たなばた1
陸奥×美湖


「陸奥さん、たなばたやりましょう!」

かすかに夕陽が差し込む狭い宿の一室。
書類に走らせていた筆を止めふと顔を上げると、襖の隙間から微かに何か揺れているのが見える。


「その声は…。」

聞き覚えのある声にはじかれるように重い腰を上げ、襖を開くと視界に飛び込んで来たのは、薄暗い廊下を覆い尽くすように横たわる立派な竹。

「…どこから持って来たんだ…」

わさわさと揺れるソレを少し掻き分けると、そこには先日この宿を教えたばかりの天野が笑顔で立っている。


「竹と、短冊もあります!陸奥さんと一緒に願い事書きたくて!」

走ってきたのか、途切れ途切れに言葉をつなぐ。
今まで頭の中を埋め尽くしていた小難しい言葉たちが、スッと抜け落ちていくのを感じ、おれは小さくため息をつく。
今日はもう仕事になりそうにない。天野に付き合う事にしよう。


「立派な竹だな…この部屋には入りきらないだろう。ひとまず廊下に置いて、中に入ってくれ。」

掻き分けていた手を離すと小柄な天野はまたすぐに生い茂った葉の陰に隠れてしまう。
女1人の力では持ち上げることもできないような立派な竹だ。
恐らく陸援隊の誰かにここまで運んでもらったんだろう。

「竹も、お部屋に…よいしょっ」


さらさらと葉を揺らし、竹ごと部屋に上がろうとする天野。

ここは狭い階段を上がってすぐの小部屋だ。
中まで持ち込むのはまず無理だろう。
窮屈な廊下につかえて、竹はギシギシ悲鳴を上げている。

「引っ張るな。へし折るつもりか?ほら、一人で入って来い。」

「はい…。」

天野はしぶしぶ竹から手を離すと、短冊を懐から出しながら部屋へ入って来る。
すごい量だ。
特大の竹といい、誰だこんなに天野を甘やかしているのは。…田中か。


「そんなに願いがあるのか?天野。」

ほとんどの短冊には既に何かしら書き込まれているようだ。
よく見ると見慣れた字が多い気がする。


「これ、坂本さんと長岡さんが集めてくれた海援隊のみなさんの短冊です。」

「海援隊…わざわざ全員分を?本部も支部も遠いんだぞ?」

「坂本さんが事前に提出するようにってみなさんに書かせて、送ってもらったみたいです。」

「そんな面倒な事を何故…」

いや、やりかねないか。あの人なら。
思いつきをそのまま実行に移すからな。…でも。

「おれは短冊を預かっていない。今から書いて坂本さんの所まで届けるのか?」

「あ、願い事を書くのは今からですけど坂本さんに届けたりはしません。陸奥さんのところにみんなの短冊を集めたんです。」

「おれのもとに集めてどうする?飾り付けを押し付けられたという事か…」

なんとなく話が見えて来た気がする。これからこの部屋が隊士のたまり場になるんだろう。



「あの、これ。読んでみてください。みんなが書いた願い事。」

天野が短冊の束を纏めてそっとおれの膝元まですべらせる。
訪ねて来た時のまま、表情は柔らかい。
海援隊士の願い事など大体想像はつくんだが…。

短冊の山を上から順にめくってみる。


『陸奥くんの愛想が少しでもよくなりますように』

『陸奥がこれまでの借金をなかったことにしてくれますように』

『陽さんがケンくんに腕相撲で勝てますように』


何なんだこれは。

筆跡と内容で誰が書いたものなのかは分かる。
でも何故おれの事ばかりを?


「陸奥さん、今日はぼうずでいです!」

「坊主…何を言ってるんだお前。」

「はっぴーぼうずでいです。」


ああ、成る程。

あまりに原型からかけ離れた発音に思わず笑みがこぼれる。
以前教えた“happy”だけはしっかり覚えてくれているようだ。


「それを言うなら、HAPPY BIRTH DAYだ。誰に習った?」

「坂本さんから教わりました。これからはみーんなで、大好きな人の生まれた日をお祝いするようになっていくって。」

「…そうか。あの人はそういう祝い事や行事が好きだからな。」


海援隊士は入隊時に生まれた日を必ず聞かれ、入隊したその日に歓迎パーティーもやる。
あらゆる国から楽しめそうな行事や祭りをかき集め、実行する事が隊士達の楽しみになっているようだ。
おれには正直肌に合わないのだが、隊長を筆頭に基本的に祭り好きが多いので、すべて強制参加だ。


異国ではすべての人間にとって生まれ落ちた日が記念日であり、家族や親しい者達とそれを祝う習慣があると。
坂本さんがBIRTHDAYという単語とその意味を知った時、他のどの単語よりも興味を示し、喜んだ。
年に一度、身分も年齢も性別も関係なく、誰もが祝福される1日があること。

この国には無い習慣だが、海援隊の目指す日本にはBIRTHDAYが必要なのだと坂本さんは言う。
だから、まずはおれ達から浸透させるのだと。

この竹も、そういう事なのだろう。
新しい習慣を欠かさず行い根付かせることも海援隊の活動の一つ。
…中岡さんあたりに言わせれば、やはり単なる祭り好きの集まりに過ぎないのかも知れないが。



「陸奥さんは、ばあすでい嫌いですか?」

短冊の山に目を通しながらため息をつくおれを覗き込み、天野の表情が曇る。

「いや、嫌いじゃないが…。この竹と短冊がプレゼントという事でいいのか?」

「プレゼントとは、贈り物という意味だ。」

新しい単語に首を傾げる天野に意味を教えてやると、納得したような表情で大きく頷く。

「そうです!陸奥さんいつも忙しそうにしてるから、七夕を楽しく過ごしてくださいって坂本さんが。」

「そういう事か。分かった。おれたちも短冊に願いを書くか。」

「はいっ!」


これもまた海援隊の仕事の一つ。
そう考えると、短冊に向かう背筋も自然と伸びる。

天野が短冊を広げ、つたない字でおれの名を綴るのが見えて微かに頬がゆるむ。
さとられないよう視線をそらして筆を手に取り、短冊と睨みあう。



何を書こう。

幼い頃にしか味わえなかったような懐かしい高揚感に包まれながら、おれはそっと窓の向こうの一番星に目を細めた。




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海援隊士ズはなんだかんだで愛のある言葉で短冊を埋め尽くしてそうです。
全部読ませていただきたい…!


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