あの日のきみ 今日のきみ

「え。ウソップのおとうさん、うみにいっちゃったの?」

ウソップのお父さんがいなくなったしばらくあと、そういった村の出来事だとかウワサに疎かった私が訊ねたとき、幼いウソップがただ頷いたのを私はよく覚えている。けっして鮮明ではないのだけど、そういう意味ではぼやけているところもあるのだけど、じっとりとした重さをもって頭のどこかにこびりついているのだった。
たぶん、力をいれて擦れば取り去ることもできてしまうようなものだ。わかっていたから、私はそれを忘れることはしないでおこうと決めていた。だからときどきそのこびりついている記憶を眺めては、懐かしさや胸をしめつける諸々の何かを噛みしめていたのだ。

ウソップのお父さんが海に行って、そのうちに海賊として彼の名が平和な故郷にもきこえてきて、…本当にいろいろなことが、あって。
私とウソップはすっかりこどもと大人の狭間にいた。とは言ってもウソップは私より2つ年が下だったから、私よりも彼のほうがこどもだった。カヤちゃんのお屋敷に通いつめて、にんじんたちと海賊団を結成して。

「…なんだァ、名前姉ちゃん? 嬉しそうな顔して」
「いやいや、よく育ってくれたなあと思って」
「畑の野菜の話かよ」

まァそうだよな、今年は出来がよさそうだな。畑の土を払いながらウソップはそう言って、その下睫毛にふちどられた両目で収穫の時を待っている野菜を見つめていた。そして私もその横顔を見つめる。

うーん、容姿は抜群にいいとは言えないなあ。お母さん譲りの長い鼻とたらこ唇と、あと下睫毛。なかなか愛嬌のあるお顔。それでいいさ、近寄りがたいイケメンよりそっちの方が人気者だよ、たぶん。
すっかり私を追い越してしまったその身長もなにもかも、私をほっとさせるには十分なのである。よくここまで育ってくれました。私の畑仕事を手伝ってくれるような優しさもある。ホラを吹くことくらい微々たる問題だ。近所の小さな男の子。狙撃の得意な男の子。私が思っていたよりもずっとずっとたくましかった。

「名前姉ちゃんも他のヤツに畑手伝ってもらえばよかったのになァ」
「だいじょうぶだよ、こんな畑なら私ひとりで間に合うって」
「でもなァ…」
「はい、今日の畑仕事はもうおしまい! 手伝ってくれてありがとう」

ぶつぶつ言うウソップをぐいっと引っ張って家路についた。

「そういえば名前姉ちゃん、隣村のヤツと結婚するんだろ?」
「うん、するよ」

てくてく。ずんずん。

「なんか一気に大人になっちまうんだな」
「ウソップもそのうちそうなるよ」
「そういうもんかァ?」
「そういうもんさ」

てくてくてく。ずんずん。

「そのー、なんだ。名前姉ちゃんは働きもんだから嫁いだ先でもうまくやれるよな」
「やってみせるからだいじょうぶ。それよりもウソップ、カヤちゃんとはどうなの」

てくてく。…ずん。

ふっと横を見るとウソップはいなくて、ぱっと振り返るとウソップはいた。ああ、照れている。隠しきれていないことに気づいてしまえば可笑しな気分になった。「私の結婚のことより、そっちのことが上手くいくほうが嬉しいなあ」。あんまりいじってあげるのはかわいそうなのでそれだけに留めたのに、ウソップはぷいっと顔を背けた。まったく、かわいいなあ。

「…よく育ってくれました」
「おれは野菜か!」
「ウソップは近所の男の子だよ」
「そりゃそうだろうな」
「…ウソップならうまくやっていけるよ。断言してあげる」

唐突のことに驚いたのかぽかーんとしたウソップは、急に真剣な顔になって神妙に頷いた。あれ、別れの言葉みたいになっちゃったかな。どうしよう、畑の野菜を収穫するまではまだシロップ村にいるのにな。たいして慌てることもしないままただ困った、と思っているとこびりついている記憶がするっとまぶたの裏に現れた。小さい男の子。小さかった男の子。そっと微笑んだ。


あの日のきみ 今日のきみ



(2014/07/10)

いやまさか自分で何も言わず勝手に儲けた縛り(企画で頂いたものには企画でお返ししたい!出来ることなら海賊!麦わら!ローさんは除く!)がこんなに自分を苦しめることになるとは思いませんでしたやったー!やっと!やっとお持ち帰りできましたうふふふ…!
大好きな大好きな夏川ちゃんから頂いた!超絶貴重な!ウソップです初めて読んだときはもう本当に無茶振りをすみませんとしか…海賊夢はこそこそ読んでいますがなかなかウソップを見かけない現実にヒッて、ヒッッて…夏川ちゃんありがとう大好きですウウウ;;;