回る世界と双子の日常

俺らの日常

 坂巻啓志には、双子の兄がいる。瓜二つの顔で、同じ身長の、双子の兄だ。
 体重は若干あちらの方が軽いだろうが、それも多少の差で、同じ格好をすれば見分けることは困難だろう。もしかしたら、実の両親さえも間違えるかもしれない。

 だが、実際に見分けがつかないことなど、あり得ない。

「ねぇ、ホントにケイちゃんと王子って兄弟なの?」
「ハ?」

 昼休み、よくつるむ友人と屋上で食事をしていた啓志は、三島兄妹の妹の突然の発言にぴくりと眉を動かした。額に青筋を立てた啓志から眼光鋭い瞳を向けられたにも関わらず、三島加奈子は、意に介した様子もなくアレ、とその華奢な指で一点を指差した。
 その指の先は、屋上から見える中庭を示している。そこを見た啓志が、持っていた苺ミルクの入ったパックを握りつぶした。残っていたらしい中身がぶしゃ、と噴出し側にいた黒髪の男子生徒を襲った。

「げぇっ!!おい、飛んだぞ!」

 ぎゃあ、と騒ぐ男子生徒に「うるせぇぞ、佐伯!」と怒鳴り軽く足蹴した啓志は、中庭を忌々しげに見ている。
 中庭には、二人の男女がひっそりと立っていた。対峙している二人は、屋上から見られていることに気付いていないようだった。
 女子生徒は屋上側に背を向けているから顔は分からないが、それに向かい合う男子生徒の顔が分かった。己と同じ顔の、気に食わない男が、女子生徒の言葉を聞いているのか、頬をかきながら軽く頷いている。

「お、おまえの兄ちゃんじゃん。また告られてんの?超モテるよな、あいつ。羨ましい」

 くしゃくしゃになったハンカチで襲ってきた苺ミルクの残滓をぬぐう佐伯は、中庭を見てしみじみと呟いた。あ、と小さく声を上げ、さり気なく距離をあけた三島兄妹には気付かない様子だ。

「いでぇ!!何だよ……ひぇッ」

 再度蹴りが飛んできて、佐伯がべしゃりと屋上の床に倒れ込む。すぐさま起き上って抗議の声を上げようとしたが、啓志を見た佐伯は情けない声を上げて黙り込んだ。
 啓志は立ち上がり、中庭を見下ろした。

 その隣に立った加奈子は、中庭を見下ろす啓志の横顔をじっと見てから中庭へと視線を移し、また啓志を見ると、パンをくわえながらもごもごと言う。

「よーく見れば同じ顔なのに、全然兄弟に見えないね」
「けっ。あんな奴と兄弟に見られないなら清々すらぁ」
「えー?なんで?アタシは辰巳と兄妹に見られなかったら悲しー」
「俺も悲しー」
「だよねー」
「うるせぇブラコンシスコンども」
「えー、アタシら確かにお互い大好きだけどぉ……ケイちゃんにそんな顔で見られるのはぶっちゃけ心外だわ」

 いつの間にか加奈子の隣に立った辰巳が、妹と顔を見合わせ同意し合うのを啓志は気味が悪そうに見た。
 そんな啓志を、加奈子は探るような目つきで見た。その視線に含まれた意味が分からず、しかし自分にとって不愉快な意味が込められているようにも感じて、啓志は眉間に皺を寄せる。

「……ま、良いけど。あ、女の子、走ってっちゃった。また王子様は振ったのかー」

 加奈子の声につられて中庭に目を戻せば、走り去っていく女子生徒と、その背を見送る清志が立ち竦んでいるのが見えた。
 清志はおもむろに自分の髪をぐしゃぐしゃとかき乱すと、眼鏡を取る仕草を見せた。

「え、なんか後悔してる系?」
「お、もしや本当は好きだったけど何かの事情があって振ったとかそんな展開か?」
「なにその少女漫画!あまずっぺー!」

「ハァ?なに言ってやがる。ありゃ、上手いこと振れなくて女泣かせて困ってるだけだっつーの。情けねー奴」

 好きでもない女なんざ気にせず振れば良いのに昔からそうだ。馬鹿馬鹿しいことで悩んで、阿呆極まり無い。でもあの情けない困った面は見てて気分が良い。そう思ったことを啓志が告げると、わいわいと騒いでいた三人は一瞬黙り込んだ後、顔を見合わせた。

「……ケーシってさあ」
「ケイちゃん……」
「前からいろいろ思うことはあったけどよー……とりあえず、よくこっからお兄ちゃんの困った顔が見えたな?」
「俺の視力は2.0だからな。それに、あいつの情けねー顔見逃してやるかよ!」

 にや、と笑えば、加奈子はにっこりと笑って「えー、超目ぇ良いじゃん」と返してきた。そういう問題じゃなくね、と佐伯がぼそりと呟いている。

 そこで、中庭にいた清志がふと顔を上げた。ばちり、と眼鏡の奥の目と目が合った気がして、啓志は一瞬固まる。
 太陽が眩しいのか、手を顔の上で翳すように持ってきた清志は、先程までの困った顔を消して怪訝な顔で屋上を見上げていた。
 風がふわりと吹き、己と違い整髪料で固められていない髪が柔らかく靡いたのを見た。

「太陽に照らされる王子、マジ王子。やっば」
「こうして見ると、モテるの分かるなー。遠目で見ても超イケメンじゃん」
「つーか、坂巻いつまで苺ミルク持ってんだ?」

「ッ!!こっち見んじゃねぇよバァカ!キモイんじゃ!!」

 は、と我に返った啓志は、持ったままだった潰れた苺ミルクのパックを中庭に勢いよく投げつけた。
 そのパックが屋上を見上げていた清志の顔に勢いよく当たるのを見た啓志は、中指を立てて舌を出し「ざまあ!」と嗤う。
 咄嗟に膝をついてしまったらしい清志が屋上を見上げる目線は先程とは異なり、険を帯びていて、啓志はにやにやと笑みを隠し切れなかった。隠すつもりもなかった。
 間抜けな醜態をさらした兄を指差しげらげらと笑った啓志は、「あー、良い気分だ!」と言いながら踵を返した。

 上機嫌に屋上を後にする啓志を、「いや、なんだこれ?!いきなりすぎてビビるわ!」と佐伯が追っていく。
 屋上の手すりに頬杖をついた加奈子は、その二人を見てから中庭に目線を逸らした。
 顔に手を当て、肩を竦めた友人の兄は、地面に落ちた苺ミルクのパックを拾い上げていた。それを近くのごみ箱に放る姿を見て、辰巳は感心したように呟いた。

「マジ、血ぃ繋がってんのかよ、あいつら」
「よーく見れば、同じ顔じゃん」
「世界には同じ顔した人間は3人いるって言うからなー。でも、もう1人同じ顔いたらケーシの血管やばそうだ」
「んー……どうだろねー。同じ顔が問題じゃないと思うのよ、アタシは」
「うん?」
「アタシとタツ、仲良しじゃん」
「まーな」
「ケイちゃんと王子は、まあ、超仲悪い、って言われてんじゃん?」
「まあ、ケーシもだけど、あっちも仲は良くない、って言ってるみたいだし」
「でも、アタシらとそう変わんないと思うんだよねー」

 最後のパンの一欠けらを口の放り込み飲み込みながら、加奈子は言う。辰巳は、ちらりと中庭を見下ろしてから、面白そうに目を細めた。

「カナもそう思うか?」
「うん」
「俺もそう思う」
「マジ?やば、超以心伝心なんですけど」
「まあ、でも、あいつらは俺らとはちょーっと、違うかもだけどな」
「アタシもそう思うよ」
「超以心伝心だな」
「ね」


 ちなみに、その日の放課後まで啓志の機嫌は良かったが、放課後になってバイクが無いことを思い出し芋づる式に朝の登校時許可なく置いて行かれたことを思い出した啓志の機嫌が地の底までに落ちたのは言うまでもない。



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