どうしたって心は偽れない(8主/ゆすら様へ)


「エイト、何作ってるの?」
「いいからいいから」


穏やかな午後の昼下がり。
街から少し離れたところにある、秘密の場所。エイトと私だけの場所だ。

風が心地良くさらさらと靡いて、エイトの茶色い髪を揺らした。こうして二人きりで穏やかに時間を過ごすなんて何年ぶりだろう?エイトは旅に出ていたし、私は石になってしまっていたし……さらさらと草木を揺らす風の音に耳を澄ませながら、シロツメクサで覆われている地面の上にぼふんと体を預けた。エイトは私に背を向けていたけど、音に反応して振り返る。


「名前、眠いの?」
「ううん、気持ち良いなーって。風とかさ」
「そうだね、今日は良い天気だし」


エイトと一緒に空を見上げた。真っ白な雲がちらちらと覗くだけの真っ青な空。太陽の光は木の影だから直接は目に入り込まないけれど、木々の隙間から漏れる光に少しだけ目を細めた。ああ、本当に良い天気だ。


「……ねえ、エイト」
「なに?」
「ミーティア姫のこと、よかったの?」


問いかけると、エイトは黙り込んでしまった。答えを期待していたわけではないから私も口を閉ざし、目を瞑る。沈黙が空間を支配して、エイトが何かをする音と風がさらさらとなびく音だけが耳に届いた。

エイトは、ミーティア姫に想いを寄せられていた。彼女は綺麗だ。とても。その想いもとても純粋で美しく、エイトが彼女を貰い受けるのに身分の差は関係が無いと思った。立場上は一介の兵士とはいえ、エイトは世界を救った勇者なのだ。よっぽどチャゴス王子なんかよりミーティア姫に相応しい。姫だって、それを望んでいたはずだ。

なのに、エイトはその申し出をつい昨日、断ったというのだ。噂が出回るのは早く、私が足を運ぶと目を赤く腫らしたミーティア姫がいた。それでも彼女は笑顔だった。同じ人を好きになった私たちだったから、姫は私に『頑張れ』と言った。それを聞いた瞬間に涙が溢れた。私なんかより、遥かにミーティア姫の方がエイトに相応しいのだろうに。

ミーティア姫が泣いていた、とエイトに言ってやりたかった。でも言わない。ミーティア姫に同情しているみたいで、そんなの彼女に失礼じゃないか。私たちはエイトの事に関してはライバルだったんだから。それにエイトだって考えなしに断ったわけじゃないだろう。……そう、信じたい。


「名前はさ、」


エイトが唐突に口を開いた。閉じていた目を開ける。「なあに?」「夢とかってさ、ある?」「……へ?」まったく関連性の無い話題に、思わずぱちりと目を見開いた。「夢?」「うん、何になりたい!とか」こちらを向いていないからエイトの表情は分からないけれど、声はなんだか少し寂しげだった。「……夢、かあ」無い、こともない。エイトの隣にずっといられたらと思う。ミーティア姫が望んだのと同じように、私はエイトと共に有りたいと思う。でも、それを今ここで口に出す勇気はない。「わ、私はいいから!エイトはどうなの?夢とかってある?」私の問いかけに、エイトの揺れていた背中がぴたりと止まった。


「分からなかったんだ」
「……え?」
「ドルマゲスを追って旅に出た。色んな事があって、自分の事を知って、ラプソーンを倒して……でも、それは夢じゃない。"目標"だった」
「……うん」
「全部終わって、やっと落ち着いてきて……次に何をすればいいのか、分かんなくなった。分かんなくなったけど、昨日やっと、叶えたい願いを見つけたんだ」
「叶えたい願い…?」
「それって夢と同じじゃないか、って。……ミーティア姫は、僕の願いの犠牲にしてしまったんだ。……悪いと思ってる」


でも、とエイトは言葉を続ける。体を起こして座り込むと、エイトがくるりとこちらを振り向いた。手を後ろに隠して、少しいたずらっぽく笑う。その笑顔はどこか寂しそうにも見えた。……ううん、違う。どこか寂しそうな笑顔だけれど、でも吹っ切れている笑顔。


「僕が好きなのは名前だから」


ずっと好きだったって気がついたのは最近だけど。

告げられた言葉に頭がついていかなくて真っ白になっていると、いきなりその白に鮮やかな色彩が現れた。赤、白、黄色、緑―――色とりどりの花を集めたそれは、王冠だった。頭に飾られた色彩にそろそろと手を伸ばす。可憐な花が踊る私の頭を引き寄せて、エイトは私のおでこに軽くキスを落とした。ああ、ミーティア姫。エイトが少し寂しそうなのは、あなたの想いを受け入れられなかった事に対する罪悪感なんだね。でも、吹っ切れている。それはきっと、あなたがエイトの後押しをしたからなのかな。まだ真偽は分からない。分からないけれど、ただただ今は喜びに溺れたい。


「私も好きだよ、エイト」


返した答えに、エイトの笑顔が溢れた。私の顔も自然と笑顔に変わる。輝く花畑の中心で、私たちは互いを抱きしめた。


どうしたって心は偽れない

(2013/07/06)

八万打企画より、ゆすら様に捧げさせて頂きます。
なんというか、ほの、ぼの…?完全にほのぼのだと言い切れないのは普段の事なんですが、これは…強烈なコレジャナイ感が凄いです……
や、でも!シチュエーションはほのぼのだと!個人的には自信満々です。昼下がりのお花畑!あれ、これほのぼのでいいのかな…
ミーティア姫を犠牲にしてしまって申し訳ない感じです。

ご参加ありがとうございました!

(※ご本人様以外のお持ち帰りはご遠慮ください)