ちいさなふたり
「ラゼルが帰ってこない?」


テレシアの素っ頓狂な声に、キラは短剣の刃を磨く手を止めた。穏やかな太陽の光が、窓から差し込む黄昏時。顔を上げると苦い顔をしたツェザールと、困惑した表情のテレシアがしょんぼりとしたリッカの目の前で言葉を交わしているのが見える。

耳に飛び込んできた"ラゼルが帰ってこない"というワードが引っ掛かったキラは腰を上げ、事の次第を聞こうと二人の元まで歩いていく。「あ、キラ」すぐに足音に気が付いたテレシアが振り向き、次いでツェザールも振り返った。キラ様、と少しだけ顔を上げたリッカまでもが期待するようにキラを見るので、当の本人は思わず足を止めてしまう。


「…ええと。ラゼルさんが帰ってこない、と聞こえたのですが」
「そうみたいなの。ほら、私達、時空の迷宮に潜ったでしょう」
「昨日の夜、ですよね」
「ああ。潜ったのは俺、ラゼル、テレシア、オルネーゼだ。時空の迷宮でいつものように鍛錬を積み、さあそろそろ戻るかって時にあいつ、俺はもう少し残るから、と」
「強さを貪欲に求める分には構わないし、…その理由も知ってるから止めなかったのよ。そうしたら、まだ時空の迷宮から戻ってないみたいで…」


視線を泳がせ、ちらりとリッカを伺ったテレシアに釣られキラもリッカに意識を向ける。「それで、お二人は今から昨晩ご案内した地図を使って迷宮に再度潜られるおつもりだったようなのですが…なぜか、力不足と判断され迷宮の扉が開かないのです」レベル制限のない地図のはずなのに、と今にも泣きだしそうな顔のリッカがテレシアとツェザールの顔を交互に伺い、キラに視線を戻す。縋るようなその顔と、うるんだその瞳が子犬よりも庇護欲をそそるせいで思わずキラも、うう、と言葉に詰まった。あまり長く直視出来ないそれから思わず目を逸らしたキラは、リッカの手に握られた地図に目を向けた。話中の地図は、キラの把握しているもののなかにはない、色をしている。


「この地図は、強敵の地図ですか?それとも対多数の地図?もしかして、防衛戦?」
「対多数の魔物と戦う地図…だったはずだ。昨日の夜までは」
「昨日の夜までは確かに、普通の地図でした。――今は、強敵の地図になってます」
「ラゼルに何かあったことは間違いないし、このまま帰ってこなかったら…でも私達は力不足で入れないっていうし、どうしようって話してたところにキラが来てくれたってわけ」
「…なるほど」


テレシアの言葉に頷いたキラは、見ますか、とリッカが差し出してきた話中の地図を受け取りざっと目を通した。そして心臓が止まりそうなほどに驚き、声も出せないまま固まる。「本当に、昨日まではただの魔物の地図だったのに…」唸るテレシアの声はキラの左耳から右耳を通り抜けていった。キラのエメラルドの瞳はたったひとつ、地図の隅に火で炙り出されたような黒い文字が示す、迷宮に迷い込んだ強敵の名前に釘付けになっていた。…これ、本当に間違いがなければ、結構ラゼルさん危ないんじゃ。


「お二人共、ラゼルさんの件は皆が知っていることなのですか」
「いや、今ここにいる俺、テレシア、リッカ…そしてキラ、お前以外は知らない」
「ではリッカさん、私はこの地図に入れますか」
「あ、はい!少々お待ちください…………あ、キラ様なら入れそう!」
「…良かった」


ほ、と胸を撫で下ろしたキラに流石、とテレシアが嘆息する。「…まだまだ、俺も修行が足りんな」「いえ、そうとも分かりません。…この地図に記された強敵の名前、聞き覚えがあるというか…ええと、端的に言うと知り合いかもしれなくて」「……知り合い?」キラを見下ろしたツェザールが眉間に皺を寄せ、わからん、と髪を揺らし、呟く。


「何はともあれ、キラが入れるみたいでよかった。…あのね、すごく申し訳ないのだけど」
「勿論です。ラゼルさんを迎えに行くのは、私に任せてください」
「うん。キラが迎えに行けば、ラゼルもすごく喜ぶと思うし!」
「喜ぶ…?そ、そうでしょうか」


短剣を腰に差し、少しだけ戸惑ったままキラはリッカの正面に立つ。「ではご案内させて頂きます。キラ様、準備はよろしいですか?」「…いつでも」頷き、キラが差し出した地図を即座に仕事モードに切り替えたリッカが恭しく受け取る。窓から差し込む黄昏の光が一瞬だけ強く輝いた後、時空の迷宮へと誘う光の粒子と成り、キラを包み込んだ。


**


閉じていた目をゆっくりと開き、キラは周囲の気配を探る。――強敵の地図と思えぬほど、そのフロアは静寂に満ちていた。石壁にはツタが這い、崩れた天井からは優しい光が差し込んでいる。自分の存在以外の気配が一切感じられないその場所は、キラの緊張をふと緩ませた。さて、ラゼルさんをどう探しましょう。ここに居るのが確かなら、どうしてここはこんなにも静かなのか。ううん、と唸ったキラの頭の隅には気がかりがもう一つ。それは地図に浮き上がったルーン文字が示す強敵の名だ。おそらく、恐らく魔剣士というのは、


「なーなーピサローっ!おれもうたぎるよゆーもねえ!はらへった!」
「煩い黙れ。…なぜこのような……っ、このような子供一人に」
「なんだよ!けんかふっかけてきたのはそっちだろ!」
「妙なトラップに巻き込んだのはお前だ」


唐突な気配。即座に声が聞こえてきた方向に目を向けたキラは……目にしたものを信じられず、目を閉じ擦り、首を振る。いやいやいやどう考えてもなにもかもがおかしい。キラはとりあえず、人差し指と親指で自分の左頬をつまんで、引っ張ってみた。「…あら、痛い…?」ぴり、とした痛みが自分の目に映る光景が現実のものだと知らせている。いやいやいや、と首を振ったキラはもう一度声の聞こえたほうを見、同じタイミングでわあわあと大きな声を出していた紫色の髪をしたキラよりも小さな背丈の少年がこちらを振り向いた。あ、あ、とお互いに口を開き、今度は何だと銀の長髪を揺らしたキラよりも少し背の高い少年がこちらを振り向き、小さく目を見開く。


「……ら、ラゼル…さん?」
「キラーっ!」


満面の笑顔でこちらに走ってくる小さな少年が自分の名前を知っている事実に、キラの脳がぐらりと揺れる。「よかったーっ!」「わ!?」呆然としているキラに飛びついてきた紫色の髪の少年は、間違いなくキラの知っているラゼルの瞳を持っていた。よしまてどうしてこうなった。何がどうなったらこうなるんだ。キラの頭の中ではそればかりがぐるぐると巡り、そのせいで特に何も深く考えることなく自分に飛びついてきた小さなラゼルをキラは思わず抱き止める。あっ小さいとはいえラゼルさん力強い。けっこう痛い!


「あの、ラゼルさん、どうしてそんな、……小さいんですか」
「いろいろあった!」
「その色々が知りたいのですが…!」


いつもの笑顔で答えにならない答えを残したラゼルは、なおも理由を探ろうとするキラの腰に両腕を回す。「わ、わ!?」「あー、キラがきてくれてよかった…」小さなラゼルは本当に安心したと言わんばかりに、キラの腰に腕を回したまま目を閉じた。あ、これはずるいぐらいかわい…じゃなくて!そうじゃなくて!再度、ぶんぶんと首を振ったキラは小さなラゼルが絡んでいた、見覚えのあるその衣服に身を包んだ銀髪の少年をまじまじと見つめる。何も言わず、その場から立ち去ろうとしていたその少年はキラの視線に気が付き足を止めた。…ばつの悪そうなその横顔は、幼いながら非常に美しい。パーツ配置が完璧な、一度目にすれば二度と忘れられないであろうという印象。キラは魔族の王を名乗る剣士の面影を、その横顔から感じていた。いや面影というか、むしろ本人というか、


「……ピサロさん」
「…人違いだ」
「や、でもラゼルさんにピサロって呼ばれてましたよね」
「聞き間違いだ。私はピサロではない」
「キラ、ピサロとしりあい?」
「あー…、間違えて召喚されたことがありまして」
「キラはしょうかんできるのか」
「普通は出来ないはずなんですよ?」


目をきらりと輝かせた少年ラゼルに釘を刺し、再びキラは小さな――少年ピサロと向かい合う。「…ええと、とりあえず、この迷宮を出ましょうか」「おう!はらへった!」「……」キラの言葉にいつの間にやらキラの背中によじ登っていた、少年ラゼルが拳を空に突き出し少年ピサロが尖った耳をぴくりと揺らし、キラの方を見やる。ぐう、と小さく主張した腹の音の音を、盟友キラは聞き逃さなかった。まあ、お腹が膨れれば多少は何が起きたか二人も話してくれるでしょう。「…出口はどこだ」「リレミトゲートを私が作ります」言葉と共に別れの翼の羽ペンを取り出し、リレミトのルーンを空中に描き出したキラは空いた手を少年ピサロに差し出す。


「さあ、行きましょ…っ!?ラゼルさん!?」
「キラはおれと手つなぐんだってば」
「………私に差し出したのだろう」
「うるせ、はやいもの勝ちだ!」


キラの背中から飛び降り、ピサロに指し出した手を横から攫ったラゼルはいーっ、とピサロに歯を見せ挑発する。む、と口元を真一文字に引いたピサロは黙って剣に手を掛けた。「わーっ!わーっ!ピサロさん!」「……フン」咄嗟の、キラの必死な声に剣から手を離したピサロはじろりとキラを睨みつける。これはあれか、空いている方の手を、差し出せと…


「ど、どうぞ」
「…早くここから出せ」


不機嫌マックスな小さな魔族の王の仰せのまま、少年特有の愛情表現なのか腕に絡みつくラゼルがキラ、キラと自分の名前を呼ぶのに返事をしながらキラはリレミトゲートを開く。キラの手を握った小さなピサロは、このゲートの先に天空の勇者がいないことを心の奥底から強く祈った。――まさか預けられていた時の砂を迷い込んだ時空の狭間で、知らない人間を巻き込み自らも砂の魔力で、精神はそのまま、体の時間を戻してしまうなど。


20160719


力尽きましたすみません…謎の設定ショタ化(魔剣士つき)
よろしければ受け取ってください…!煌さんのセナかわいいがかわいいでもう私は…これぐらいしかお礼が…いやむしろこれはお礼になるのか?(ならない)(わかる)
ショタ化→時間逆行→時の砂→4かと納得しました…ピサロが4主に時の砂を持たされており、そのまま時空の迷宮に迷い込み、単騎ラゼル君とどちらともなく戦闘開始→戦ううちにフィールドに仕掛けられていたトラップ発動→バランスを崩したぴーさまに切りかかったラゼル君がぴーさまの服の一部を切り払う→時の砂の瓶が一緒に切れる→二人で時の砂をばーっと浴びる→ショタ化というなんともトンデモ俺設定でした!すみません!
このあとゼビオンに戻ってまたいろいろあるんだと思います…もうそのあたりはご想像にお任せするしかないな…!?いつも煌さんの素敵なイラスト拝ませていただけて私は感動です…ぜひまた10でも遊んでください…!