焔に揺らぐ
最初こそ、どうして私がと何度もグランやお父様に訴えたものだ。実力は認めているというくせに、人数とパワーバランスの関係でどのチームにも入れてもらえないどころか、ただの監視の任に就かされるなんて聞いていない、と。
それでもお父様は譲らなかった。お前が入ることでマスターランクのチームの、実力の均衡が崩れるという意見を曲げなかった。「近しい力を持っているからこそ、争い、より高みを目指すのです。名前、私はあの子達を今よりもずっと強くしなければならないのですよ」……要するに、私は異分子でお父様の計画の邪魔になるかもしれないから、大人しくしていろということだ。実力は認めておれど、他のみんなと一緒に動かすには手に余る。第四のチームを作るには人数が足りず、どこかのチームに入るとなればお父様の言うようにパワーバランスが崩れる、らしく。元々はガイアに入る予定だった私は今、もどかしさに歯噛みしお父様の言うように動くしかないのが現状だ。
そんなわけで、連れて来られたのは沖縄だった。宇宙人の格好をやめて普通の服を着るのも、なんだか久しぶりな気がしてしまう。任務とはいえ透き通るような青空と海と鮮やかな白砂の浜辺に心を躍らせていると、お前は能天気だなあと送り届けてくれた春矢…じゃなくてバーンが少し口を尖らせた。「分かってんのか?お前のやるべきことは…」「豪炎寺修也を見つけ出し、監視」言葉を遮ってやると不機嫌を顔に出した春矢は分かってるならいいんだよ!と言い捨ててそのままサッカーボールを使って消えてしまった。まあ春矢だって暇じゃないし、わざわざ送ってくれただけでもありがたいと言うべきだろう。
それにしても『沖縄にいる』という情報だけでどうやって豪炎寺修也を探せばいいのか。せめてもう少し調べは付かなかったのかと悪態を吐こうとして、やめた。…きっとそのあたりも含めて、私の技量は試されているのだろう。豪炎寺修也をしっかり見張って、心の揺れ動く不安定なタイミングを見計らって接触して、上手く言いくるめられればこちら側に引き込めるかもしれないし。そうすればもしかして私も自分のチームが出来るのかも、なんて考えれば少しは浮足立てるというものだ。これもきっとお父様のためになっていると言い聞かせてもやはり、ヒロト達を見ているとどうしても自分が劣っているように感じるのだ。私だってやっぱり、お父様の役に立てるのならなんだってしたいし――なんだってと言っても、こんな地味な作業じゃなくて、
「ねえねえキミ、ちょっといい?」
やっぱり派手さというか、しっかり目に見えて役に立っているのがいいというか。それに私だけ宇宙人名がないのもちょっとだけ不満だ。かと言って自分で考えてもいい名前なんて浮かばないし、…この行為はお父様のためとはいえ、間違っているのは明白だし。「ねえ、キミ!」「そこのキミだよ!ねえ!」……そういえばさっきから背後がうるさいような。ああ私の任務がつまんない監視じゃなくて、小うるさい蠅をお父様のために叩き潰せるものだったらよかったのになあ。…雷門中は蠅じゃないから、私一人じゃ無理だろうし、ヒロトが許さないだろうけど。「ねえ、ねえってば!」…それにしてもうるさいなあ!振り向くのは私でいいの!?
「あ、やっと振り向いた!ねえねえキミこの辺じゃ見ないけどどこの子?」
「俺らと遊ばない?そのバッグの中身水着でしょ?」
「良い体してるよね!スポーツか何かやってる?」
…本当に私で良かった、らしい。
振り向いたことにより調子に乗ったのだろう。水着にパーカーの私より頭ひとつ大きい男の子が三人、私の周りを取り囲んだ。逃がさないとでもいうつもりか。じろじろと体を舐め回されるように見られるのは気分の良いものじゃない。どこの子って私は…まあ宇宙の子ってことになるのかな。バッグの中身は報告書とサッカーボールと機器系統、体はまあそこそこ鍛えていれば女子でもこれぐらいにはなるでしょうという程度だ。うん、普通。普通だから私をナンパなんてやめてさっさと向こうに行ってください。――目線に言葉を乗せて送ってみようと試みるけどやはり本物の宇宙人ではない私はテレパシーなんて使えるはずもなく。
ううん、吹き飛ばすのはまずい、よねえ……騒ぎを起こしたらそれが元になって、私は目立ってしまう。目立ってしまえば人目を避けている豪炎寺修也は確実に私を避けるだろう。ううん、ううん……宇宙人やってる人間に声を掛けるようなバカだけど、穏便にこのバカな三人を撃退する方法…例えばここに颯爽と格好いい男の子が現われて、やめろ嫌がってるだろって言ってくれるとか、
「おい、やめろ」
「………へっ?」
――まさかそんなに、都合よく世界が回ってくれていいのだろうか。響いた低い声に少しだけ心臓を跳ねさせた私をバカ三人から隠すように立ちふさがってくれたのは、フードを深く被った背の高い男の子。細身で、ジャージの上からでも鍛えられているのが分かってもう一度心臓がどきりと、鳴る。普段思い通りにならないことばかりだからか、都合の良すぎる展開に私が目を白黒させるばかりだ。
「あんた、もしかしてこの子の連れ?」「…そんなものだ」私と同じく突然の乱入者に呆気に取られていたバカ三人は何度か少年と私を見比べたあと、揃ってはあ、とため息を吐き出した。キミ連れがいたのかよ、それならそうと早く言ってよ、次行こうぜ次、と諦めたように囲うのをやめて去っていく背中を私はぽかんとしたまま見送る。え、えええ、これ、これって……!玲名の部屋で読んだ、少女漫画みたいだ!え、えええ、どうしよう、とにかくお礼、お礼!
「あ、あの、っ」
「大丈夫だったか?」
――振り向いて、微笑んだその顔は写真で見たことのあるものだった。切れ長の瞳の中では猛る炎が揺らいでいる、気がして。どくんどくん、上下する心臓の音が脳内を埋め尽くし目の前で揺れる焔の瞳が霞んでゆく。写真で見るのと実際に見るのとではずいぶん違うんだなあ、頭の中で響いた私の声は春矢に言われたように、とても呑気な色をしていた。ああお父様ごめんなさい、私出来ることならずっと、彼の監視をしていたいです!
▽焔に揺らぐ心臓の音は彼の耳に届かない
(2015/08/19)
きりちゃん元気になーれっ!拙い豪炎寺さんでごめんね…;;