さがしもの
田中×美湖(※微量のネタバレを含みます)


「先輩、散らばってた本は、まとめて机の上に重ねておきますね」

「おう。これだけ整理すりゃ充分だろ」

私たちは現在、散らかり放題だった田中先輩の部屋の片付けをしている。

脱ぎ散らかした着物をたたみ、あちこちに散乱した本をかき集め――ようやく畳の上がすっきりしてきたところだ。

朝方までは足の踏み場もないほどひどかったからなぁ……。
昼過ぎまで休みなく作業をすすめたおかげで、ようやく人が生活できる空間に戻った、という感じだ。



「何か探し物があったんですよね?見つかりました?」

なにやらすごく大事なものの行方が分からなくなったと、早朝から先輩がバタバタ部屋中をひっくり返していたのが、ことの発端だ。
部屋は綺麗になっても、それが見つかっていないのであれば何の解決にもならない。


「おう、さっき部屋のすみで見つかった。おかげで助かったぜ。ありがとな」

「いえいえ、無事に見つかったなら何よりです……最後に机の回りも軽く掃除しておきますね」

ひとまずほっと胸をなでおろし、私は文机のまわりの紙くずなどを拾い上げる。
屈んで机と壁の隙間をのぞいていると、そこに何か本のようなものがはさまっているのが目に入った。


「……なんでしょう、これ?」

手をのばして、埃にまみれた狭い空間からそれを引き上げる。
――絵草紙のたぐいのようだ。

「げっ!オイ、勝手に引っ張りだしてんじゃねぇよ!!」

「いいじゃないですか、こんなところに置いていたら埃かぶっちゃいますよ。これ、何の本ですか?」

「見んなって、返せ!」

すごい剣幕でこちらに歩みより、本を取り返そうとしてふりかぶった先輩の腕をさっと回避する。
そして、私はぱらぱらと項をめくりながら、中身を流し見た。


「……これは……」

男の人と女の人が、着物をはだけさせながら体を重ね合っている絵が、ドンと大きく描かれている。
いわゆる、艶本というやつだ。

私は、はたと手を止めて目を見開いた。
みるみるうちに、顔から首もとまで真っ赤に染まっていくのが分かる。
そしてそのまま先輩の顔を見上げれば―…


「あー…見られちまったかよ」

顔をしかめて、がしがしと頭を掻きながら、彼はばつが悪そうに視線をそらした。

――どうしよう。
いまだかつてない気まずさだ。
これはもう絶対に、見ないほうがよかったはずのものだ。


「あ、あの、ごめんなさい……!」

まずは頭を下げて謝って、そして彼の胸元に本を突き返す。

「いや……こっちこそ悪かったな、ヘンなもん見せちまって。片付けも終わったし、もう出てっていいぜ」

「え、あの、先輩……!」

「オレはこのあと隊士の調練に付き合わなきゃなんねぇからよ。また後でな」

やや強引に私の背中を押しながら手早く部屋の外へとはじき出した先輩は、ピシャリと障子をしめる。
部屋の奥で、大きなため息が聞こえた。


(もしかして、怒らせちゃったかな……)

もともと隠してあったものだし、特に私には見られたくなかったみたいだ。
絵の内容にはちょっとびっくりしたけれど、そんな本があること自体は知っていたから、私は全然気にしないんだけどな……。




がくりと肩を落としながら、とぼとぼと廊下を歩く。

……一緒に部屋の掃除をしている時間は、すごく楽しかったなぁ。
あれこれと小言まじりに口をはさみながら彼の着物をたたんでいると、まるで夫婦になったようで。

実際はまだ恋仲になって間もなくて、それらしい甘い会話なんかもほとんどないんだけど。
でも、だからこそ二人でわいわいと何かに取り組むひとときが嬉しかったのかもしれない。


はぁ、とため息をついて縁側に腰かける。

思えば、気持ちだけは伝えたけれど私たちの仲はたいして進展していない。
これまで通り朝夕彼の背中にくっついて動いてはいるものの、その関係はさっぱりしたものだ。


――そういえば、手をつないだことすらないな。


何か嬉しいことがあると、手のひらを打ち付けあってワッと盛り上がることはあるけれど、それは別に男女特有の触れあいというわけじゃない。
隊士さんたちともたまにやっているみたいだし……。


なんだか、やきもきしてしまうな。

こんな距離感が普通なのか、私には分からない。
もしかして先輩は、艶本を眺めているだけでその手のことには満足しちゃってるんじゃ……。

なんて考えていると、急に不安になってくる。
そんな本にうつつを抜かしていないで、そばにいる私に触れてくれたらいいのに――。


膝を抱えて、何度目かのため息とともに顔をふせる。
だめだ、なんだか考えれば考えるほど落ち込んできてしまう。




そんなふうに、冷たい縁側で沈みきっていると。
ふと頭上から声がかかった。

「どうした、天野。何かあったのか?」

顔を上げて声の主を確認すると、そこには中岡隊長が立っていた。

「あ、隊長……なんでもないんです、気にしないでください」

「しかし、さっきのため息はやたらと大きかったぞ。何か悩みでもあるのか?」

隊長はそう言って、私のとなりにどかりと腰を下ろした。
外套を羽織っていないから、今日は出かける予定もないのだろう。
ゆっくりと話を聞いてくれそうな雰囲気だ。


「えっとその……ちょっと分からないことがあって」

「おお、何だ?俺に答えられそうなことであれば何でも聞いてくれ」

「男の人ならみなさん答えられると思うんですが……」

「よく分からんが、とにかく聞こう」

隊長は、完全に教える体勢に入っている。
手習いを見てくれるときと同じ、先生の顔つきだ。


「それじゃあ、お聞きします……隊長は、艶本をお持ちですか?」

「…………は?」

「艶本です。春画とか、枕絵とか、そういうたぐいの……」

「待て、ちょっと待て!それを聞いてどうする?もしかして、欲しいのか?」

「いえ、ほしくはないですけど……みんな持っているものなのかなぁって」

そこまで話すと、隊長は額を押さえてひきつっていた表情を無理に整え、ぐっと眉間にしわを寄せた。

「言っておくが、すべての男がその手の本を持っているわけじゃないぞ。ちなみに俺の部屋にもない」

「机の裏とかにこっそり隠していたりは……?」

「ないな」

「そうですかぁ……」

隊長は、文字ばかりの難しい本しか読まないみたいだからなぁ。
艶本に限らず、絵が主体のものに興味はないのかも。

「持っていたとしたら、どうなんだ?」

なんとも妙なやりとりに苦笑をもらしながら、隊長は肩をすくめる。

「もし持っていたら、その……女には見られたくないものかなぁと」

「なるほど。それは人によるだろうな」

「隊長はどう思います?」

「俺は、見られたくはない」

「……やっぱり、そういうものですか」

自然と、盛大なため息がもれる。

やっぱり私のやったことはよくなかった。
あまりにもかわいそうなことをしてしまった!
もう、ただただ反省しきりだ。
できれば時間を巻き戻したい。


「――要は、ケンが艶本を持っていたわけだな?」

理解した、というような表情で隊長は大きくうなずいてみせる。

「えええ!?どうしてわかるんですか!?私、先輩の名前は出してないのに……!」

あくまで男性全般の話題として切り出したはずだ。
それなのに、なぜ迷いなく田中先輩に行き着くのか!
さすがというかなんというか、隊長の鋭さにはいつもながら感心してしまう。


「話の流れからすぐに分かる。ケンはお前のことを本当に大切に扱っているからな……あまり過激な内容の本を見せたくなかったんだろう」

「そんな……私、全然気にしないのに」

「だったら、本人にそう伝えてやるといい。あいつは一方的に落ち込んでのたうち回っていると思うぞ」

それはもう、すんなりと想像できる。
のたうち回るというより、恥ずかしさのあまり頭を壁にぶつけながら叫びちらしているかもしれない。

先輩はああ見えて、ものすごく照れ屋だから。


「……そうですね。ちゃんと気持ちを伝えておきます」

「ああ。しっかり仲直りするんだぞ」

「はい!私ちょっと、先輩のところに行ってきます!」

幾分かすっきりした顔で、私は立ち上がる。
相談に乗ってくれてありがとうございますと頭を下げると、隊長は座ったまま片手を上げて「頑張れよ」と激励の言葉をくれた。

こんな馬鹿げた相談にも、きちんと真面目な返答をくれた隊長に感謝しなきゃ。





そのまま玄関を出て屋敷の裏手の射場にまわると、すぐに先輩の姿を見つけることができた。
数名の隊士さんたちと輪になって、何やら話をしている。

銃を地面に放り出し、ひそひそと……。
何をやっているんだろう。戦術の話でもしてるのかな。


しのび足で蔵のそばまで歩みより、彼らからは死角になっている白壁に背をくっつけて話に耳をかたむける。


『うおお、すっげぇー。どうなってんすかこれ……』

『よくこんなに多種多様な絡みを思いつきますよね、うわー角度エグい』

『いいすねー!俺、こういう湯上がりの女好きですよ!』

『分かる分かる。色気あるよな。おれも好き』

『こっちの絵なんか、庭の茂みでいたしてるよ。すげーなもう』

『せめて縁側でやれよなー』


ははは、と和やかな談笑が聞こえてくる。
先輩が会話にまじっている様子はないけれど、あの輪の中心にいるからには、彼らと同じネタを共有しているはずだ。

話の内容から察するに、たぶんあの人たちは今、艶本を手に盛り上がっている。
それも、さっき先輩の部屋から出てきた本だ。
私が開いた項の絵は、庭先で重なり会う男女の絵だったから……。


(先輩、さっきは気まずそうにしてたのに、仲間と一緒だとこんなに楽しそうに……)

なんとなく複雑な気分だ。
こうしてわいわいと、好きな人が男女の話題で盛り上がっているというのは。


本当は、自分以外の女の人に目を向けてほしくない。
たとえ絵の話でも、こんな女が好きだとか、どんなところが色気あるとか……そんなふうな言葉を聞きたくない。


『やっぱ女はこんくらいからっすねー。最近の娘はちんちくりんばっかでなぁ』

『そうそう、この絵の女くらいがいいな。むちっとしたふとももがたまらんわー』

『兄さんはどうっスか?どの絵がお気に入りスか!?』


どくりと、鼓動がはねあがる。

とうとう先輩に話をふられた……!
今まで聞き役に徹していたのに!

聞いてみたいような、やっぱり聞きたくないような。
絵の好みがそのまま女の好みにつながるわけではないのかもしれないけれど、そこはどうしても気になってしまう。


『まぁオレは……この絵とか』

一人壁際でそわそわしているうちに、視界の外で先輩の声が聞こえた。

そっか、やっぱり気に入ってる絵があったりするんだ……。


『兄さん意外とフツーすね!』

『いやいやー、でもコレだいぶ乱れてるよ』

『たしかに、布団がえらいことになってるな』

『うまいよなー、こういう布の感じとか。いったいどんな絵師が描いてるんだか』


わっとそれぞれが声を上げて、あれこれと愉快そうに言葉を交わしている。

……どんな絵だったんだろう。

なんだかモヤモヤするな。
いっそ私にも見せてほしいと飛び出してみようか。
さすがに場が凍りついちゃうかな。


――なんて、疎外感を感じながら静かに地面を蹴ったそのとき。

『んじゃ、それはおめぇらにやるよ。オレは銃の手入れがあるから行くわ』

『ありがとうございました兄さん!』

『また明日、射撃の姿勢見てくださいね!』


どうやら、一足先に先輩が抜けるようだ。
ざりざりと砂地を踏みしめてこちらに歩いてくる音が聞こえる。

マズイ……!見つかってしまう!




私は、あわててその場から駆け出した。
とはいっても、彼らとは蔵をはさんで間近に立っていたわけだから、走り去る後ろ姿はすぐさま先輩に見つかってしまう。

怒鳴られるかと思いきや、背後から上がるのは叫びではなく、勢いよくザザザと地を蹴る音だけだ。

……先輩はどうやら、無言で私の背中を追いかけているらしい。
こわすぎる、どうしよう。



――だめだ、もう逃げ切れない。
そう直感し、私は観念して足を止めた。
そうしてそのまま彼のほうを振り返る。

「あの、私、先輩と話がしたくて……すみません、こそこそと様子をうかがったりして」

正直に頭を下げる。
足の速い先輩は、もう私の目の前に立っていた。
長銃が数挺入った箱を抱えて、何か言いたげなムッとした表情でこちらをにらんでいる。


「様子をうかがうって何だよ。ハナシ聞いてたのか?」

「それは……はい。少しだけ」

「……そりゃ、悪かったな。下卑た会話だったろ」

「いえ、その……そういう本を読んでるんですから、普通の感想だと……」

うつむいて絞り出す声は、小さく震えて今にも消え入りそうだ。


……先輩の声が冷たい。

仲間うちのひそひそとしたやりとりを盗み聞きされてしまったのだから、だれだって怒って当然だ。


「おめぇは、ああいうハナシ嫌いだろ?あの手の本だって好きじゃねえはずだ」

「いえ、男の人が集まったら、そんな話になるのも仕方ないです」

本当はあまり好きじゃないけれど。
でも、先輩がこんなにも隊士さんたちから慕われているのは、そういう話をあけっぴろげに笑ってできる人柄ゆえだと思う。
だったら私は、そんな部分も受け入れたい。


「嫌なら嫌って言えよ!前はオレがちょっと他の女を褒めただけでもスネてただろうがよ!島原に行くのだって泣いて嫌がったっけな!」

「泣いてません!スネてもいません!何ですか?何でそんなに怒ってるんですか!」

「おめぇがそういう、男女の機微に疎すぎるからオレなりに気ぃつかってんだよ!そういう部分を見せねぇようにって!」

「なんですか、疎いって……!私だって艶本くらい知ってます!理解あるつもりです!」

「うそつけ!本開いて真っ赤になってたじゃねぇか!まだまだそういうトコ、ガキんちょなんだよおめぇは!」

「…………!」

互いの言葉が切れるのを待ちきれずに、上から被せあうような言葉の応酬。

それは、先輩の一言でぷつりと途切れた。
私が言葉につまったからだ。



(ガキんちょだなんて……)

ひどすぎる。
私なりに先輩のことを考えて、負担をかけないように振る舞っているつもりなのに……。

まるで刃物で胸を刺されるような痛みに、私の視界はみるみる歪みだした。
やがて、大粒の涙がぽろぽろと頬をつたう。


「……なんだよ、泣いてんのか?」

はっとしてかすかに眉を寄せながら、先輩はおずおずとこちらへ手をのばす。
けれど、私はその手を振り払った。
そして、涙をぬぐいながら玄関へと駆け出す。

もう、彼が追ってくる気配はない。





それから、数刻。
私たちは話をすることはおろか、顔を合わせることすらないまま夜を迎えた。

「……はぁ……」

布団に横になって、天井を見上げながら嘆息する。

先輩とケンカしてしまうことは珍しくないけれど、恋仲になってからは初めてだ。


(ガキんちょ……)

恋人に向かって何て言いぐさなんだと、最初は憤った。
少なからず女として見てくれているから、私を好きになったんだと思っていたから。


けれど、よくよく考えてみれば先輩の言っていたことは間違いではなかった。

隊士さんたちから島原へ行こうと誘われる先輩に、わがままを言って引き止めてしまったことはあったし、道ですれ違う美人さんを褒めながら目で追う彼に文句をつけて、ケンカになったこともあった。

あの時私は、涙ぐんでいたような気もするし、拗ねていたような気もする。
恋仲でもなんでもなかった当時は、そんなことを咎めだてする権利なんてなかったはずなのに。

先輩はそれから誘われても島原には行かなくなって、私の前で他の女の人を褒めたりすることもほとんどなくなった。
すごく、すごく気をつかってくれている。
ここまでしてくれるなんて、本人にとってはなかなかの負担なんじゃないだろうか。



(私、ほんとうにガキんちょだ……)


自分のことばかり考えていた。
先輩がどれだけ私に配慮しながら接してくれているのか、今まで気づくこともなかった。

情けない。ほんとうに子供だ。
思わず涙がこぼれる。
隣の部屋にいる先輩に聞かれないように、私はそっと布団をかぶって嗚咽をもらす。


ぐすぐすと鼻をすすりながら気持ちが落ち着くのを待っていると、脇の部屋のほうから、静かに障子がひらく音が聞こえてきた。



「……眠れねぇからちょっと話そうぜ。起きてんだろ?」

先輩の声だ。
私は肯定も否定もせずに、ぐすりと小さく鼻をすすった。

「やっぱ起きてんな。ホラ、顔出せよ」

先輩は枕元に腰をおろすと、無遠慮に私の布団をまくり上げた。
急に冷たい空気にさらされ、ぶるりと震えて肩を抱く。
そうして小さく丸まりながら、私は涙で濡れた顔をそっとふせた。


「泣くなって……オレが悪かった」

「悪いのは私のほうです、ごめんなさい。先輩の言うとおりがきんちょでした」

「あのなァ、オレが怒ってたのは、おめぇがそうやって妙に聞き分けよく振る舞うからだ」

「……え?」

聞き分けよく?
全然そんなことはないはずだけど……。


「だから、嫌なもんは嫌だって言ってくれていいんだよ。べつにそれをワガママだとか思わねぇし、迷惑がったりもしねぇから」

「でも私、先輩が助平で女好きで、いやらしいお話が大好きだって知ってるから、そこは受け入れようと思って……!」

「オイオイ言いたい放題だな……だからよ、今まで通りでいいんだって。おめぇにとって嫌なことだったらちゃんとその場で教えてくれよ。それでケンカしちまうのだって、オレにとっちゃ結構楽しいんだぜ?」

「先輩……」

その優しく落ち着いた声色に、ただでさえ止まる様子のなかった涙が、滝のようにあふれだした。

たしかに最近の私は、以前のようにむっとすることがあっても、できるだけ堪えようとしていた。
それは先輩を不快にさせたり、ケンカをしたりしたくなかったからだ。
気をつかっていたつもりが、臆病になっていた。


「それと、もうあの本はあいつらに譲ったからよ。オレの部屋から艶本はなくなったぜ」

「そうですか……でも私、本当に艶本を持ってること自体は嫌じゃないんです」

「……マジかよ?あの手のネタは苦手だろうが」

「本を読むだけなら嫌じゃないです……ただ、どんな女の人が好みだとか、そういう話はちょっと聞きたくないかも……」

と、そこまで言って寝返りをうつ。
目もとが腫れた情けない泣き顔のままだけど、それでもいい。
先輩と向き合って話がしたい。



「……なるほど。焼きもちやいてくれてんだな」

「だって先輩きっと、私なんかより大人っぽくて色気のある女の人をたくさん知ってるだろうし……外に出れば選び放題なのかもって不安で」

「いや、知らねぇし選び放題でもねぇよ。んなワケあるか」

「そんな……でも、先輩って優しいし強いし、すごくかっこいいし……」

「格好いいは初めて言われたぞオイ。おめぇの中のオレはどんな色男だよ!」

「……私にとっては、かっこいいんです、いちばん」

こらえきれずにお腹を抱えて笑いだした先輩にムッとして、頬をふくらませる。

いつでも私のことを一番に気にかけてくれて、そばで守ってくれて。
朝夕明るく頼もしく包みこんでくれるこの人のことを、いつしか好きで好きでたまらなくなっていた。
冗談なんかじゃなく、まっすぐな私の気持ちだ。



「……ありがとな。オレもミコのこと、誰より一番可愛いって思ってるぜ」

そっと優しく、先輩は私の額に唇をおとした。
触れられた部分に熱が集中して、頭の中が沸騰してしまいそうだ。


ぎゅっと布団の端を握りしめながら、彼の唇が離れてもなお、私の鼓動はばくばくと早鐘のようにうちつけている。







「……ほ、本当ですか?」

「当たり前だろ、恋仲なんだしよ。もう他の女なんか目に入んねぇくらい、おめぇのことで頭がいっぱいだ」

先輩はそうつぶやいて、私の頭をくしゃりと撫でる。
照れくさそうな表情と真剣な声色に、どうしようもなく胸の奥が熱くなる。

「……嬉しいです」

このひとのことが、愛しくてたまらない。
私はただただ、こうやって素直に恋人らしい会話ができる日を待ち望んでいたんだ。



「……今日はホントにごめんな。おわびにこれ、やるよ」

と、先輩は懐から何かを取りだして、そっと私の髪に差し入れた。

手で触れてみると、それは小さくて固い何かだった。
確認のために髪から引き抜いて、視界におさめる。

「わ……かんざしですか」

淡い桃色の花かざりに、緑と白の珠を交互につないだ可愛らしい下がりがついた、清らかな雰囲気のかんざし。


「似合うと思って昨日買ったんだ。けどなんだかんだで渡しそびれちまって、おまけに朝起きたら行方が分からなくなっててよ……」

「あ、探していたものって、これのことだったんですね」

「おう。せっかく恋仲になったんだし、証になんかあげてぇなと思ってな」

「すごく嬉しいです、ありがとうございますっ……!毎日つけますっ」

両手でかんざしを包みこみながら、またしても私の頬は涙で濡れた。
本当に、私が思っている以上にいつも私のことを考えてくれているんだな。


「喜んでもらえて何よりだぜ……まぁ、艶本見られちまったのもギリギリ帳消しか」

「ギリギリどころか、最初から気にしてませんから」

「あのなー、オレにとっちゃ大問題だったんだよ。おめぇが見たら泣くだろうと思って、絶対見つからねぇようにって細心の注意を払ってよぉ」

「泣きませんよぉ。でもわたし、先輩がどんな絵を気にいっていたかっていうのは、ちょっと気になってます」

意外と普通の絵だと、隊士さんは言っていたっけ。
普通ってどんな感じなのかな。逆に気になってしまう。

「……そりゃヒミツだ。なんで公開しなきゃいけねぇんだよ、さすがに見せらんねぇわ」

「どうしてですか……恥ずかしがらなくてもいいのに。私、絵だったらわりと何でもいける方ですよ?」

「いや、おめぇと見るのは何か気まずいっつうか……」

「隊士さんとは楽しそうに見るのに?」

「だから、恋人とあの手の本を広げるのはマズイだろ。もうそうなったら、すぐさま布団の中だろうが」

「…………え?」

布団の中?
恋人同士は、そうやって艶本を広げるものなの……?



「まぁいつか、夫婦になったらそうやって一緒に読んでみるのもいいか」

先輩はくすりと笑って、赤面しながら黙りこむ私の唇に、そっと彼の唇を重ねた。
軽く触れるだけの、優しい口づけ。


「せんぱい……大好きです」

「ん。オレも……」

「もう一回、してほしいです……」

甘えた声で小さく身をよじって、彼の胸元をぎゅっとつかむ。


「んな顔でねだられちまったら、さすがにこっちもマズイんだが……」

「なにがですか?私は、もっとしたいです」

「……艶本みたいになっても知らねぇぞ」

先輩は、私に覆いかぶさるような姿勢をとりながら、戸惑いがちに瞳を揺らす。
その表情が、しぐさが、たまらなく愛しい。



「私は、いやじゃないです」

こらえきれずに体を起こして、こちらから先輩の頬にそっと口づける。
彼は一瞬驚いて目を見開き――そして観念したように、私を布団に押しつけた。


「……嬉しいけど、やっぱそれはもうちょいとっとこうぜ」

きつく抱き合って、長い長い口づけを交わしながら。
私たちは恋人らしく過ごす初めての夜に、うっとりと落ちていくのだった―…。



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付き合う前も付き合ってからもなかなか進展しない二人。
先輩はこう見えてものすごく美湖のことを大切にしてくれます。
本人の中では、触れるタイミングとかいろいろと葛藤中。

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