魔王様のうっかり召喚術

「魔族の王様は、召喚術ひとつまともに扱えないのでしょうか」
「……事故だ」


深夜のデスパレス、玉座の間。
ピサロは陣の中央に導きの印として、突き刺していた大剣を片手で引き抜き頭を抱えた。――天空から降り立ちし勇者の元に仲間が集い、やがてこの城にやってくる。自分の技量、強さ、魔力。魔族の王である自分が天空の勇者とその一行に負ける要素がないと言えど、勇者の力は未知数に近い。"事故"の保険を掛けておく必要があったのだ。自分に負けるとも劣らない、強さを持つ生き物であるのならばなんでもいい。召喚し、挑み、征服し、忠誠を誓わせるつもりでピサロは陣に描いたルーンの効力を発動させた。そこまでは、想定内だったのだ。

――想定外だったのは、召喚に応じたのが年端も行かぬ少女であったということ。

魔法陣を描いた上空にぽん、と現れ床に落下した少女は間違いなく魔族でもなんでもない、ただの人間だろう。目をぱちぱちと瞬かせ、ここどこですか、と自分を見上げ問い掛けてきたその瞳はエメラルド。腰に差した短剣だけが、異様に目を引く禍々しさ。

一瞬異世界の勇者を召喚したかと考えたピサロは、少女の雰囲気にいや、と考えを改めた。勇者と呼ぶには至らず、かといって特別でないと言えばまた違う。底の見えない魔法力を感じるものの、剣技で自分に勝るとは思えない。
召喚するものを間違えたことを即座に悟ったピサロは、無言でその少女を元の場所に送り返そうとした。何が起きたのか分からず、自分を見つめるだけの少女にピサロは強制送還の呪文を唱え、少女を元の場所に戻そうとした。

ところが少女の小さな体が、その呪文を弾き返したのだ。ピサロにとってそれはまったくの予想外であり、同時に興味をそそる一番の要因となった。こうして呪文を弾き返した時、体に触れたそのスペルの意味に気が付いたのであろう少女はゆっくりと周囲を見渡し、玉座を目に捉え、ピサロをそのエメラルドに閉じ込め――先のセリフを魔族の王に、放ったというわけである。物怖じしないその態度、且つ腰の短剣から溢れ出ている闇の力を指先一つで制御しているその姿。確かに自分の望むものが、召喚に応じたのであろうとピサロは思う。……征服出来るかどうかと言われれば、別の話だ。出来る、出来ないではなくあまりやりたくはない、というのが正しい。人間であるのであれば自分は容赦しないだろうと思っていたピサロは、少女の瞳の奥に微かにちらつく常闇を見てその考えを改めた。悠遠の地から訪れたその少女を、勇者と対峙させた時、どのような反応を見せるのか。


「名は」
「人に名前を聞くときは、自分から名乗るのが礼儀でしょう」
「……ピサロだ」
「…ピサロさん。私はキラです。それで、どうやったら帰れるんでしょうか」
「知らん。お前が私の呪文を跳ね返したんだろう」
「あらやだ」
「…自覚がないとは言わせんぞ」
「ピサロさんの呪文がもっと強力なら良かったのに」
「…………」
「冗談ですよ。で、帰るまで私は何をすればいいですか?」
「私の元で、私のために戦え」
「えええ、初対面なのに?」
「…元々、そのつもりで"呼んだ"。応えたのは自分だろう」
「私は助けを求める声が聞こえた気がして、顔を上げただけなんですけれど」
「……やはり事故だったか」
「まあ、魔族の王様が召喚事故なんて笑えませんもんね。私で役に立てるなら、なんなりと」
「それなりに役立つことを期待する」
「私のメリットは?」
「自分で探せ」
「じゃあ、ピサロさんに褒めてもらうことを目標に頑張りましょう」
「…………」


どこまでも予想外な少女――…キラの言葉にピサロは思わず黙り込んだ。そんなピサロを挑発的な目で覗き込んだキラは、にいっと歯を見せ目元を緩ませ、両手で両腰の短剣を引き抜いた。ゆらりと立ち上る魔力がピサロを捉え、玉座の間の空気を微かに揺らず。


「まずは実力から、見せましょうか?」
「…本来はそのつもりだったが、興が削がれた。今はいい」
「それは残念。まあ私もそれなりに疲れてますし…召喚って、される方も体力使うんですねえ」
「悪かったな」
「いいですよ、事故だし」
「……部屋を用意させよう」


微かに揺れていた空気がやがて玉座の間に沈黙を運び入れる。この後デスパレスに客用のまともな部屋が整っていない事実をピサロが知り、デスパレスの最上階、自分が寝泊りするための部屋にキラを招き入れることになるのはまた別の話。


20160609