あいしてるをつたえるための両手
どの世界でも、ウエディングドレスは女の子の憧れだ。

だって、美しさの象徴だ。純白のヴェール、純白のレース。計算され尽くしたシルエット。白金の指輪を引き立てる、穢れのない色だ。どの色にも染まっていないその色は、これからの未来を歩き出してゆく花嫁と花婿を祝福する白だ。

アストルティアで結婚式といえば、主に代表的なのはやはりウェナ諸島だろう。特に王都ヴェリナードの街中にはウエディングドレスを専門に取り扱う店があったはずだ。メギストリスにも貸し出し衣装としてウエディングドレスを置いていたりするけれど、やはりヴェリナードのものは世界中の女の子達が憧れるに相応しいものだと思う。ウェディという種族が恋に生き、愛に戦う種族だからかもしれない。
ウェディの職人が造り上げたドレス、想い合う二人を祝福するための衣装が展示されたその店は、美しいヴェリナードの街並みのなかで噴水に反射した太陽の光を受け、燦然と輝きその存在を主張していた。

懐かしい、と思った自分が何故だかショックで。まるでアストルティアで過ごした時間が、遠い過去になってしまったみたいで。帰りたいのか、そうでないのか。分からなくなっていることを思い出して、更に胸が締め付けられて。偶然通りかかった教会で行われていた結婚式から目を逸らしたのは直ぐだった。ぐるぐる、ぐるぐる。私がいなくなって、アストルティアは変わったのか、変わっていないのか。…きっと変わっていなくて、それでも誰か心配してくれている人はいるかもしれないとか、居ないかもしれないとか、


「…好きじゃなかったか?」
「へ、っ」
「夕香はこういうの、すごい好きみたいでな。いつか私も、って笑うんだ」


休日の午後、昼下がり。スポーツバッグを肩から下げたシューヤが、口元を緩めている。

意識を戻すのに、少し時間が必要だった。木野が二人で帰るならこっちがいいぞって教えてくれたんだと、シューヤの口元が動いている。「りーぬ、最近よく考え事してるからな」…話せとは言わないが、溜め込みすぎるなよ。シューヤ優しい声が耳に溶けてゆき、緩やかな速度で心臓の音が落ち着いてゆく。…確かに最近、考えることが多くなったように感じていた。追われている不安が消えることはなく、守らなければという使命感が拭えることはなく。穏やかな日常に馴染んでいくたび、お前の居場所はここではないだろうと、釘を刺すようにして不安は甦る。――心配されて、いたんだ。


「私も好きです。…すごく、綺麗で」
「…笑って良かった」
「えっ」
「さっき、泣きそうな顔をしたからな。…どうすればいいか、一瞬迷った」


――自分でも泣きそうだなんて、分からなかった。

シューヤが握るか、と差し出してくれた手を少しだけ躊躇ったあとに掴む。優しく握り返されるその温度が、愛おしくてたまらない。
シューヤは私のことを、私以上に理解しているのではないだろうか。普通の男の子はこういう時、黙って手を握らせてくれるだろうか。聞いてみたいと思ったけれど、シューヤが黙って笑うだけで、答えてくれないだろうと思った私は問う代わりにもう一度、手の平の温度を感じたくて指先にそっと力を込める。

いつかの話をするのであれば。

例えば、夕香ちゃん。いつか自分もああやってウエディングドレスを着て、とシューヤに話す夕香ちゃん。夕香ちゃんが結婚したら、シューヤは笑うだろうか。…泣くだろうか。漠然と夕香ちゃんの前では笑い、夕香ちゃんのいないところで泣くのではないかとそう思った。大切な妹がウエディングドレスを身に纏い、遠くの世界へ行ってしまうことを。嬉しくもあり祝福せど、悲しくもあり寂しくもあり、泣くのではないかなんて思ってしまう。シューヤはそういう人なのだと知って、更に惹かれる自分がいる。
私だってそうだ。私だって、シューヤにとても大切にされている自覚がある。守られている自覚がある。私と別れるときもきっとシューヤは同じように、いつもみたいにふって笑って…手を振って送り出してくれるけど、きっと私の姿が見えなくなったら泣いてくれる。そんな人だからきっと、シューヤを好きになったのだろうと。

――この世界は心地良い。この場所が、一番好き。叶うのであればずっとここに、シューヤの隣にいたいと思う。それでも私はシューヤと生まれた世界も、種族も何もかもが違うのだ。ずっと一緒にいたいだなんて、考えてはいけないのだと知っている。

…知っていて、なお。
私もいつかこんな風に、綺麗なドレスでシューヤの隣に、なんて。


「りーぬ」
「…シューヤ?」
「俺はいつか、……―――いや、なんでもない」


シューヤが口籠るなんて珍しい、と言ってみたら続きが聞けるだろうか。シューヤの顔を覗き込んで、口を開いて――…やめた。目を細めて、何かを考えているシューヤの横顔は少しだけ厳しいものだった。横顔だけで考えていることがすべて分かるほど、私たちは時間を重ねていないのだと、突きつけられた気がして胸が軋む。


「悪いな、りーぬ」
「…?」
「お前が泣きそうなのに、理由を分かってやれない」


――心から、悔しそうな顔をして悪い、ともう一度繰り返す人を、私は他に知らない。

私がそうであるように。シューヤも私の横顔だけで、私の考えを読み取れるわけじゃない。それでもシューヤは私のことを分かりたいと、泣きそうな理由を知りたいと…そう思ってくれたことがいっそ、狂おしいほどに嬉しくて。
時間が限られているのかもしれない。それでももっと、もっと、離れ難くなるのを知っていて、近くに行きたい傍に居たいと、願ってしまうのは悪いことではないと心の底から信じたい。近くに行って傍に座って寄り添って、シューヤに伝えたい言葉が私にはどれだけあるだろう。シューヤ、ねえ、シューヤ。あのね、私は。


「ありがとう、シューヤ」
「…りーぬ」
「私も出来るならいつか、…私もウエディングドレス着たいなって」
「りーぬのウエディングドレス、か」
「…変?」
「いや、」


――…一番近くで見たいと思う。

呟くようにして落ちた言葉を聞こえなかったことになんて、出来るはずがない。「…わ、悪い」気まずそうなシューヤが、顔を逸らした私と繋いだ手を離そうとした。恥ずかしさだとか、気まずさだとか、何よりも大きな嬉しさだとか。そういったものがシューヤと繋いだ手を離すのを嫌がっていた。「…いえ、その、嬉しい…というか嬉しくないはずが…なくて」咄嗟に、指を絡めていたのだ。シューヤの驚いたような表情と、熱を持った瞳に射抜かれた気がして、それでもなんだか負けたくなくて。熱を持った頬を自覚しながら、精一杯の笑顔をつくって見せた。

呆けた表情のシューヤがゆるりと微笑んで、抱き寄せてくれる幸せな午後。


:喘息
(2016/01/09)

理想のごうりぬちゃんというかもうごうりぬちゃん幸せになってと気持ちを込めまくって結婚しろと思いながら書いたら普段の私からは考えられないぐらい糖度を!?あげられた!!?!?!気がする!!!りぬちゃん3.2ではもう本当死ぬほどお世話になりましたきりちゃんトビアス様素敵な素晴らしいかわいいかわいいトビアス様をありがとう…非常に偽物なごうりぬちゃんですがたぶんこのごうりぬちゃん結婚するので…ちなみに豪炎寺が一生お前を守りたいと思う、って言うくだりもあったのですが泣きそうなのに理由をわかってやれなくて悔しいって言う方がなんか、豪炎寺らしさが出るかもとか思って変えましたごうりぬちゃんの挙式はよ…クリスマスのりぬちゃんを抱きしめる豪炎寺とてもかっこよかったですりぬちゃん幸せになって… ありがとうございました!