硝子の夜
「ねえ、ロー」
「なんだ」
「愛ってなんだと思う?」
私の髪を絡め取って遊んでいた、指の動きが止まるのが分かった。「…なんだ、いきなり」「別に?」…聞いてみたいと思っただけ。呟いて、テーブルの上のワイングラスに手を伸ばした。赤紫色をランプの色に透かして揺らす。液体にローと、私の顔が写っている。
「愛、ねェ」
一切興味が無さそうな声でぼやいたローが、私の手からワイングラスを攫う。「不安にでもなったか」…淡々とした、いつもの彼の声だ。別に不安だとか、そんなものを抱いているわけじゃないんだけど。そんなんじゃない、と小さく呟いてそっと背中をローに預ける。
この部屋はまるで鳥籠みたいだ。もしくはゲージ。名前、っていう愛玩動物を飼うためだけに用意されたこの部屋は嫌いじゃないけど、やっぱり不安は煽られる。今はローの中で私の優先順位が高い位置にあるからこうしてローの膝の上で喉を鳴らしているだけでいいけれど……優先順位というのは入れ替わるものだ。一時の熱はすぐに覚めるもの。
赤強く力を入れれば壊れてしまう、脆くも繊細で美しいグラスは、私の考える愛に似ている。「ロー、私ね、いつも怖いのよ」「…怖い?」何が、と言わんばかりの目線をにこやかに笑顔で躱して、微笑んで。「こうやって誰かのものになるのはもう何度目かになるけど、いつもそれを怖がってる。さて何でしょう?」
答えない彼の方を向き直ったら、そっと首元を指でなぞる。爪に載せた小粒の石が、ライトの光にきらきらと光る。「答えはね、…愛情が冷める瞬間よ」
「もうすぐ出発の時間なんでしょ、船・長・さん?」
「……」
「この島を出て行って、二度と戻らないんじゃない」
――なら、最初から私なんて買わなきゃいいのに。
耳元に寄せた唇で囁いてから、そっと体を引き離した。ついでにワイングラスをその手から取り上げて床に放る。ぱりん、と薄いガラスが割れる音と絨毯に染み込む赤紫。支配人に何て言われるだろうか、なんて頭の中になかった。今回の愛人ごっこは随分短く終わっちゃったな。別にいいんだけどね。寂しくなんて、ないんだけどね。
「じゃあね、さようなら。ローといるのは臭いおじさんと居るより楽しかったかな」
「愛、ねェ」
部屋を出ようとドアノブに手を掛けた瞬間、小さく聞こえてきた声に思わず振り返っていた。「…欲しいんだろ?」差し出された、もう一つ。ローの分のワイングラスに注がれた琥珀色の液体が私に向かって差し出されていて、その意図を一瞬考えてしまう。一切口を付けられてないそれ。…欲しいんだろ、って。
「冷めるでしょう」
「そうならないかもしれない、と言ったら?」
「……あなたの、女を見る目を疑うわ」
「どっちにしろ攫ってくけどな」
――射抜くような目線が、突き刺さった。
瞳に一瞬だけ反射した光が、私を狂わせたんだろう。もしかしたら、なんて淡い期待を抱くことなんて無かったのに。胸が痛い。熱い。視界が揺れる。……足が動く。
一歩、もう一歩。琥珀に吸い寄せられて指を伸ばしたら、もう飲み干してしまうだけだ。
硝子の夜
:シングルリアリスト
(2014/01/31)
去年も同じような日に1月中だからセーフとか似たようなことを言ってたような…デジャヴかな…気のせいだと信じたい
来年は遅れない!と張り切っていたのに遅れた上にまたわけのわからんことになっています。ローさんに誰かこう、愛情に飢えた女の人を攫って欲しかったんですゴニョゴニョ…
改めて、大好きですといつもありがとうを。ハッピーバースデー!素敵な一年を願っています!