キミを食べてしまいたい(ハヤト/要様へ)
「………また失敗か」
何がおかしかったのだろうか。レシピ通りに全部やったはずだというのに。
開いたオーブンから漏れる真っ黒な煙は、明らかに失敗を意味していた。
家事類が出来ない事に目を背け続けていた罰だなこれは。……何がおかしいと言うのか
「しょうがない、チョコレートケーキは諦めよう」
クリーム用に取っておいた板チョコがきちんと残っているのを確認して財布を手に取った。
季節はつまり、チョコレート会社の陰謀が光るバレンタインデー。
素直じゃない私は、普段大好きな恋人になかなか気持ちを伝えることが出来ない。
だからこそ普段のお礼の意味も込めて、ちょっとファザコンだけど……ハヤトに手作りのチョコを渡したいなと考えただけだ。
「気持ちしっかり伝えないと。大好きだって!」
ぱん、と頬を叩いて気合を入れる。しっかりしろ、私。
**
「……人多すぎて笑えない」
タマムシデパートまでピジョンで飛んできた私は既に疲弊していた。
何やらバレンタインのセールでチョコレートが特価価格らしく、女性客がまあ多い多い
普段でさえ人が多いのに、セールが行われているのがデパートの正面口だから入るのにも一苦労。
さっきちらっと売り場覗いたけど、可愛いチョコがかなりお手軽価格だった。
「やっぱ買った方がいいのかな?その方が喜ばれるんならそうし、」
「――こんなところで何してるんだ?名前」
「うわあああああああ!?」
手に持っていたものを放り投げた。見事声をかけた人物の顔面にヒットしたそれは私のお財布とクッキーの材料。
心臓がばくばくと音を立てる。振り返ると見事にハヤトが立っていた。
認識した瞬間更に心臓の鼓動が早くなって息苦しさが増す。早く決めちゃえば良かった…!
「何驚いてるんだよ、失礼だな」
「は、ははははハヤトこそこんなところで何を?」
「何って買い物だけど」
変なヤツだな、と不思議そうにするハヤトの両手には紙袋が二つ。中身は見えないけれどもかなりの量を買い込んだのだろう。
突如現れたハヤトに驚いたけれども会話をしているうちに落ち着いた。すう、と深呼吸して一息。
やっと普段の自分に戻れた気がする。どうもハヤトの前だと動揺しちゃってしょうがない
「そんなにたくさん何買ったの?」
「ああ、これ?これは違うよ、おれの買い物は今から」
「へ?じゃあその紙袋は?」
「あー、今日よく分かんないけどバレンタインなんだろ?なんか知らない子からかなり貰った」
「…………………」
「名前?」
なるほど、今日このタマムシデパートではチョコレートの格安セール。
そこにジムリーダーだし顔が綺麗だしで有名なハヤトの来店。
格安だから普段より多く物を買っちゃうのは人の性分。
つまり見知らぬ女の子たちから大量にチョコを貰った、と?
「ハヤトのばか!」
「は!?なんで!?」
「ハヤトはそんなに軽い男じゃないって信じてたのに…!」
「ちょ、待て名前意味がわからな」
「だいっきらい!」
「…………な!?」
財布だけ拾ってくるりと踵を返す。……追いかけて弁解もしてくれないんだ
人ごみをかき分けてデパートの外に出る。ピジョンを呼び出して無言でその背に飛び乗った。
主人の意図を理解してくれたのだろう。一声鳴いて自宅へと飛び立つ相棒に心から感謝する。
――――ハヤトのバカ。
**
「あ゛ー……結局頑張っちゃて馬鹿みたいだ私」
結局あのあと帰宅して、むかむかする気分をなんとかしようとチョコレートクリームだけ作ってしまった。
失敗する事はわかってたからかなり大量に買い込んだ板チョコを全部溶かして。
結果大量のクリームが入ったボウルだけが完成。何に使おうこのクリーム。
ボウルを覗き込むと魅力的な薄茶色のクリームがツノを立てて輝いた。……なんという魅力
「……ストレス解消には甘いものだよね」
そうだ、甘いもの食べてすっきりしよう。そしてハヤトの事は忘れよう。
でも何につけて食べようこのクリーム。パンにでも挟もうかな?
それならイチゴとかも買って来るんだったな、なーんて甘いものに思いを馳せる。
ついでにクリームを舐め取ってみる。……これ美味しい!
これだけ大量にあるんだし、誰かに配っても―――
「名前!」
「……ハヤト?」
思考を中断する大きな音。ばん!と音を立ててキッチンの扉が開いたかと思うとハヤトが飛び込んできた。
ちょっとキッチンの扉そんなに乱暴にしたら壊れるんだけど、と文句の一つも言う暇さえ無かった。
駆け寄ってきたハヤトに抱きしめられる。……へ?
「貰ったチョコ全部返してきた」
「……は?」
「ごめん、オレなにも考えてなかった。―――名前のチョコだけ食べたい」
「…………バカ、最初からそうしてよ」
許してくれよ、と再び抱きしめる力を強めたハヤトを抱きしめ返す。
普段は抱きつかれたままで抱きしめ返すなんてしないから、びっくりしたのかぴくりと反応したハヤト。
そうなると当然芽生えるのは悪戯心。こっそり指を近くにあったボウルに伸ばす。音も立てずに沈む指にクリーム付着を確認。
「ハヤト」
「……なに?」
「ハッピー・バレンタイン」
耳元に口を寄せて『大好きだよ』なんて普段は言えない言葉を囁いて、チョコクリームの付いた指をハヤトの口に突っ込んだ。
真っ赤になって動揺してクリームをとりあえず舐めるハヤト。なんだ、可愛いじゃんか
………なーんて余裕を保てたのは一瞬だった。
「……誘ってるのか?」
「へ?いやクリーム美味しかっ――」
「名前の指のが美味しいし、むしろチョコより名前がいい」
「ふぁ!?ちょ、指舐めるのやめ、ひゃぁ!?」
「これだけクリームがあるんなら、まだまだ楽しめそうだな?」
「ちょ、キッチンとかほんとやめ、」
「―――愛してる」
どうやら見事に、ハヤトのスイッチを押してしまったらしいです
Happy*Valentine!
(ひゃあ!?ってクリームどこにつけてるの!?)
(どこって名前の胸元だけど?)
(ちょ、まさか―――)
(いただきまーす)
(ひゃあ!?舐め、ちょ、やめ―――!?)
(誘った方が悪いんだって)
(2013/02/13)
Q.これは何ですか?
A.激甘を間違えた方向に捉えた謎文章です
バレンタイン企画、一番乗りでコメント頂いた要様に捧げます*
なんか最早何このハヤトくん……キャラ崩壊ってレベルじゃない
駄文で申し訳ありませんorz
そしてリクエスト本当にありがとうございます(*´ω`*)
いや書くのは本当に楽しかったです、本当に!
主に最後らへんとか趣味しか出てませんが←
自分のなかではこれが激甘の限界でした。
え、その後?要様はハヤト君に美味しく頂かれちゃったんですよ(真顔)
受け取って頂けると幸いです*
素敵なリクエスト、本当にありがとうございました!
(※本人様意外お持ち帰り禁止です)