お礼はブーケの予約で
対→僕らのprincessに花束を

私の恋人、ローは外科医だ。そして結構いい性格をしている。もちろんそれは、いろんな意味で。

この前の誕生日はホテルのお高そうなディナーに連れていかれた。

お酒を飲んで食事してドライブして海に行って。なんだかいつもよりお洒落だなあとか思っていたら真っ赤なバラの花束を渡された。なに、これ?

突然の出来事に思わずそう口に出したらちょっと失敗だったようで、ローはちょっぴり不機嫌になった。こういうときは先に素直に喜べよ、ということらしい。いや、でも。言いかけた言葉は飲み込んだ。

暗闇でも華やかな深紅のバラの中で、何かが光って。

それがバラに引っかけられた指環が街灯にきらめいた光で、そのときローがなにか愛の言葉を囁いてくれたのは分かっていたのだけれど、それどころじゃなくなった私は思わず泣いてしまったのだからよく覚えていない。



















「名前さんご婚約おめでとーございます!」



いつもの花屋さんに行くと顔なじみの店員さんが慌てるようにして来てくれた。片手にはきれいなガーベラ。水切り中と見た。

この店員さんがなぜ婚約したことを知っているのかというとそれは例のバラの花束がここで買われたものであって、そして餞別がわりに贈ってくれたものだからで。



『花束、本当にありがとう!すごくきれいだったわ。まだ私の家で咲いてあるし』

「喜んでもらえて何よりです!…ここだけの話、ロー先生が失敗したら花代請求してやろうってキ…店長と話してたんですよ」

「うまくいったみたいだな」

『あ、キッドさん』



店の奥から出てきたキッドさんは今日も元気にお花屋さんを展開しているらしい。

その節はありがとうございました。頭を軽く下げればキッドさんはいや、と困ったように笑った。常々思うがキッドさんは本当に誠実で真面目で謙虚なお人柄のようだ。



「えー…。お言葉ですが名前さん、うちの店長見てそんな高評価してくださるの名前さんぐらいだと思いますよ」

「黙れよお前」

「ほら!聞きましたか名前さん!この口の悪さ!そしてこの強面!」

「だからお前なァ…」



目の前で繰り広げられる仲睦まじいドタバタに思わず笑ってしまう。いや、そんなふうにお互いを批判したって、お互いがお互いを気にかけているのは一目瞭然なのに。

ちなみに私が笑ってしまったせいで店員さんは我に返ったのか、少し恥ずかしそうにはにかんだ。「見苦しいものをお見せしてすみません」。ううん、なんだか癒されたわ。



「…お前、そのガーベラ最後まで仕上げてこいよ」

「そんなこと言って、名前さんを独り占めしないでよね。名前さんはみんなの名前さん!」

「バーカ。お前のでもみんなのでもなくてトラファルガーのだろうが」

「はっ、そうだった!…でも私まだ名前さんとお話ししたいし…!」

『あ、じゃあ待ってるわ。私もたくさんお話ししたいもの』

「行ってきます即行で終わらせます」



店員さんはガーベラを投げ飛ばしそうな勢いで店の奥のほうへと駆けて行った。可愛らしい女の子だなあと今まで幾度となく思っていたことを反芻しているとキッドさんは落ち着けよアイツ、と一人ごちる。

そんな言葉が楽しそうというか、愛されてるなあとニヤニヤしていたらキッドさんが突然こちらを向いたのでびっくりした。



「…改めて、ご婚約おめでとうございます」

『えっと…、…ありがとう?』

「式はいつです」

『ふふ、まだ何も決まってないの。もうちょっと先じゃないかしら。私もローも、まだなかなか忙しくて』

「へェ…。式のときはごひーきに」

『もちろん。お願いさせてもらうわ』



ちゃっかり商売されてもむしろ諸手をあげて、というかこちらから頭を下げたいくらいだ。

それよりも。



『キッドさんこそ、いつあの店員さんと結婚するの?』

「…は?」

『え?ローからあの2人の結婚は秒読みだって聞いたんだけど、…違うの?』



あの誕生日の夜、バラの花束はキッドさんのお花屋さんで用意したのだというローが言っていた。

もしかしたら、アイツらに先越されるかもな。ああそうかもしれないわねって話していたからてっきりそうなのかと。



「…いや、ないと思うんで」

『恥ずかしがらなくてもいいのに』

「そういうんじゃなくて―…」

「すみません!やあっと終わりましたー!」

「っ、!」



水切りを終えたガーベラの束を持った店員さんが戻ってくる。

花にも負けない笑顔をされたらそりゃ落ちないわけにはいかないわよね、なんて、必死に目をそらして意識しないようにしているキッドさんの赤面に、気づいていないフリをしてあげた。




お礼はブーケの予約で

(花嫁姿、似合うと思うんだけど(コソッ))
(……………そうですか)
((照れてる照れてる))

(? 名前さんも店長もなにやってるんですか)

2013.05.05

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まさか!まさかなんかもう押し付けたお花屋さんキッドさんからこんな素敵なお返しを頂けるなんて……!夏川様、本当に有難う御座います!
後日談 嬉しすぎる後日談 そしてお花屋さんカウントダウン 禿げる
敬語キッドさんに禿げ散らかして猫に抱きついて噛み付かれたのは私だけでいい

大事に大事に飾らせて頂きます!ありがとうございました!

私は水切り中のガーベラになりたい いや私がガーベラだ…!あいあむガーベラ!