もっと幸せになりたいの


「あーあ。お兄さま、ついに結婚しちゃったなあ」

 頬杖を突き、ぼんやりとそう呟くアレクの前に、ことりと静かにティーカップが置かれた。途端にハーブの匂いがふわりと香って、アレクはそれを置いた人物を上目で見上げる。

「ありがと、ギース」
「……いや」

 ぼそりとそう言い首を振ったギースは、アレクの向かいの椅子に静かに腰かけた。そして、自分のハーブティーを一口すすっている。
 そんな彼を見て、また、アレクは言う。

「結婚式の時のお兄さま、格好良かったよね。鬼将軍には勿体無ーい」

 ぶう、と頬を膨らませるアレクに、婚約者は暗い瞳はそのままに、小さく唇を引き上げた。

「ヴィラン将軍では不満か?」
「不満じゃないけどさぁ、……僕としては大好きなお兄さま取られたって感じなの」
「……アレクは本当にシャルティーダ様が好きだな」
「当たり前でしょ。だーい好き!」

 にっこりと笑って、アレクは注がれたハーブティーに口を付けた。ハーブの良い香りに目を瞑り堪能するアレクは、目を瞑ったまま、ふふ、と小さく笑い声を漏らした。

「でも、ギースも大好きだよ。お兄さまとは違う意味でね」

 そう言うと、アレクは目を見開き、ギースの左手首を掴んだ。その拍子に、カラン、と何かが音を立てて床へと落ちる。
 それをちらりと目で追ったアレクは、笑みをそのままに「怖いなあ」と呟いた。
 床に落ちた銀色のナイフは、カランカランと数度音を立てた後、静かになった。

「………」
「ふふふ。ちょっと妬いちゃった?」

 ギースが暗い眼差しでアレクを見つめる。それを真正面から見返すアレクの目に、恐怖は一欠けらさえ無かった。

「あのさ。僕がお兄さまを大好きなのは昔も今もこれからも変わらないよ。って、何度も言ってるよね?」
「……分かってる。分かってるさ。兄弟愛だろう?」
「もちろん」
「……でも、駄目なんだ。分かってるが、どうしようもない。シャルティーダ様のことは尊敬しているし、敬愛もしている。いずれ、義兄と呼べる日が楽しみなのも事実だ、だが……おまえの愛を向けられているあの方が、憎らしくもある」

 変わらない表情。だが、その目は嫉妬に揺れる黒い炎で燃えている。
 年上の婚約者の、禍々しく重たい感情に、アレクはぞくぞくと背筋が粟立つのを感じて、ぺろり、と唇を舐めた。
 それはとても蠱惑的な表情で、ギースの視線が鋭くなる。

「駄目だよ、ギース。お兄さまに何かしたら、怒るから。でもね、でも」

 ギースの暗い目の中に写る金髪の少年は、くふ、と淫靡に笑った。

「嫉妬はしてね。僕がお兄さまのことを大好きなことに、慣れないで。ううん、シャルティーダお兄さまだけじゃない。お母さまやお父さま、ルドガーお兄さま、クリオラ。他にもいっぱい、大好きな人はいる。僕が彼らのことを大事に想っていることに、嫉妬でその身を焦がしてね」
「……酷いことを言う」

 ぼそりと呟かれた言葉に、アレクは呆れたように肩を竦めた。

「だって、彼らを大好きな僕が、一番好きでしょう?」

 年下の少年のその言葉に、ギースは一度目を閉じると、がっくりと肩を落とし、テーブルに顔を伏せた。
 そんな彼の髪を優しく撫でながら、アレクは歌うように言葉を紡ぐ。

「僕は嫉妬に燃える暗い目を向けてくる貴方が好き。そして、嫉妬する貴方を欲する僕、も好きでしょう?歪んでるよね、僕も、ギースも。ちょっと狂気入ってるんじゃないかなって思うときもあるよ。あはは、でも、これが僕らだ」

 ゆっくりと顔を上げたギースの顔は、ほんの少し、情けなく歪んでいる。
 それを見つめる少年の目は、歳不相応に静かで、そして慈愛に満ちている。

「……私は、おまえが好きだ」
「そう。僕もだよ」
「殺したいほどに、好きだ」
「嬉しい。でも、殺されてなんかやらないよ」

 床に落ちたままだったナイフを蹴り飛ばせば、それは甲高い音を立てて滑って行った。しかし、ギースはそれにちらりとも目を向けなかった。

「早く結婚したいね、ギース」
「ああ」
「お兄さまも結婚したし、次は僕らかな。ルドガーお兄さまはあれ当分結婚しないだろうし」

 アレクは、ギースの額にキスを落とす。アレクをぼうっと見つめるギースの目は、やはり昏く澱んでいる。
 好きだなあ、とアレクは内心でしみじみと呟いた。

 無表情の鉄仮面で、常に冷静。仕事は優秀で、いずれは宰相と誉高い男。そんな彼の中身は、酷く不安定で物騒で壊れていて、哀れで愛おしい。

「好きだよ、ギース」
「……物好きだな」
「好きじゃないって言ったら怒る癖に」
「当たり前だ」

 無表情ながら拗ねて見せるギースに微笑んで、アレクはしんみりと、言った。

「お兄さま、本当に格好良かったな。白いスーツ似合ってた」
「………」
「………幸せに、なってくれると良いな」

 テーブルに顔を伏せていたギースの真似をして、アレクもぺたりとテーブルに頬を付けた。その金髪を、優しく梳くのはギースの手だ。

「もし、シャルティーダ様が幸せではなかったら、その時は」

 そう言って言葉を切ったギースを見れば、じっと暗い目がアレクを見ていた。く、とその口角が歪に歪む。

「手伝おう」
「ふ、ふふ!未来の宰相様は心強いなあ」

 にこりと笑って、アレクは上機嫌に足をプラプラと揺らした。

「ギースも、結構お兄さまのこと好きだよね」
「……そうだな」
「僕のお兄さまだから?」
「それもある」
「ふーん」
「……嫉妬したか?」
「ぜーんぜん!嬉しいだけ!」

 その言葉に違わず、心底嬉しそうな顔をしたアレクは、伏せていた顔を上げて頬杖をつく。瞼を閉じれば、白磁の肌に、金色の睫毛が影を作った。

「早く結婚して、僕らも幸せになりたいね」
「今は幸せではないか?」
「まさか!すっごい幸せ。でも、結婚して、僕らが互いに逃げられない鎖で繋がれるのって、すごく甘美だと思わない?」

 その言葉に、ギースはしばし考える。そして、こくりと一つ頷いた。

 頬杖をつく婚約者を見つめながら、ギースはぶらりと下げていた右手を、ポケットに突っ込んだ。
 かさりと小さな音を立てたそれをポケットに収めて、一つ溜め息をつく。

「何だかんだ、結局殺せないんだから」

 毒の入っていないハーブティーを飲みながら微笑む婚約者を、やはり殺したいほどギースは愛していた。


END.



ギースとアレクのお話でした。
この二人はヤンデレというか、明るく(?)病んでるカップルです。
アレクを殺したいくらい愛してるギースと、病んでるギースが大好きなアレクです。
今後、という感じのお話になっているかは分かりませんが、とりあえずそろそろ結婚すると思います、多分。

Naomi様、リクエストへのご参加ありがとうございました。
楽しんで読んでいただければ幸いです。

 

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空の王子と鬼将軍_完結記念企画
2017.2.8〜