つまりは早いもの勝ちの法則



「名前、おかえり。疲れたんじゃあないのかい?向こうにシャーベットを準備したけど」
「悪いなガゼル、名前は今"俺"と帰ってきたんだ。俺と休憩に行くに決まってるだろ」
「君は一人寂しくテーブルの隅で水でも飲んでいればいい。ほら名前、こっち」
「お前は次の任務にさっさと行けよな、ロクな成績が出せなくなるぜ!名前、行くぞ」
「あいにく、君のようにヤワじゃないからね。多少時間に余裕があっても問題ない、んだっ!」
「おま、引っ張るのは卑怯だぞ!おい名前!ガゼルを振り払え!」
「名前、あんなやつの言うことに耳を貸さなくていい。こっちだ」
「名前!行くぞ、って!」
「名前、ほら早く。私の好物が溶けてしまうだろ」


痛いんだけど、と呟いた声が廊下に吸い込まれていったから、色々なことを諦めた。「名前、」「名前!」私の両腕を掴んで離さない、バーン様とガゼル様…ああやっぱり宇宙人の名前は違和感があって馴染めない!晴矢と風介はいつもこんな調子だから困ってしまう。小さい時からずっとこの調子だったせいで、宇宙人として活動している今でもそれは変わらない。日常の光景と化しているせいで、その貴重性もよく分からない。

そりゃあ勿論小さい頃、お父様や瞳子さんに読んで貰ったお姫様の物語には憧れたけど…実際に二人から猛烈なアタックを受け始めた頃は、私を好きになってくれるなんて、しかも二人も、なんて思ったけれど。度を過ぎてしまえばもう、軽くうっとうし……そもそも二人は昔からお互いと競い合うのが好きだったし、私も競い合う材料のひとつなんだと思う。

勝手に結論を付けけた末に悟ったことは、二人はきっと私を題材に争ううちに、自分が相手よりも私のことを好きだと思うようになったんだろうな、ってことだった。だってなんだかんだ私を取り合って争うくせに、二人は私に好きだのなんだの、(俺の方が名前に好かれている、私の方が名前に好意を寄せられている、といった言い争いはよく見かけるけど)言ったことがないのだ。それも私を冷めさせる要因のひとつだった。

そんなわけで少し遠い目で普段のこの取り合いを流せるようになった私の態度によって状況は、…まあ簡単に言ってしまえば悪い方へと転嫁した。お互いが、『バーンが(ガゼルが)、いるから名前(私)の機嫌が悪いんだ』と思うようになってしまったのだ。それから二人は私と積極的に二人になろうとありとあらゆる手を使ってきた。これで私がプロミネンスかダイヤモンドダストに所属することになったら私の精神状態が、本当にひどいことになるだろうとお父様が流石に憐れみの目を送ってくれて、私はガイアに所属することになった。結果板挟みが続いて悟りを開く結果になったけれども。

とにかく、私は晴矢と風介に対して幼馴染兼家族兼、友人といった感情しか抱けない。そもそも、家族と恋愛するなんて無理に決まっている。……一人は別だけど。でもまあ、二人にその旨を伝えても納得なんてして貰えるはずもなく。「風介、晴矢ー」「なんだ!」「ああ!?」「威嚇しないでって…いや本当、私は今から」「私とおやつ」「俺と休憩」「君は黙っていてくれないか、名前の耳が汚れてしまう」「なんだと!?」……こんな調子がずっと続くのだ。本当、勘弁して欲しい。二人が私より背が高いせいで、耳の近くに二人の口元が来るのだ。最近は耳鳴りが止まなくなった。勘弁して欲しい。ああまた、今も


「名前、どうした?具合が悪いのか」
「バーン…君が煩いからだ。早く名前の手を離して立ち去れ」
「その言葉、そっくりそのまま返してやる」
「熱があるのかい?……ゆっくり休むといい。私の部屋においで、ベッドを貸してあげる」
「黙れこのムッツリ!お前は昔からいつもいつも…」
「君こそ黙ってくれ。名前、ほら手を」
「触るな!名前は俺のだっての!」


きいん、と頭に響いた幼馴染二人の声に普段よりもうんざりしてしまったのは、さっきの襲撃で疲れたからかもしれない。正直、各地の学校を破壊する意味が分からないだけに精神的なストレスも貯まる。怪我は許容範囲内だけれど、絶対に殺さないようにするのにも神経を使う。戻ってきたらこれだ……心の休まる場所が少なすぎる。普段はこの辺でヒロトが、はいはいそこまでにしてあげて、って仲裁に入ってくれるんだけどな。…来ないな?

そういえば、今日はヒロトを見かけていない気がする。だから晴矢と風介が普段より絡んでくるように感じるのかな!…ヒロト、どうしたんだろう。こめかみを抑えることも出来ないまま、両腕をそれぞれ逆方向に引っ張られながらぼんやりと考える。あいつ、俺には名前だけだよ、なんて言ってキスすればいいと思っているんじゃないのかな!最近ヒロトは雷門中の、円堂守に夢中になっている。…私をおろそかにしたら、晴矢か風介になびいちゃうかもしれないよ!って言ってみようかな。そうしたらもっと構ってくれるようになるかもしれない。……ううん、晴矢と風介かあ。考えてみれば、昔からどちらかを選ぶ、っていう発想は無かったかもしれない。

晴矢は、ちょっと短気だけど真っ直ぐだ。一直線というか、猪突猛進というか。いつだって熱苦しいぐらいに熱いけど、案外気配りが出来るし、強引にプロミネンスを引っ張っている。感情で突っ走るタイプだけど、サッカーにもそれが現れている。
風介は多少精神面での成長が…いやあれは年相応だからいいとしよう。風介は冷静で、状況を正確に把握してから動く。私のことと、晴矢やヒロトと勝負になった時にはやっぱり、冷静さを失うけれどサッカーをしている時は自分の力を知った上で計算して動くから強い。きちんとチームメイトを管理して、統率するタイプのリーダーだ。私の不調によく気がついてくれるから、案外周りを見ているんだと思う。……うん、二人共嫌いじゃない。家族だし、友達だし、そりゃあ好きだ。大好きだ。

恋愛対象には……やっぱり入らない。どっちもいいやつなんだけどね、手のかかる弟の印象が拭えないのはしょうがない。だって二人が玩具の取り合いしてた頃からの付き合いだし、その喧嘩を仲裁していたのは私だ。(取り合いの対象が玩具から私に変わった時から、仲裁には回れなくなったけど)ああ、また引っ張られてる。玩具の時もそうだったなー、確かあれは…ええと、新しく入ってきたボードゲームだった気がする。それを一番に開けたい晴矢と、独り占めするのはずるい、って晴矢に張り合っていた風介が紙箱の端と端を思いっきり引っ張り合っていたっけ。懐かしいなあ。私、あの時確か、


「いい加減にしなよ、二人共」
「…あ、うん。それそれ。そんな感じのこと言った気がする」
「グラン!なんでお前がここに…!」
「あれ、名前ってば結構平気そうだね?へばってると思ったけど」
「すごくすごーく疲れてるから、……ヒロトに構う暇はないかもね」


……一体いつから見ていたんだろう。怪訝な目線を私に送る風介に気がつかないふりをして、完璧なタイミングで現れたヒロトを横目で睨むと苦笑いを返された。「わざとじゃないんだ。報告が少し長くなっちゃってね」…まあ、どうせそんなところだろうとは思っていた。思っていたから、別に不貞腐れてなんかいないよ。うん。


「まあ、可愛い彼女が困っている様子を見るのは普段とは違って楽しかったけど」
「うわあヒロトったら最低……いいよ、今日は玲名とのんびりするから」
「ちょっとそれは困るんだって!ごめんってば、名前」
「……ちょっと待て、基山」
「ん?なんだい、涼野。どうかした?」


随分と険しい顔をした風介が、ヒロトと私を交互に見る。まさかな、と言いながら何度か首を振って、じっと私を見つめるものだから少しだけ首をかしげてしまった。そういえば、ヒロトは俺から言ってあげる、って二人に私達が付き合っていることを言ってくれているはずだけど…二人は一切私を引っ張る手の力を緩めてくれたことはなかったから、ヒロトに張り合っているんだろうと思って口に出さなかった。まさか。


「まるで…貴様が普段口にしていた戯言が、本当かのように名前が振舞っているように見える」
「えええ!?君、まだ信じてくれてなかったの!?…南雲も?」
「なんのことだよ。基山は名前にまとわりついてるストーカーなんだろ?ウルビダが言ってた」
「うわあ、俺の評価ってそんなに酷かったんだ…」
「ヒロトって、私のストーカーだったの?」
「そんな男の近くにいることはない。名前、私と共に来い」
「いや俺と来るだろ、名前」


…ヒロトがストーカー扱いされていたことには笑うしかないから、今夜玲名に言ってみよう。きっと堅苦しい彼女でも笑ってくれるだろうと思う。で、まあ、目の前にふたつ、手のひらが差し出されていてさあ手を取れ!って言わんばかりの圧力が上から降り注いできているんだけど、私はへにゃりとした顔でストーカーかあ、って頭の後ろを掻いているヒロトの手を取りました。ごめんね、二人共。ヒロトはね、私に初めて好きって直接伝えてくれて、玩具の取り合いで喧嘩した二人をなんとか仲直りさせようと走る、私の背中を推してくれたから私の特別はヒロトになっちゃって、もう変わりそうにないんだなあ。



つまりは早い者勝ちの法則



皐月様のリクエストで、カオスに取り合われるヒロインがヒロトの彼女なお話でした!
ギャグの要素を会話文にしか入れられなかった気がしないでもない…ような…?ヒロインはガイアの補助メンバーの設定でした。スルースキルが高い高いと自分に思い込ませているけれどもストレスを溜め込みやすい世話焼きタイプ。あと、きちんと言葉に出して欲しいタイプのイメージです。楽しく書かせて頂きました!

完全にヒロト夢になってしまった感じがするので、カオスはおまけにつけてみました。ご参加ありがとうございました!

(2014/10/15)






「…なあ、マジかよ」
「…………私だって信じられていない」
「完全に俺、グランの妄想だと思ってた」
「八神もそう言っていただろう、…いやあいつは悔しそうに言っていたな…」
「ウルビダの妄想じゃねえか!畜生、名前…よりにもよって…」
「そういえば晴矢、君は名前に直接気持ちを伝えたことはあるか」
「……フェアじゃなくなると思って、言ってねえ。一回も」
「そうか、……君もか。それで私達はグランに出し抜かれたんだな」

「なあ、今更めちゃめちゃ後悔してんだけど、俺」
「相手はグランだ。性格に多少の難がある。……今からでも間に合う可能性は少なくない」
「勝負しようぜ、風介。フェアだの卑怯だの、一切無しだ」
「異論は無い、ね。……何故かは分からないけど、より名前を好きな気持ちが強くなった気がする」
「ああ、俺もだ。変なことになあ…まあ、グランに負けられない理由が増えただけだと思えばいいだろ」
「そうだね。とにかく、あいつが父さんのお気に入りなのは変わらないし」

「「引きずり下ろしてやるだけだ」」