はちみつに落ちたテリトリー(オズロック/歌音様)


どんな人にも隙というものはあるらしい。


「……うそ、寝てる?」


思わず口元を抑えて、確認するように小声で囁いた。落としそうになった書類を慌てて抑えてからそっと、部屋に足を踏み入れる。一歩一歩、音を立てないように細心の注意を払いながらデスクに近づいて確認してみると、まさかのまさか。緩やかに上下する肩と、耳を澄まさなければ聞こえないぐらいの寝息。

煽られた好奇心は止まらない。和解して王宮で働くようになったオズロックだが、普段からとても厳しくて一部からはとても恐れられている。そんな彼とビジネスパートナーとも言える関係で繋がった私は、オズロックを酷く苦手としていた。私の意見をことごとく折り、且つそれよりも良いと認めざるを得ない意見を次々に繰り出してくるからだ。今日だって書類を渡すだけ渡したら逃げ帰って自分の雑務を片付けてしまうつもりだった。それがどうだ、オズロックの寝顔はまるで普段の厳しさだとか、冷たさを一切感じさせないのだ。ファラムの人間とは少し違う肌の色と、髪の色。

おそるおそる覗き込んでみると、オズロックの睫毛は長いんだなんて発見もあった。鼻は高く、パーツは綺麗に配置されている。(認めるのは少し悔しいけれど)綺麗な色をしている瞳が閉じられていたのが少し寂しかったのは何故だろう。

――とにかく、こうもまじまじとオズロックを見たのは初めてだった。


「うん、……普段はすっごい嫌味なのにな」


こうしてみるとただの綺麗な男の人で、少しどきどきしてしまう。普段の仏頂面を少しでも緩めれば王宮のメイド達だってオズロックのことをもう少し、違った目線で見るようになるに違いない。そう考えるとオズロックは普段からその仏頂面で損をしているんだなあ、なんて思ってしまった。世間的にも苦労をしているだろうに…だから疲れが溜まって、こんなところで私に寝顔を晒しているのか。

イクサルフリートの面々が王宮での仕事に携わることを、良しとしない人たちの中には表立ってオズロック達を批判する輩もいる。そうした輩に限って彼らより仕事が出来なかったりするものだから、私は完全に逆恨みだとか嫉妬だとかの類だと思っているしオズロック達もそう受け止めてそんなに気にしていないと思っていたんだけど…そうじゃなかったのかも。当事者としてはやはり、心を痛めていたのだろうか。「ストレスが貯まるのはまあ、分かるけど…」こんなところ、見られでもしたら奴らの格好の餌じゃない。

思わずそう考えて起こそうと腕を伸ばしたけれど、流石にそれは可哀想かな、なんて思って腕を引っ込めた。睡眠時間だって私と同じ、いや私より少ないのかもしれない。少しぐらい、彼に休む時間を与えたって誰も怒らないだろう。恨むべきファラムの人間がこんなに近くにいるのに目を覚まさないぐらいに疲れているのなら尚更だ。

自分の上着を脱いでオズロックの肩に掛ける。メモとペンを取り出して、簡単にメッセージを書き込んだ。メモをオズロックの前に置き、データの入ったチップを乗せる。ついでに仕事(恐らく、オズロックが片付けようとしていた作業)の書類を取り上げてざっと目を通した。これだけで思わず呻いてしまいそうなぐらいに面倒くさい。


「……今日だけだからね」


普段はお互いに頼るなんてしない、パートナーと言えないパートナーな私達は傍目から見れば上司と部下だ。それは私とオズロックの実力の差であり、まだ埋めることの出来ない溝だった。けれど、たまには助け合ったっていいと思うのだ。少しづつ溝を埋めていけばいつか対等になれると信じてみてもいいのかもしれない。


「無理しないで、ゆっくり休んでよ。たまには私に任せて」


ファラム人に任せるなど、と言われそうな気がしたけれどこの際無視してやる。むしろケチのつけようもないぐらいに完璧に仕上げて唸らせてみせる!


**


名前が息巻いて部屋を飛び出して言った後。

目を開いたオズロックの眉間には皺が寄り、口元は不機嫌そうに真一文字を結んでいた。が、ぱたぱたと走っていく足音が聞こえなくなったところで真一文字が緩んで溜め息が漏れる。「……」迂闊だった。まさか一瞬、意識を飛ばしていたのか。

気が付けば部屋の中には名前がおり、状況を認識した時には既に目を開けるに開けられない状況になっていた。目の前に顔を近づけてきた彼女を突き飛ばしておけば良かったのだろうか。動けば簡単に顔と顔がぶつかりそうな距離で、目を開ける前にまじまじと見られていることを認識して…眠ったふりがバレなかったのもある意味驚いたが。イシガシが相手ならば恐らく通用しなかったであろう、下手くそな芝居が通じたのは幸いだった。

姿勢を伸ばしたことにより、ずるりと肩から落ちていった布を掴む。名前がいつも身に付けているその上着。名前はこれをここに置いていって良かったのだろうか。恐らくいつものようになにも考えず行動したのだろう。後々ここに忘れてきたどうしよう、と頭を抱えて別の上着を探す名前の姿は容易に想像出来て思わず笑ってしまった。


「……悪くない、な」


自分も丸くなったものだ、とオズロックは思う。「…片付けて貰えるのならかなり楽だ」目の前の電子チップとメモを手に取ると、知らぬうちに口元が緩んでいたようだった。お疲れ様、の文字に心が穏やかになっていく。しばらくはスパルタを辞めるつもりはないが、今日のあのデータを起こす作業の出来によっては褒めてやってもいいかもしれない。



はちみつに落ちたテリトリー



(2014/03/16)

...Rosy note様

企画より歌音様に捧げさせて頂きます。

甘さが無いかも…と思いつつ、オズロックさんの寝顔(というか隙)を見てみたい!と思って書きました。ボツにしたものよりはほのぼのしてて緩いというか、シリアスの要素を一切入れないように自分に課題を入れながら…無意識に両思いというか、戦いが終わって丸くなったオズロックさんと恐らく後に結婚までこぎつけそうだなあって感じの夢主が書きたい!って思ったのもありました。楽しんで頂ければ幸いです。

ラスボスなのにマイナー枠に入ってしまったオズロックさんですが、書かせて頂けて本当に楽しかったです;;ありがとうございました!

(本人さまのみお持ち帰りが可能です)