歪に形成された芸術品を、その手で創り直すのです(皆帆と基山/霞様へ)


珍しく監督が練習を休みにしてくれたので、姉さんにメールを送ったのだ。『練習が休みになったから、二人へどこかに行く?』と。質素なメールになってしまったのは久しぶりの休みに浮かれていたからで、急ぎで打ったからだった。姉さんの反応は恐ろしいほどに早く、一時間後には迎えのタクシーが宿舎の前に止まっていた。

姉さんと僕の関係は相変わらず変わらない。普通よりも愛情表現の多い兄弟、としてジャパンのみんなは認識している。さくらさんなんて、一番分かりやすく姉さんを羨んでいた。曰く、「美人で素敵で自分のことをそんなに大切にしてくれるお姉さん、素敵!」なんだとか。その言葉に隣で頷いていた森村さんに、九坂君が声をかけたそうにしていたのは敢えてスルーしたのだけど。

そんなこんなで、ショッピングモールに出かけることになった僕ら二人をずっと、不満気に見ていたのが井吹君だった。井吹君は何度か姉さんがこの宿舎に来ているうちに姉さんと顔見知りになってしまったらしく、よく僕の話題を出しては僕のいないところで姉さんと二人っきりになっているらしい。らしい、というのは自分の目で確かめたわけではないからそうなるだけで、姉さんが『井吹君から和君の話、いっぱい聞いたよ!』と言っていたので確実だろうと推測している。負けるつもりはないけれども、可能性は低いうちに摘んでおくべきだ。姉さんの心が傾くことはないだろうという確信はあるけれども、悪い虫はつかない方がいい。井吹君が嫌いなわけじゃないけれど、――彼はもしかしたら、もしかしたら。姉さんの心を溶かしてしまうかもしれない、なんて思うと気が気ではなくなるのだ。

タクシーに乗っているあいだ、姉さんはずっと僕の腕に腕を絡ませていた。服装は至って普段着の僕と一緒にいるのは少し違和感が湧いてしまうぐらいに可愛らしい。目的地のショッピングモールは少し遠い場所にある、水族館などの施設も入っている場所を選んだらしく姉さんは到着までに寝息を立てていた。そのあどけない寝顔に思わず口元を緩ませると、ミラー越しのタクシーの運転手さんの顔まで優しい笑顔になるもんだから少しばかり恥ずかしかったけれどもやはり、嬉しさと愛おしさが込み上げてきていた。


―――…とまあ、ここまではいいとしよう。問題はここからだ。


ショッピングモールに着いた僕と姉さんは、先にお昼を食べようと適当なレストランに入ることにした。イタリアンにしようと意見が一致したところで、姉さんがとても嬉しそうな表情になったところまではいい。店内に入ると同時に、姉さんの嬉しそうな笑顔がぴしりと固まったのである。何事かと姉さんの目線を追いかけてみれば、ひらひらとこちらに手を振る顔の整った、赤髪の見覚えのある男の人とその秘書らしき人が四人席に二人で腰掛けていたのだ。

赤髪の人がウェイトレスに何事か笑顔で耳打ちをする。微かに頬を赤らめたそのウェイトレスが僕らに近づいてきて、基山様のお連れ様ですねとその四人席を指し示した。違いますと答えるわけにもいかず、半ば無理矢理座らされた四人席で僕が座ったのは赤髪の人の目の前だった。にっこりと、でも不満を隠そうともしない目の色で眼鏡を外して彼は笑う。


「君が"弟"の和人君か」
「ええ、初めまして。"社長さん"ですよね?いつも姉がお世話になっています」
「ああ…それは良いんだ。しかし和人君、俺の目の前を名前と交代してくれないか」
「遠慮します」
「何故だい?僕はこう言ってはだけど、君のお姉さんを世界一幸せにしてあげられるよ」
「やけに自信があるみたいですね」
「勿論。だって"姉弟"では結婚出来ないだろう?」


ばちん、と火花が散った気がした。「…それ、本気で言ってます?」「ああ、本気だ」最も彼女からは冗談としか受け取られていないみたいだけど、と基山ヒロトはにこりと笑う。女の人ならみんな頬を染めてしまいそうな、綺麗な笑顔だ。「でも和人君、名前は君のことしか頭にないみたいだ」"弟"なのにね、と呟いたその目の色は伺えない。


「ええ、姉さんは僕のことしか考えていませんよ。そして僕も」
「あんまり好ましくないな、俺にとっては」
「じゃあはっきり言います。僕は、"名前"を誰にも譲る気はありません」
「……ふうん?」


目元は一切笑っていないけれど、基山ヒロトはにこりと笑った。「そうか、和人君…でもね、俺もこんなに本気になったのは初めてだからさ」その程度言われたぐらいじゃ諦めないよ、と。多分、僕にだけ聞こえる程度に抑えた声からは本気が伺えた。

明らかに井吹君よりも厄介なその存在に、笑顔を向けるとどうしたの和君?と隣から姉さんが腕を絡ませてきた。「社長、和君になにかしたら許しませんから」「ふふ、そんなことしないって」男と男の話ってやつかな?と意味ありげな笑顔を姉さんに向ける基山さんは、大人の余裕に溢れていた。


**


「……本当にごめんね、皆帆さん。ヒロ…じゃない。社長が、」
「緑川さんが謝ることではないですよ」
「弟さんとショッピングだったんでしょ?邪魔しちゃって…」


どこからそんな情報をだの、付き合わされる方の身になってくれだの…思わず漏れたぼやき声に、くすくすと笑い声が漏れる反応。お疲れ様です、と優美に微笑む皆帆さんは本当に綺麗だと思う。ヒロトが入れ込むのも無理はないぐらいに、綺麗だ。

ヒロトと皆帆さんの弟さん――確かイナズマジャパンに選抜されていた――が話し込んでしまったため、俺の話し相手といえば目の前の皆帆さんしかいない。気になる隣の会話は周囲のざわめきに混じってしまって上手く聞き取れない。目の前の皆帆さんに目を奪われているのもあるかもしれない。そんな彼女は俺と同じようにそわそわと落ち着きなく、運ばれてきていたお冷に口をつけた。動く喉は白く、一瞬どきりと心臓が跳ねる。

彼女は知らないだろう。ヒロトが、本気で彼女を口説いていることを。ヒロトは知らないのだろう。彼女が、心から自身の弟を愛していることを。調べてくれと頼まれて、手に入れた情報の中にはヒロトにまだ告げる勇気の出ないことがいくつかある。彼女の親がいないことだとか、彼女の弟への依存のレベルだとか。触れなければいいものに触れてしまったヒロトが、報われる未来があるのか俺には何も分からないのに。



歪に形成された芸術品を、その手で創り直すのです


(2014/04/18)

偽物臭が恐ろしいですが、夢主設定その他お借りして書かせて頂きました!霞様に捧げさせて頂きます。いつも本当にありがとうございます!
お姉さんがヤンデレじゃない代わりに周囲が若干病んでいます。最期が物足りなかったので秘書緑川さんに頑張って頂きました。社長秘書コンビとてもいいと思います…いえ無印宇宙人が素敵だと思うんです…いつも楽しませて頂いている夢の設定をお借りできてとても光栄です!ぜひ楽しんで頂けたら…!

(※本人様のみお持ち帰り可能です)