引き摺る花を食む


「もう二度と会わなくてすむんじゃないかって、そう思って安心してたんだけどなあ」
「久しぶりなのにあんまり冷めたこと言うなよな」
「ふふー。こんな本心を隠したまま一緒に過ごすの、先輩も嫌でしょー」
「べつに、どっちでも良かったけどさ」

ソファを占領した目の前のグリーン先輩は淡々としている。いつもの格好、私の一番知っている、先輩のそっけない顔。ほかの表情だって、そりゃあいくつも見てきたはずなのだけど、どうにもこの放任するような、一方的に突き放す顔が印象深いのはきっと、最後の頃に同じのを何度も見たせいだ。そもそも、向こうが私に会いたいと言って、私の家に来たくせに、なんでそんな表情を見せられなきゃいけないんだろう。無言のままお茶の準備をする。正直、グリーン先輩にはもうなにもしてあげたくなかったのだけれど、そういう無遠慮が許される間柄ではとっくにないのだから仕方ない。さようなら、お茶請けのクッキー。私のことを恨まずに、先輩の口に飛び込んでいきなさい。

「どうだよ、女子高生最後の学校生活っていうのは」
「ほどほどに面白おかしくやってるから、まだまだ女子高生でいたいなって。やっぱり『女子高生』ってブランドなんだよね。…なんでこうも男は女子高生って響きに弱いかなあ?」
「…昔ははやく大人になりたいとか言ってたのにな」
「そりゃあ、2年あれば考えのひとつやふたつ変わるでしょー」
「それもそうか」

お茶を受け取るとき、グリーン先輩は試すように私の手を一瞬だけ離さなかった。どきり。胸の奥のほうがぎゅっと硬直したのは、顔に出ていなかっただろうか。先輩に有利な確証を与えてはいないだろうか。考えている間、無意識に握った手のひらはじっとりとしめっていた。グリーン先輩の手の感触は覚えていなかった。
先輩がなにもしなかったかのようにお茶請けのクッキーを食べている以上、私が動揺をみせるのは負けのような気がして、私はじっと息を詰めていた。あぁ、グリーン先輩の指が、クッキーをかじるために小さく開いた唇の、その隙間から見える規則正しい歯列が、私の心臓をグチュグチュと痛めつけている。痛い、痛い。

「今さら何しに来たの、グリーン」

口からするりと出てきて、私の鼓膜も震わせた自分の声ははっとするほど冷たかった。何を考えているのかわからない顔をしたグリーンの肩越しに見える鏡には私のしかめっ面が映っている。ともすれば泣き出しそうに見えた。悔しかった。会ったらこうなることはわかっていた。それでこうなりたくなくてあがいてみたつもりだったのに、どうせそんなことできるわけがなかったのだ。ひどく無様だと思った。
グリーンの手が私の頬に向かってゆっくりのばされていた。拒めない、と思った矢先、名前、と一音ずつを大事に発音するように呼ばれて咄嗟に体を引いていた。背中がからっぽの空気に倒れていって、固い床とぶつかる。グリーンが一気に無防備になった私に、けれど顔と顔の距離をじゅうぶんにあけて覆いかぶさった。「久しぶりに、グリーンって呼ばれた気がする」。彼の顔を直視できないでいると低い声でそんなことを言われた。勝手だ。

…一度年上と付き合っちゃうと、年上としか付き合えなくなるっていうのは本当だった。

「…触んないで」
「……」
「どうやったら私の前に平気な顔して出てこれるの。おかしいの?」
「…名前のよくない噂を聞いた」
「聞いたから、なに? 元恋人として心配なんかしちゃったの? とっくに他人同士なのに? …いい加減にしてよ」
「そんなこと言うな」
「あんまり自惚れないで。グリーンのことなんか、もう追いかけてない」

グリーンの目を真正面から見る勇気はないくせに口だけはベラベラと達者に動いて我ながら失笑するしかない。鼻の奥がつんとする。年下の私じゃなくて、結局同級生の女の人を選んだ男の陰とペンダントが私へと落ちていた。
べつに、男の人はグリーンだけじゃない。女子高生って肩書きと器量が良ければちょっと遊んでくれて楽しい思いをさせてくれる人なんていっぱいいる。無い物ねだりなんてみっともないことをしなくても、埋め合わせはどうとでもなる。それなのに、どうしてグリーンは。

散々捲し立ててから、はっとしたときにはグリーンの陰がぐっと近づいていた。よそを向いていた顔の向きを変えられる。手慣れたそれになにをされるかはわかっていた。でもグリーンにこんな形でされたことはなかったのに、となんだか虚しくて悲しくて拒否するタイミングを逸していた。大好きだった人の大好きだった瞳。唇に柔らかい感触。刹那、鉄の味。
目を開けば、グリーンは寂しそうな目をしていた。

「罪悪感をなくそうだなんて甘い考えで、また私を傷つけるつもりなの?」
「…名前」
「もう二度と会わないほうがいいよ、私たち」

グリーンの体を押し退けて、ダイニングキッチンで口を濯いだ。鉄の味はしつこく舌にへばりついて背筋がぞくぞくする。今日、私はグリーンに会わなかった。グリーンも私に会わなかった。それがいい、一番いい。



∴引き摺る花を食む




(2014/09/14)

最愛の夏川様より、プレゼントで頂きました…!素敵なグリーンさんと、とても嬉しいお祝いの言葉も添えて頂きました。最初から好みど真ん中でやはり知り尽くされているのか…!と震えております。サイトを始めたまだ最初の頃から仲良くしてくれている貴重な友人であり大好きな相互さんであり、とても尊敬していて…ってうわああ堅苦しくなるのはこういった場だからしょうがないね!
ありがとう!本当にありがとう!最高に幸せです!バッドエンド大好きです!ありがとう!私は最高に幸せです…!