変わらぬ愛を、



――未来の日本に、美しい桜は残っているのだろうか。

話を聞く限り、そこは機械で成り立つ都市だった。彼もやはり、そういった環境で…特に厳しく育ったのだと思う。でもやっぱり自然に触れるって大切なことだと思うし、何より日本人なんだから。桜のあの美しい姿を知らないなんて、勿体無い。


「花見?」


ソファーに腰掛けたジャージ姿のバダップ君が、振り向いて言葉を繰り返した。彼は寝起きの少しだけ眠そうな目を私に向けて、言葉の続きを促している。「そう、お花見。今日は桜の見頃らしいから、一緒に行かない?」おにぎりをラップで包みながら再び問うと、彼はとても意外そうな顔をした。花見、とあまり動かない口が小さくもう一度繰り返す。


「名前、それは花を眺めるだけだろう」
「それがいいんだよ、バダップ君」
「……楽しいのか?」
「サッカーみたいな楽しさとはまた違うと思うけど」


どうやら彼は不服なようで、私の答えに少しだけ眉根を寄せた。やっぱり興味がなかったかな。でも去年は世界大会とか色々あったし、バタバタしてたら桜は散っちゃったし…「行こうよ、バダップ君。すごく綺麗なんだって、桜!」綺麗なものは一人で見るのもいいと思うけど、その美しいと思う感覚を私はバダップ君と共有してみたい。


「ほらお弁当も作っちゃったし」
「………」
「おやつも準備したし、春用に新しい服も買ったから着たいし」
「……」
「バダップ君がそんなに嫌なら、秋ちゃん達を誘うんだけど」
「同行しよう」


お弁当の重箱の段を二つ、持ち上げるとバダップ君はすぐに頷いてくれた。「…いや、別に弁当を…違う何でもない気にするな。お前の身に何かあったら困るからだ」……お花見って危険が伴うイベントじゃないと思うんだけど…一緒に行ってくれるんならなんでもいいかな。


**


お弁当とお菓子、レジャーシートと水筒。他にもごたごたと詰まったそれは、バダップ君の肩から下げられている。家を出る時、私の靴のヒールをちらりと見たバダップ君が少し強引に奪ったのだ。「…段差がある、気をつけろ」「うん」頷いて、差し出された手を掴んだ。鈍臭いな、と言うくせにバダップ君の無表情は少しだけ穏やかに見える。

桜は満開で、いつもは人が少ないこの公園もお年寄りや家族連れで賑わっていた。「バダップ君、こっち」繋いだままの手を引いて、私たちは遊具のある場所から少し離れた木陰の方へ歩いた。風に木々が揺れるたび、地面に落ちた桜の花弁が舞い上がる。


「それじゃ、このあたりでお昼にしようか」
「構わない」


頷いたバダップ君がレジャーシートをカバンから出して、広げてくれる。「これで良かったか」「うん」過去の世界でも、やっぱり彼は要領がいい。広げられたレジャーシートの上に有り難く腰を下ろして、お弁当箱を取り出した。蓋を開けると顔を覗かせる、カラフルなおにぎり。それから唐揚げと、卵焼き。ウインナーとポテトサラダ、デザートに果物。水筒からプラスチックのカップにお茶を注いでバダップ君に差し出す。おかずはみんな、朝から頑張った自信作だ。


「好きなだけ食べてね、バダップ君」
「ああ、頂こう」


カップを受け取ったバダップ君がおにぎりに手を伸ばした。少しだけどきどきしながらそれを見守って、ラップを剥がす彼の指まで思わず食い入るように見つめてしまう。「名前」「…うん?」「食べないのか」淡々とした口調で、少し気まずそうに眉を潜めたバダップ君が私を覗き込んできた。そりゃあもちろん、食べるけど。自らもおにぎりに手を伸ばしながら、おにぎりを口に入れたバダップ君に再び目をやった。バダップ君が美味しいって思うかな、どうかな。…どうだろう。


「ん、」
「……どう?」
「……」


無言の後、口がもごもごと動いてこくりと喉が鳴ったあとにバダップ君は静かに頷いた。「…良かった!」美味しかったみたいで、思わず嬉しくなってしまう。同時に彼の些細な感情の変化を読み取れるようになっていた自分に少しだけ驚いた。…付き合いも、そういえばもう随分と長くなっている。これからの将来、彼と未来に行くのか。それとも彼がここに残るのか。抗えない時間の差に苦しみ、別れるのか。分からないけれども。


「ねえバダップ君、桜が綺麗だね」
「…ああ。たまには悪くない」


頷く彼の隣で同じおにぎりを食べられる幸せを、今十分に噛み締めていられたらそれでいいと思うのだ。


変わらぬ愛を、



:確かに恋だった

(2015/04/17)

ヤシ油様、企画へのご参加ありがとうございました!バダップは結構久しぶりに書いた気がします。相変わらずキャラが上手く掴めていない感じが強いです…
ご要望通りの内容に遠かったらすみません…世界大会後、とのことだったのできっと居候も長く、些細な表情の変化を読み取っていて、関係性の将来のことを考え始めるのかなあと思いました。個人的にほのぼのしているの書くの好きなので、まったり書かせて頂きました。ちなみに最初は夢主の服がワンピースで肌寒いだろうってバダップが自分のカーディガンを差し出したりしてたんですが、ぐだぐだ長引いた上に小っ恥ずかしい感じになってしまったので省きました;;お花見メインで、まったりお弁当を食べるシーンは穏やかでいいと思います!ありがとうございました!



おまけ:カーディガンのくだり


「…名前」
「どうしたの、バダップ君。…どこか変?」
「いや、変ではない、が」


ひらり、玄関先で吹き込んできたのは温もりを微かに孕んだ風だ。微かに揺れたのは私の新しいワンピースで、バダップ君はそれを見てなんだか難しそうな顔している。変ではない、って確かに言ったのは聞いたけど…「似合ってない、とか?」折角お花見だし、デートは少しだけ久しぶりだし、って私なりに頑張ったけど空回っちゃったりしたのかな!?


「あ、ええと、着替えて来ようか!」
「待て名前、そうではない。…春先と言えど外はまだ少し肌寒いだろう、と」
「でも今日は気温もあったかいみたいだし……」


何よりそんな、薄着ってわけでもない。確かにあまり着ていないように見えるかもしれないけど、下にきちんと着込んでいるし。あ、むしろそっちだったりするのかな?風が少し寒いからって、防寒を意識してしまったから帰ってそれがバダップ君の趣味じゃない感じになったのかも。うう、どうしよう…今から着替えるにしてもまたバダップ君を待たせてしまうし、でも…


「……非常に、複雑だ」
「うううバダップ君!私、着替えた方がいい?このままでいい?…複雑?」
「着替える必要はない。が、そのまま外へ行きたくはない」
「ええと、じゃあ私はどうすればいいんでしょうか…」
「これを着ていろ」


バダップ君の言葉の真意が分からないまま、私は彼にカーディガンを押し付けられていた。バダップ君のそのカーディガンは私の今のワンピースと系統がかなり違うと思うけど…「バダップ君が、そう言うなら」頷いてカーディガンを受け取って、上から袖を通す。ふんわりと、バダップ君のにおいがした。なんだろう、どきどきするような。包まれているような、安心感があるのに緊張する。…どうしてだろう。


「行くぞ。昼が近い」
「あ、待ってよバダップ君!」
「荷物を貸せ」
「え、それは私が持―――…っ、あり、がとう」
「構わない」