すれ違いざまに振り向かれたり、じっと見られることには慣れてる。しかし、今日の人々の視線は、アガトルテと、そしてその肩だ。
「あら、アガトルテ。今日は随分と可愛らしいお供がいるのね」
そうからかうように笑いを含んで声をかけてきたのは、街の薬師の一人だ。亜麻色の髪の、柔らかな雰囲気の女性は、口に手を当てくすりと上品に笑う。
久々に目にした彼女の姿に、アガトルテは足を止め彼女に向き直った。
「シンシア。戻ってたのか」
「ええ、昨日帰って来たのよ」
そう言って、長い髪を耳にかける彼女のその手に、似つかわしくない包帯を見てアガトルテは眉根を潜めた。
「怪我か?」
「え?ああ……少しね」
手首の包帯をそっと撫で苦笑するシンシアは、目が覚めるほどに美しい。通行の邪魔にならないように道の端へと寄ったにも関わらず、人々が目を見張りその歩を鈍くさせるほどだ。
「大丈夫か?」
「ええ、手は普通に動くわ。薬も作れるから、安心して」
「そうじゃなくて……」
「ふふ、心配してくれてありがとう。本当に大丈夫なのよ?」
「なら、良いけどな……」
薬師である彼女が大丈夫だと言うのであれば、それを信じるしかない。彼女は怪我を治す薬を作ることが得意だ。そんな彼女は、そこらの医者に勝るとも劣らない怪我への知識はあるのだ。
「それより、その肩の蝙蝠さんはどうしたの?随分、貴方に懐いてるみたい」
「それが、一昨日、家の前で倒れてたんだ。放っとくのも目覚めが悪いしな、手当したんだ」
「あら、そうなの。良かったわね、蝙蝠さん。アガトルテみたいな優しい人に拾われて」
アガトルテの肩に乗る蝙蝠に、シンシアはにこりと微笑み話しかけた。蝙蝠は、そんな彼女を赤い目で見つめている。アガトルテの肩を掴む小さな手の力が、少しばかり強くなった気がした。
「でも、いったいどこからやって来たのかしら?」
「それは俺も考えてたんだ。この辺りに洞窟は無いからなあ」
「そうよね……いるとしたら、あそこかしら。あのお城」
「グリムワース城か?」
「そう。ほら、あそこって廃城でしょう?蝙蝠住んでそうよね。それに」
そこで一度彼女は言葉を切って、さり気なくきょろりと辺りを見回した。それから、声を潜めて囁くように言う。
「昨日、あそこに王都の騎士様方がいらしたんでしょう?それにびっくりして、こっちまで出てきちゃったんじゃないかしら?」
なるほど、そうかもしれない。
「おまえは、あの城に住んでたのか?」
「きっ」
「この返事はどっちだろう……」
「ふふっ」
首を傾げるアガトルテと、赤い円らな瞳でアガトルテを見る蝙蝠。そんな一人と一匹を見上げて、シンシアは朗らかに笑う。ふわりと花が綻ぶような笑みは、街一番の美女と称されるのも頷けるほど美しいものだった。
「可愛いわね、貴方たち」
街の人々には、よく、アガトルテとシンシアはお似合いだと言われることがある。確かに彼女は美しいし、優しく気立てが良い。しかし、お似合いだと言われても彼女に自分が釣り合うとはアガトルテには思えなかった。
その為、幾人もの男を虜にしてきたその美しい笑みを前にしても、アガトルテは見惚れはするが、彼女に惹かれる想いは無かった。好ましくは、思っているが。
そしておそらく、彼女もまたアガトルテのことを好ましく思ってはいるだろうが、恋心のような類は持っていないだろう。
周りからは互いを勧められるが、本人たちからすれば互いは友人でしかないのだ。
「そう言えば、昨日で思い出したけれど―――」
「シンシア嬢!」
シンシアが何かを言おうとしたが、その言葉は彼女を呼ぶ声によって途切れた。シンシアは目を見開き、慌てて振り返る。
アガトルテは、彼女の肩越しに一人の女性がこちらへと大股で歩いてくるのを見た。
きき、と肩の上でガルが声を漏らした。その鳴き声はどこか刺々しい。
歩いてきたのは、豊かな赤い髪を胸まで垂らした女性だ。鈍色の鎧を身に纏い、その上からマントを羽織り、その腰に二振りの剣を差していることから、彼女がどうやら冒険者の類であることがうかがい知れる。
少なくとも、昨日この街を訪れた騎士とは思えなかった。
前髪を後ろに撫でつけているため露わになった彼女の額には、痛々しい傷跡が走っている。しかしそれを何の躊躇いもなく晒していることから、その傷は彼女にとって不名誉のものでは無いのだということが分かる。
彼女は早足で此方へとやって来ると、じろりとアガトルテを睨みつけた後、シンシアを見下ろした。彼女はシンシアよりも頭一つ分は背が高かった。
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2017.4.9〜
BAT ROMANCE