もう一度夢で逢いましょう
――夢を見た。
幸せか、と問われる夢だった。問われた私の脳裏に浮かんだのは、私の手を握ってくれるシューヤの優しい微笑みと、熱。…幸せだ、幸せに違いない。どうしてこんなに幸せなのか、いっそ不安になってしまうぐらいこの世界に来てから幸せばかりを得ている。
幸せなのか、と微かに声が震えた。姿は見えない。声も、聞いたことがあるはずなのに思い出せない。どうしてそんなことを聞くの?あなたは、…誰?問い返したかったけれども口はぱくぱくと動くだけで声を発することをしない。
やがてどこかに、足が付く感覚があった。今まで浮いていたのだろうか。…わからないまま、やけに重い体を動かして周囲をぐるりと見渡した。霞がかった巨大な…広場とでもいうべき場所だろうか。暗雲渦巻く空を、禍々しい魔法陣が埋め尽くしている。
―――あれ、ここって。
「おい、りーぬ、りーぬ!」
「……っ」
飛び込んできたのは雲一つない、まっさらな青い空だった。「りーぬ、しっかりしろ!」「…あれ、シューヤ?」ぐるんぐるん、頭の中はまるでミキサーにでもかけられたみたいに、さっきの光景を粉々に砕いてしまっていた。元の形がなんだったのか、断片的にすら思い出せないほどに砕かれて、そのままさらりと捨てられてしまう。
大丈夫か、と駆け寄ってきたシューヤに体を抱きかかえられて、ようやく自分が地面に寝転がっていたことを知った。「…りーぬ」「…は、はい」「やる気は認めるが、無茶はするな」厳しいシューヤの声に、ぼんやり、ぼんやりと記憶が甦ってくる。――シューヤが、こっちのチームのゴールを狙ってファイアトルネードを放ったから。止めようと思って飛び込んだんだ。ぱちぱち、目を瞬かせるとはあ、とシューヤが溜息をひとつ。
「保健室に行くぞ」
「へ、でもまだゲームの途中…」
「いいから行ってこい、りーぬ。お前が怪我したまま立ってると、豪炎寺が集中出来なくなるんだ」
「っ、円堂!」
「事実だろ?」
「……ぐ」
りーぬを抱きかかえた豪炎寺が円堂の言葉に唸る。言い返さないということは事実その通りだということだ。お熱いねえ、と控えめな染岡の声に羨ましいっス、と壁山が反応し、周囲は和やかな(豪炎寺とりーぬにとっては気恥ずかしい)空気に包まれた。逃げるように踵を返した豪炎寺はそれでも、怪我をしたりーぬを地面に下ろして自分で歩かせるということは出来なかったらしい。行くぞ、と自分に言い聞かせるようなその豪炎寺の声を聞いたりーぬが顔を上げると、豪炎寺の頬が微かに赤く染まっていた。瞬間、釣られて赤くなった頬を見られたくなくてそっと視線を地面に戻す。恥ずかしさで消えてしまいたくなるけれど!…でも。
―――でも確かに、私は今、幸福の味を咀嚼している。
「幸せになったんだな、りーぬ」
「……え、」
「幸せを与えてくれる男を、見つけたのか」
粉々に砕かれたはずの幻影が、再び元の姿を取り戻す。禍々しい巨大な魔法陣で埋め尽くされた空、暗雲から流れ出す光。魔障に覆い尽された空間のなかで、無数の岩が浮遊している。――私は、この場所を知っていた。ここは間違いなく邪神の神殿だ。戦禍の化身が封じ込められた、選ばれし戦士が、戦禍の眷属と終わらぬ戦いを何度も繰り返す、創世の女神に遣わされた姫が見守る神殿。
身を投じ、眷属と戦う戦闘場に違いないその場所で。どこからともなく聞こえてくる、この声の主のことも知っていた。……もう二度と聞くことはないのだろうと、心の奥底に封じ込めた感情が揺れる。激しく、他のことが何も考えられなくなるほどに。
「杖を取れ、りーぬ」
「……どうしてですか」
「お前は、私と戦うために来たんだ」
しゃらん、と。涼やかな音が魔障の満ちる空間に響く。次の瞬間、目の前に姿を現したその人の姿を取った彼を認識した私の喉は声にならない声を絞り出した。彼の瞳に映った私はいつもの――いつもの杖を手に持ち、いつもの衣服を纏った、エルフの魔法使いだった。先程まで着ていたはずの雷門ジャージも、私を抱きかかえていたシューヤの気配も、そこには一切感じられない。
あるのはただ、緩やかな動きで突きつけられた剣から感じるひやりとした冷たさ。凪いだ風にふわりと舞う、彼の――トーマ様の、黒いマント。一歩も動くことができない、臆病な私の微かな呼吸音。
操り人形同然であった頃のトーマ様を思い出す。今のように突きつけられた剣が、私の首と頭を切り離すことはなかった。色の無い瞳が私を映して、薄く微笑んだときからこの感情は、心の奥底に封印しなければならないと思っていた。
――あなたと幸せになりたいと強く願ったのは、あなたの仮初の命が尽きし時で。
「…戦禍の化身として、あなたはここで…終わらぬ戦いを」
「このような姿になってでも、会えたことが心から嬉しい」
「っ、」
「しかし、今の私はお前が私以外の男の男の前で笑うことに酷く醜い感情を覚えている」
微かに揺らいだトーマ様の瞳の奥に見えたのは、雷門の保健室前の廊下で――目を閉じた私に声を掛ける、必死なシューヤの姿、表情。「…戦禍の化身は、異世界に干渉出来るのですか」「まさか」有り得ないだろう、と自虐気味にトーマ様が笑う。「私達を封じる創世の魔力に抗うなど、今の私一人では無理だ」当たり前のことだと言わんばかりの、トーマ様がふと表情を緩めた。「…だが、」――優しい瞳。最後の、あの時のような。
「魔障が私に、夢を見せた」
「…魔障が、夢を」
「りーぬ、お前が…私への気持ちを全て捨てられていないのであれば、こうしてまた会えるだろうと」
「……それは」
「この体で幸せにするとは約束出来ない。お前もあの異世界で、幸せになるのが良いと思う。…思うだけだ。このような姿になって尚、私はお前を求めている」
「トーマ様、っ」
「杖を取り、私と戦え。――この夢が覚めるまでは、共に居たい」
突きつけられていた剣が離れ、恐ろしいほど優しく体が抱き寄せられた。――言葉に、声に。その全てに泣きたくてたまらないのに、触れた体からはやはり熱を感じない。近づく端正な顔に触れたくて、触れられなかったあの最後のときを思い出した。良くも悪くも夢のようなその瞬間に、封じていた感情がどろどろと溢れだし体中を侵食する。
そっと寄せられた唇が触れた瞬間。――閉じた瞼から溢れた涙が、地に落ちたその瞬間。
全てが掻き消え、トーマ様の冷たい唇の感触が消え。代わりに聞こえたのはりーぬ、と私を呼ぶいつもの優しい声だった。そっと重い瞼を上げる。シューヤのどうした、何があった、という言葉が近いはずなのに遠くで響いている気がして、気が付けば涙が止まらなくなっていた。保健室のベッドに横になった私は、何も分からないままただひたすらタオルの巻かれた枕を濡らす。
涙がようやく止まる頃、シューヤは静かに頭を撫でてくれていた。理由もなにも聞かないリューヤは、目が真っ赤だ、と言って小さく笑う。シューヤ以外に人の気配を感じない保健室なのに、ちらりと視界に映った窓ガラスにトーマ様の姿が反射した気がした。
(2016/02/04)
限りなく偽物で本当にすみません邪神記念闇トーマ様です(遅い)もうあの…きりちゃんの…トビアス様最高すぎてほんとに…本当にありがとうございます…ありがとうございますを連呼しながら泣きながら読みました…きりちゃんのトビアス様最高です…なのに私のこの意味のわからない!?トーマ様(+豪炎寺)でほんとすみません!
邪神次…次トーマ様魔勇者ちゃん来たとき一緒いきましょ…と思いながら書きました。邪神行って一番に思ったのは、りぬちゃん夢で邪神に来れるんじゃない、みたいな感じだったので…眠っている時にトーマ様に呼ばれるようになったらいいなあというこの願望ひどいですねうわああ…間違いなく反省だ!豪炎寺がりぬちゃんの隣に立っているのなら、トーマ様はりぬちゃんの映る鏡でりぬちゃんに寄り添っているイメージが最近出来つつありますちょっと語彙が足りないな!?結論:りぬちゃんは豪炎寺とトーマ様に挟まれてほしい
もういろいろ想像だけでトマりぬ書いてしまいました+トーマ様初めてすぎて完全に偽物ですが闇トーマ様ということで…あっ闇トーマ様なのにこれ違う…正直きみ、と呼ばせるかお前、でいくかもういっそ完全無視するかで考え、闇トーマ様はアンルシアちゃんお前って呼んでたよなあと思い、やはりおまえか!?お前でいくべきなのか!?とかさんざん悩んだのですがきみがよろしければぜひ…きりちゃんの手で修正してやってください…本当に本当に書かせてくださってありがとうございますもうりぬちゃんは二人と幸せになればいいんじゃないかな(暴論)