鳥籠姫の願い事(デンジとオーバ/夏川様)


「名前、眠い」
「ベッドに行けばいいと思うの」
「冷たいこと言うなよ、一緒に寝ようぜ」


ふああ、と大きな欠伸をしたオーバの腕は私の首元に。本に集中出来ない程度じゃ怒る気にもならないけれど、一緒に寝るのは流石にお断りだ。そりゃまあ年頃の男女がどうのこうのというくだりもあるけれども、オーバのアフロがちくちくと頬に触れるのがどうにも寝つきが悪くなっていけない。というわけで眠いのならば、オーバには速やかに安眠を貪って欲しいところ。目の前でお怒りのデンジが我が家のブレーカーを落としてしまう前に。


「……オーバ、名前と家でのんびり過ごす約束をしたのは俺だぞ」
「知らねえ!今日は俺が名前と昼寝をする日だ」
「約束もしてないし昼寝をする日なんて私にはありません」


今日は買い込むだけ買い込んで、読めていない本を読む日だと最初から決めていたのだ。普段の倍うっとうしいジムリーダーと四天王を無視してページをめくると、ストーリーが佳境に入ってきた。ヒロインが思い人の親友に告白されるシーンで、さてヒロインがどう答えるのか興味深々に文字を追っているとページに影がするりと落ちた。「…なあに、デンジ」「いや、何読んでるのかって」大分不機嫌が表に出た喋り方の私に対し、飄々とした様子で覗き込んでくるデンジ。

身をよじるにもオーバに抱きつかれて動けないのでそのままだ。数十秒も経たないうちに文字を読み終えたデンジが楽しそうに口元を緩ませた。「……な、なに!」ニヤニヤとこちらを見てくるデンジから目を逸らすと、なんだなんだとオーバまで眠そうな目を擦ってこちらを覗き込んでくる。「いーや?しかし名前、こんなの読むんだな」結構以外、と正直なことを言い出してくるデンジに思わずかあっと頬が熱くなった。

「別に…そういうのに私が憧れていたとしても!デンジには関係ない」私自身の周りにこんなことが起こるなんて想像もつかないから、憧れてしまうし色鮮やかな世界に映る。「憧れてんのか!…ますます意外」うるさい、と睨むと一瞬だけ真顔になったあとにデンジが噴き出した。……ああ、出来ることなら私も恋をしてみたい。願わくば人の肩に頭を乗せてうつらうつらと船を漕いでいる四天王と、ニヤニヤこちらを眺めているジムリーダー以外で。


「お前、目の前にこんだけ良い男がいるのにそんな事言うの」


再びの真顔。そんな事を言い出したデンジに、気が付けば思わず言葉を飲み込んでいた。「い、いや、……それ自分で言う?」声は自分でも驚くぐらいに動揺を顕にしてみせている。しどろもどろな私にふうん、と初めてデンジが物珍しいものを見るような目を私に向けた。確かにデンジはジムリーダーだし、実力だって確かで顔も整っている。


「…まあ、デンジは格好良いと思うよ」
「っ、!」
「でも、恋愛対象としては少し違うというか…第一にそんな目で見たことない」
「なんで」
「なんで、って」


向かい合ったテーブルの先。デンジが身を乗り出して、もう一度なんで、と繰り返した。「どうして対象にならない?俺もだけど、オーバも」じっと見つめてくる目線から目を逸らすのは酷く簡単で、気まずい気持ちを押し殺すように私は逃げる。

そういった関係にどちらかとなってしまう、そんな未来は本当に考えたことすらなかったのである。大好きな緑色と黄緑色を基調にした部屋に、私とポケモン達しかいなかった部屋にデンジとオーバがいる。それだけで十分に満たされていたから……満たされた現状に慣れてしまった今、私は酷く刺激を欲している。そしてその刺激はデンジから与えられるものではない。当然、オーバから与えられるものでもないのだ。


「……だって、どっちかを選んだら、こんな風には二度となれないでしょう」


少ない時間を縫って、私に会いに来てくれる二人はもう私にとって家族も同然で。そして会いに来てくれる理由が私のことを好いていてくれるからで。(好いているということが、決して恋愛感情とは限らない)もし私がデンジかオーバの、"どちらか"を選ぶ選択を迫られたら私はこの日常を手放したくないばかりにその選択を見なかったことにしてしまうだろう。そうして二人を同時に失うのだろうとぼんやりと頭が考えた。


「ねえ、デンジ」
「…なに」
「私、やっぱり恋なんてしなくていいわ」
「なんでだよ」
「二人とこうして過ごせなくなるの、嫌だもの」


なんだかんだ、心地の良いこの空間が好きだ。耳元で小さくすうすうと寝息を発するオーバのアフロにカップから離した片手を埋めた。柔らかなこの髪が私は好きだ。デンジがすうっと目を細めたけれど、見ないふりをして再び本に目を落とした。


**


それは恐らく本人も自覚していないぐらいの、やんわりとした拒絶だった。

自分の為に用意されたカップに口をつけながら、ばっかじゃねえのと心の中で毒づいた。目の前には好きな女が、親友の頭を肩に乗せて静かに本を読んでいる。オーバを今すぐ跳ね除けてしまいたい衝動に駆られながらもそれをぐっと押さえ込んでいるのはどうしたって、こいつが、名前がそれを拒絶するからだ。三人でいたい、なんて我が儘を言うから。そしてそれを俺たち二人が、出来る限り叶えてやりたいと思っているから。

薄く目を開いたオーバをちらりと見やると、少し呆れたような顔をしていた。思わず溜め息を吐いしまった俺は悪くない。「なあにデンジ、どうしたの」「…なんでも」本から目を逸らさずに俺の溜め息を拾った名前は、そっかと小さく呟いて再び意識を本に戻した。そんな様子を一番近くで見ていたオーバが少しだけ口元を緩ませる。目に同情の色を浮かべたまま名前を見つめるオーバは一体、何を考えているのだろう。

俺だってこの、三人でいる穏やかな時間が嫌いなわけじゃない。寧ろ好きだし、心地良いと思う。けれど確実に永遠は無いし、名前は後に必ず決断を迫られることになるだろう。そして俺とオーバは必ず名前に決断を出すことを強いるだろう。結論を出すのが遅くなれば遅くなるほど、名前は傷つくのだろうから。

名前に依存されているのが、例えば俺かオーバのどちらかだったらこんな風にはならなかったのかもしれない。"三人で"にやたらと拘る名前は時折とても幸せそうな表情を浮かべる。その度に俺は心を締め付けられるような気持ちになるのだ。名前に幸せを与えるのは"俺とオーバ"ではなく"俺"がいいのに。




鳥籠姫の願い事



(2014/03/31)

企画より夏川様に捧げさせて頂きます。大変遅くなってしまって申し訳ございませんでした…!
ほのぼのを模索していた結果、情景だけはほのぼのしているほのぼのではない別の何かに…なってしまった上に地味にデンジさん寄り…いや!オーバさんを!肩に乗せているので!セーフです全然大丈夫です何かはわからないけどとにかく…とにかく!

実は張り切って分岐を作って、オーバさんとお昼寝ルートも書いてたんですが強制タブ開き直しによりオーバさんが消え去ってしまわれたので泣く泣くデンジさんのを少しだけ書き足して出した次第です…お待たせしてしまっていた理由が先程吹っ飛んでしまって心が折れそうなままこれを書いています…
夢主は二人に依存しまくりの寂しい子のイメージです。恋愛感情はほとんど無し。ただ、迫られたら意識するかもしれないです。ただ恋愛感情を持ったまま迫られると本能的に拒否してしまう感じ。二人のことは家族同然だと思っていて依存しています。あれっ穏やかな午後を書いていたはずがどうしてこうなったんでしょうイミワカンナイ

な、なにはともあれいつも本当にありがとうございます…!こんなつまらないやつにいつも構ってくださって、夏川様には本当にいろいろ、頭が上がらないばっかりで…!;;まずはお疲れ様と、おめでとうと、大好きですを!これからも心から大好きですし愛しております!ぜひ受け取って頂ければ…!

(本人さまのみお持ち帰りが可能です)