんとした存在でない名前だが、こちらに来て人間味がかなり増した気がする。だからこそ興味が無かった僕の興味をそそってくれたのだ。ああ、優しくしたい。優しく接して驚かせて、傷つけてみたい。そして、触れたい。――自分のものだという、所有印を刻み込んでやりたい。


「ルシフェル様?」
「……なに」
「いえ、珍しく表情がくるくると変わっていらしたので」


気になってしまいました、と少し頬を緩める名前に、どうしようもなく惹かれている。前までは『気になってしまった』なんて表情にも言葉にも出さなかったのに。そんな"人間らしさ"に惹かれている僕も僕だと思うけれど、感情はどうやったって制御出来ない領域に来ているのだ。「名前、」「なんでしょう?」「変わったよね、お前」佐々木千穂とかエミリアに影響された?と皮肉ると、名前はふわりと微笑んで静かに頷いた。「ええ、ここに来て良かったと思います」「自分の存在の意味分かってる?真奥が死んだらお前も死ぬのに」いつ消え去るかも分からない幻魔のくせに。


「マスターと共にあるのが私ですから」
「……あ、そ」


羨ましくて妬ましくて、成り代わってしまいたいぐらいに欲する忠誠心。「真奥の事好きだよねー」「ええ、勿論。主として愛しております。必ずお守りしなくてはならない存在で、私の絶対正義です」「…あれ?」名前の答えに呆けた声が出た。依存とも取れる忠誠心だけれど、じゃあさ、お前の心は誰のものなんだ?"主として"の部分に引っ掛かりを覚えて名前を振り返ると、僕より複雑そうな、見た事のない表情を名前はしていた。「サタン様は私を部下として扱ってくださいます」それは支配ではなく、純粋な主従関係だ。「じゃあさ、聞いていい?」どうしてそんな複雑そうな顔をするんだよ、名前。

「お前はさ、真奥に支配されたいとか思わないの?」幻魔は基本的に従う事を望む。支配されたいと思うのは、即ち尊敬と盲目な恋愛観がそうさせる、らしい。「最初はそう思っていました。身も心も捧げるつもりでしたが、サタン様は拒否されました」え、なんだ、それ?「『勝手な事をするな』と。……価値観を覆された気がしました。それ以来、主として部下としての愛しかサタン様には捧げられていなくて、私はそれが――」「ちょっとストップ!」思わずストップをかけるときょとんとした顔で僕を見つめてくる名前。じゃあ、お前は誰に支配されたいの?


「サタン様……でした」
「過去形なんだ?」
「そうなんです、過去形なんです。自分でも分からない」


仕えている主に支配する事を拒否され、普通の部下として接されている。支配を前提に呼び出されている幻魔なのに……「真奥は本当、」その先は言葉に出さない。あんな魔王だから、今の現状に馴染めているのだろう。

名前の顎に手をかける。これはひょっとして、チャンスなんじゃない?「ルシフェル様?どうされましたか」少し眉をひそめているのは、僕に不愉快な思いをさせたかどうか思案しているからだろうか。ああ可愛らしい。やっぱり、そこに証を刻みたい。


「名前、じゃあ試しに僕に支配されてみない?」
「……………何を、仰って」
「いいじゃん、真奥の部下なら僕の部下でしょ?僕と二人きりの時だけ、僕に支配されるっていうのはどう?」


断る術を、彼女は持たない。そこから溺れさせるのも良いんじゃない?略奪愛なんて素晴らしい言葉があったものだ。「……でも、」ほら、名前は迷っている。本質を満たしてくれない真奥にやはり、物足りていなかったんだね?「忠誠心は真奥に捧げればいい。僕は支配欲を満たして、お前は支配されたい気持ちを満たせる」丁度良い関係だ。ね、いいだろ?目を近づけると、名前の頬は微かに赤く染まっていた。――落ちた。




直後頷いた名前に刻み込んだ"僕の物"である証のピアスは、名前の耳で今日も輝いている。「ルシフェル様」「んー?」――本当に僕のものとなった、名前の耳で。



彼女がピアスを着けた理由



(好きになっていました、ルシフェル様)
(ふーん、ま、合格でいーよ)

(2013/07/11)

八万打企画より、水菜様リクエストの『ルシフェルが夢主にピアスを付ける話』でした!
コレジャナイ感が凄い。本当にすごい。オチが無理矢理な気がする。でもこうしないと何話か続きそうな感じで打ち切らねばならなかったんです。いや…切実に…収集つかない方向に持っていってしまう星乃の悪い癖ですね、申し訳無いです;

サタン様はルシフェルの支配欲を知っていたので夢主を放置しました。多分なんとかなるだろう程度の気持ちだったら、ペットが取られちゃった感じ。でも夢主の忠誠心は真っ直ぐサタン様だけのものです。その忠誠心たるや芦屋と良い勝負なんじゃないですかね?でも仕事とプライベートが別な感じで、ルシフェルが好きな夢主です。

リクエスト、ありがとうございました!

(※ご本人様以外のお持ち帰りはご遠慮ください)