不器用で無機質なラブコールをあげる
余計な言葉のいらない関係は、時間を共有するのが楽だ。結論としてそこに辿り着いた名前は隣で窓の外をぼうっと眺めるヒューザに視線だけ投げた。大地の箱舟の窓辺にもたれ、景色を眺めるヒューザは女の名前から見ても十分に美しく、美しい景色の中に溶けていきそうで――まるで映画のワンシーンだ。がたんがたん、と箱舟独特の揺れを気にも留めていないのだろう、切れ長の美しいひとみが水平線の向こうの夕日に吸い込まれていきそうだ。


「怪我、いいの」
「別に、治してもらうほど大した怪我じゃない」
「うそつき」
「治してもらおうったって、お前も魔力すっからかんだろ」
「…そうだけど」


なんでもないことのようにそう言葉を紡いだヒューザの腕は、磨り潰した薬草を塗り込み、包帯でぐるぐるに巻かれている。いつもは回復魔法で治癒を済ませてしまう名前が不慣れな手つきで怪我をしたヒューザに施した応急処置だった。救急箱を使ったのも久しぶりだと思い返すのは数時間前。まさかヒューザと大地の箱舟の特等席に二人で乗り込み、グランゼドーラまで送り届けられることになるとは想像もしなかった数時間前。


ナドラガンドでの旅を終え、ゆるやかな日々を過ごす名前にラッカランのコロシアムで特別なトーナメントが開催されると教えたのはアンルシアだった。各国から1人づつ代表となる選手を選出するのだと笑ったアンルシアは、名前に代表としてトーナメントに参加してほしいと願った。自分もしくは名前が出場するとして、勇者の名を冠する自分が出場するのは世間的にフェアではないという理由が主だった。王族だからという問題ではないあたりがアンルシアらしいと、名前はルシェンダと耳打ちしあっていた。


グランゼドーラ王国の代表としてラッカランのコロシアムに足を運んだ名前は、トーナメントを予選から順調に勝ち進んでいった。知っている顔、知らない顔、舞台の上では戦士と戦士であることに変わりはない。呪文を駆使し、トーナメンとの決勝まで勝ち進んだ名前はそこで自分と同じようにトーナメントを勝ち進んできたヒューザと再会した。
舞台の上で顔を合わせ、お互いがお互いに心を乱したのは一瞬。鳴り響くゴングの音に名前の体は即座に動いたし、それはヒューザも同じだった。お互いにお互いがそうするだろうと頭のどこかで理解していたのは、ひとえに付き合いの長さ故だろう。


一撃一撃の威力が高いヒューザの両手剣に対して、名前が選んだ対応策は手数の多さ。組んだ作戦はこうだ。呪文で攪乱し、弓矢に持ち替え、五月雨のように矢を降らせ、足を止めたところでとどめのドルマドン。作戦は上手くいったように見えたが、ヒューザも名前の行動を読んでいた。剣の切っ先が鼻をかすめ、弓矢は薄青の肌を切り裂く。友ではあるがライバルでもあるというのがお互いの認識だろうと、二人はそれぞれに思っている。だから手を緩めるなんてことはしない。いつだって、向ける気持ちは本物でありたいと思っている。


結論として、優勝を手にしたのは名前だった。白魔導士の女の子が、とざわめいていたギャラリーもヒューザの、流石は勇者姫の盟友だ、という言葉に深い納得を覚えていた。自分の呪文で怪我を負ったヒューザを治療しようにも戦いの最中で魔力は尽き、勝敗決して救急箱を借り受け、応急処置を施したかと思えばすぐに表彰式が始まってしまったせいで、共に馬車へ乗り込むまで怪我の話に触れることもできなかった。自然回復で戻ってきている魔力を使うにも、体力だって限界だ。…――そりゃあ、ヒューザを治すためなら無理をしたっていいかもしれないが、本人がこう頑なだとどうも言い出せない。


「で、お前はともかく、なんでオレまでグランゼドーラに行かなきゃならないんだ」
「アンルシアと一緒に観戦に来てた王様が、私とアンタの決闘を称えて食事会を開いてくれるっていうから」
「畏まった場所はオレのガラじゃない」
「だから少人数にしてもらったの。アンタだってアンルシアと面識あるし気まずくはないでしょ」
「そういう問題じゃねえ」
「…いいじゃん、たまには。久しぶりに会ったんだし、この間の話でもしようよ」
「……………………」


黙り込んだヒューザの横顔は、むすりとしているけれども目は穏やかな色をしている。レーンの村から見る海を閉じ込めたような優しいいろの瞳を覗き込むと、少しだけ素直になれる気がする。
数拍置いて、それなら、と小さく呟く声が聞こえて名前は静かに息を吐き出した。結局、半ば強引にアンルシアの名前を出してヒューザの腕を引き大地の箱舟に馬車に押し込んだのは名前の意思だ。ナドラガンドでの旅を終えてから、また旅に出てしまったヒューザを追うことはなく、きっとまた会えるという確信だけを持ち日々を過ごすことを知ってはいたけれど、妙に色彩の薄い世界に取り残されたようだった。それがどうだ、たった数十分にも満たない時間の戦いの最中の、世界の鮮やかさはまるで初めてこの世界に生れ落ち、美しい空を見上げたときの衝撃を思い起こさせた。――ナドラガンドでのあの最後の戦いのことも、結局ヒューザとはあまり話す間もなく別れてしまったのも心に残っていた。それはヒューザも同じだったのだと、思っても許されるのだろう。それなら、という小さな肯定になにかを赦されたような気がして、名前の胸元でなにかが小さく疼く。ふわりと湧き上がる、暖かくて、やさしいなにかが、早く気が付いてよと名前に囁く。


「おい」
「なに?」
「…へらへらすんな」
「……へらへら?」
「してるだろ。へらへら」


不満気な顔のヒューザの言葉に、目をぱちぱちと瞬かせた名前はヒューザの横顔を移す窓ガラスを見つめる。いつもの自分の顔は特に色も表情も変わりないように見えるが――…そういえば、目元がいつもより緩いのかもしれない。口元も少しだけ、緩んでいるような気がしないでもない。でもこれだけでへらへらしていると言うには足りないだろうとヒューザに視線を投げれば、あーやっぱいいわ、と面倒臭そうな素振りで手をひらひらと振られた。耳元の微かに赤いヒューザに気が付いた名前の変なの、という言葉にうるせえ、とヒューザが即座に返す。


――まもなくレンドアの、グランゼドーラ王国直通定期船乗り場だ。


20180924/


久しぶりに会えたんだからヒューザともっと一緒にいたい、って遠回しに無自覚に伝えちゃう10主にこいつほんと無自覚キラーだよな!?ってなるヒューザのイメージが湧き上がったので勢いのまま!!かきました!!!燈星さんいつもありがとうございますすきです;;;;;;;;;;しんどいトビセナのお礼がこんなに遅くなってしまってすみません…!!!!;;;拙いですが受け取ってもらえたらうれしいです…!!
ヒュ燈ちゃんしあわせになって!!!!!!!!