トントントン、とドアが叩かれる音で、はっとアガトルテは目を見開いた。
顔を上げれば、窓から差す夕焼けの赤さが室内を照らしていた。
どうやらソファの上で眠り込んでしまっていたらしく、ふるふると頭を振ってアガトルテはソファから起き上がった。
「グランヴァールさん!」
遠くから呼びかけの声を聞き取り、あの扉のノック音はどうやら来訪者を告げるものだったらしいと分かった。声の主は、おそらく近所の人間だ。
立ち上がり、足早に玄関へと向かう。
「すみません、寝ていて……」
謝罪の言葉は、開けたドアの先を見て尻すぼみになってしまった。
そこにいたのは、どこか固い表情の近所に住む中年の男と、武装した騎士数人だった。
は、と息を呑む声がして、呆けていたアガトルテは我に返る。
少しぼさぼさになってしまっていた髪を梳きつつ、戸惑い気味に口を開いた。
「あの……いったい、どうされたのですか?」
「少々、お話を伺いたい」
そんなアガトルテの言葉に答えたのは、騎士の中でも兜で顔を隠していない騎士の男だった。女性的な顔立ちをしているが、体格やその声から男性だとは分かった。
アガトルテよりも頭一つ分は小柄な騎士だが、何となく、自分より強いのだろうということは分かる。
「お話?」
そう尋ねつつ、ちらと近所に住む男を見れば、困り切った顔で首を振っていた。
「ええ。さほどお時間は取らせない……灰色の髪の男を、目撃していないだろうか?」
「灰色の髪の男……?」
「ああ。背の高さは2m近く、体格も良い男だ。見た目は40〜50歳ほどで、古臭い貴族服を纏っている」
そう言われて、何かが引っ掛かって考えこむが、結局記憶には無くて首を振った。
「いや、俺は見ていないです……騎士様方は、その男をお探しで?」
「ああ」
「……いったい、その男は何をしたんですか?」
単純に好奇心だった。
先日、近くのグリムワース城に騎士団が派遣されたと聞いた。あの何もない古城にいったい何の用があるのかと不思議に思ったものだが、もしこの目の前の騎士たちがその騎士団の一員だとすれば、騎士団の目的は古城ではなく、その灰色の髪の男なのだろう。
「君には関係ないことだ。詮索はするな。興味を持つな。ただし、その男を万が一見かけたら、必ず我々に申告するように」
そうにべもなく告げた騎士の男は、もう用は無いとばかりに踵を返した。ひらり、とマントが舞うさまは、彼の美貌も相まって酷く麗しく見えた。
「この辺りに住むのは彼が最後か?」
「え、ええ。あ、いや、ばば様がおりますが……」
「ばば様?」
「はい。そろそろ100歳も近そうな、ちょっとばかしボケの入ったご老人です。ただ、やたらと元気な所もあって、街中をうろうろしていてあまり家にはいないのです」
「そうか。とりあえず、その老人の元へも案内してくれ」
「はあ」
どうやら、近所の男は騎士様方の案内人を仰せつかっているらしい。早く帰りたそうな顔をしつつ、老婆の家の方へと騎士たちを連れて行きはじめる。
「……ん?」
ふと視線を感じて、家に入りかけたアガトルテは顔を上げた。甲冑の騎士の数人がじっとアガトルテを見ていた。
兜で顔は見えないが、目は明らかにアガトルテを見つめている。
どこか、ねとりと絡みつくようなあまり愉快ではない視線だった。顔を顰めそうになるが何とか押しとどめて、誤魔化すように小さく笑い、一つ会釈をして、アガトルテは自宅へと入った。
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2017.4.9〜
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