小説 | ナノ

 第62話:ゆきちゃん説得二


「ゆきちゃん、ばかぢからくそたろうは知ってるよね?」

「うん。殿の家で読んだから知っとるよ。天野先生の挿絵がめっちゃええ感じやったわ!」

 むた兄と藤原さんが脇で噴き出しているのが目に入る。
 このやたらと爆発力のある書題のせいで、初見の人の前で口に出すたびに恥ずかしい思いをする。
 ミネくんあたりから言わせれば、そこがおじちゃんの作のすごいところなんだろうけど。

「そうそう。お父さんが絵を描いてたの。だけどね、死後二月以上経ってもまだ交代の絵師が決まっていなくて」

「そう……なんや。大変やなぁ、続きは出せへんの?」

 ゆきちゃんの表情が分かりやすく曇る。
 父の死に関係する話だからだろうか。
 新しい大福にのばそうとしていた手を引っ込めて、ぎゅっと胸のあたりで握り締める。

「続きは絵師が決まらないと出せないんだって。それでそうとう揉めているらしいの。作者の望月先生が認める絵師がなかなか見つからなくてね」

「望月先生って、そないに頑固なお人なん?」

「頑固というか、絵師へのこだわりが強い人。望月先生ってね、実はゆきちゃんもよく知ってる人なんだよ」

「え!? どういうこと? うちたぶん知らんよ?」

 戯作者さんの知り合いなんておらんと、ゆきちゃんは大きく首を振っている。
 無理もない話だ。私だって昨日その正体を知ったばかりなんだから。


「小さい時から知ってるよ。熊おじちゃん、覚えてる?」

「えええええっ!? 覚えとる! 覚えとるけどーー!!」

「豪太郎さん、本書いてたんか!!?」

 望月千夜の正体に驚いたのはゆきちゃんだけではなかった。
 私たちと同じく幼い頃からおじちゃんと親交のあるむた兄も、驚きのあまり腰掛けから転がり落ちそうになっている。

「そうなの。私も昨日知ってびっくりしちゃったよ。おじちゃんはね、お父さんの挿絵以外で本は出したくないんだって」

「そうなんやぁ……たしかに、二人とも仲良かったもんなぁ。仕事でも深う付き合うてたんやな」

「うん――それでね、ゆきちゃんに頼みっていうのはその絵師問題のことなんだ」

 そこまで言えば、うすうす何を言われるか想像もつくだろう。
 彼女はなんとも不安げに眉を寄せて、身を小さくしながら続く言葉を待っている。


 ――いよいよ本題だ。
 断られる覚悟は持っている。
 だけどやっぱり、これからの挿絵はゆきちゃんに描いてほしい。
 お父さんの後を継げる絵師は、ゆきちゃんしかいないんだ……!

 かすかに震える右の手のひらをぐっと握りしめて、私は深く頭を下げた。



「ゆきちゃん、くそたろうの後継絵師になってください! おねがいします!!」

 これは、天野川光の娘としての私からの頼みだ。
 友達だからといって彼女の絵を贔屓目で見ているわけでは決してない。
 お世辞抜きでゆきちゃんの絵は、世に出しても恥ずかしくない出来のものだと思うから。


「……ちょ、なんでうちなん? みこちん、京にはもっと上手い絵師おるやろ。それこそ星の数ほど」

 思っていた通りの返事が返ってきた。
 戸惑っている様子のゆきちゃんに反して、私は畳み掛けるように言葉を重ねる。

「いくら上手かろうと、望月先生がダメって言ったらダメなんだよ。私は、ゆきちゃんの絵には何かお父さんの絵とつながるものがあると思ってるの」

「つながり……たしかにうちは、天野先生から絵を習うてたけど」

「うん。ゆきちゃんは天野川光の一番弟子だよ。筆づかいなんかもどことなく似ているし、何より絵に華があって生き生きしてると私は思う」

 父の絵のいいところを、ゆきちゃんは見て、習って、ひとつひとつ自分のものにしていった。
 だからその絵はただの模倣ではなく、きちんとゆきちゃんの味を加えた新しい作風に仕上がっている。

 見ていて楽しい絵。元気の出る絵。生き生きした絵。
 玩具絵を中心に筆をとった父が目指したもの。生涯をかけて描こうとした題材。
 そういったものが、彼女の絵にもしっかりと凝縮されている。


「……うち、まだまだ下手くそや。天野先生の代わりなんてとても務まらへんよ」

 はっきりと否定の言葉を吐くゆきちゃんは自信なさげに弱々しく目を伏せる。
 かすかに震える声色から、言いにくい言葉を無理にしぼり出そうとしているのが分かる。

 他でもない私の父に関係する問題だから、その場でつっぱねることに負い目を感じているんだろう。
 いつになく覇気のない様子でうつむくゆきちゃんを見ていると、こちらも胸が痛む。


 ――けれど、やっぱり引くわけにはいかない。
 私だってそれなりの覚悟をしてきたつもりだ。


「そんなことないよ! 私はゆきちゃんの絵が大好き!! おじちゃんもね、ゆきちゃんの絵を一度見てみたいって――」

「みこちんは、うちの友達やから悪く言えんだけやろ! ずっと先生の絵を間近で見てきたんやから、ほんまはうちの絵のあかんとこいくらでも見つけられるはずや!」

 再会してからは私に怒鳴ることなんてほとんどなかったゆきちゃんが、声を荒げてこちらにくってかかる。
 そのことに一瞬驚かされ、そして言葉の真意を汲み取ろうとし――私はカチンときてしまった。

「それって、私が内心ではゆきちゃんの絵をけなしているって言いたいの? そんな風に思ってたの!?」

「……そうは言うてへんよ! ただ、みこちんだってうちの絵がまだまだ未熟やってさすがにわかってるやろ!!」

「欠点なんて、私の目には写りはしなかったよ! いつだって本心からゆきちゃんの絵を評価してた! あれもこれも描けて、誰からもすごいって褒められるゆきちゃんが羨ましかった! だけどそれ以上に、私はそんな友達を持って心から誇らしいって思ってたよ!!」

 親友からあらぬ勘繰りをうけて糾弾される痛みは、はかりしれない。
 悔しさと悲しさが入り混じってぐちゃぐちゃになった私の心は、鋭く芯を刺す苦痛に悲鳴を上げている。
 偽りない心のうちを真っ直ぐに相手にぶつけながら、いつしか私はこらえきれずに涙を流していた。

「欠点が見つけられへんって? うそつかんといて! 絵なんて一度も描いたことない人やっても、他人の粗さがしはできるわ!」

「それって、最初からあらを探して貶そうとしている人がやることでしょ!」

「見つけようと思ってすぐに見つかるんやったら、欠点だらけっちゅうことやんか! うちはこれまでさんざん言われたから、よっぽど未熟なんや!」

 泣きながら反論する私を見てのもらい泣きなのか、ゆきちゃんもその心情を吐露しながら大粒の涙を流していた。

 話は平行線。
 なにひとつ進展はなく、ただただ逃げの姿勢を見せる彼女に、私は必死ですがりついていた。



「……さんざん言われたって、誰から?」

「大坂の画塾の人ら。うちの絵は安っぽい小娘の手慰みやってよう言われたんよ。先生だけは描けば伸びる言うて見守ってくれてたけど、他の大人からはさんざん貶されとった」

「そうだったんだ……知らなかった……」

 画塾というのも様々で、和気藹々と仲間うちで評価し合いながら力を伸ばしていくようなところから、互いの評価に厳しく、出し抜かれないようにとギスギスした雰囲気のところまで多様だと父から聞いたことがある。
 特にえらい先生の門下で、自分こそが真っ先に名を売るのだと野心に燃えている人の集団ともなれば、その関係はとても複雑なものになるらしい。
 ゆきちゃんが通っていた画塾は、そんな野心家が多く集まる場所だったのかな。



「――雪子は結局その塾をやめて、筆をおいとった時期もあったんや」

 静かに涙を流しながら鼻をすする姿をみかねたのか、むた兄が立ち上がってぐりぐりと両手で私たちの頭を撫でてくれる。

 昔、私とゆきちゃんがケンカをして泣きながらむた兄のもとに駆け込んだときも、こうして同じように慰めてくれた。
 どちらを叱るでもなく、ただただ仲直りするまでそばで見守ってくれるその姿は、まさにお兄ちゃんの頼もしさだった。



「ごめんゆきちゃん、何も知らなくて。筆をおいていたのはどれくらい?」

 いつしか気持ちが落ち着いた私は、むた兄の顔を見上げて泣き止んだことを伝える。
 頭からそっと大きな手が離れると、心なしかすっきりと物事が見えるようになった気がする。

「……どんくらいやろ。一年ちょいかなぁ。京に戻って謙吉さんに再会して、また描きはじめたんよ」

「そうなんだ! どんな話をしたの?」

 おそるべし、長岡さんの影響力……。
 一体どう接すれば頑ななゆきちゃんの心を溶かしてしまえるのか。
 この場にいてくれたらこれ以上ない助っ人なのにな。

「最近描いた絵を見せてって言われて、最近はなんも描いてへんって言うたらすんごい心配してくれはって……」

「それでそれで?」

「……楽しそうに絵を描いてる雪子ちゃんが好きや言われて、もうめっちゃ舞い上がって……そんでまたぼちぼち描き始めた」

「へぇぇぇ。そっかそっかぁ」

 照れたようにもじもじしながら長岡さんのことを語るゆきちゃんを見ていると、本心ではまだ恋心を捨てきれていないんじゃないかと思ってしまう。
 それとも、憧れの人にそんなふうに言われたら私も同じような反応をするものかな?

 ……あれ、ふと見れば藤原さんの表情がけわしい。
 やっぱり彼はゆきちゃんのことが気になっているみたいだ。



「雪子、兄ちゃんも楽しんで描くんが一番やと思うで。泣きながら描くとこはもう見たないなぁ」

 と、ここで初めてむた兄が自分の意見を口にした。
 楽しんで描いてほしい、ということはやっぱり彼も絵仕事を引き受けることには反対なのかな。

「――けどな、やってもみんうちに逃げるのはもったいないんとちゃうか? 豪太郎さんの本の挿絵なんて、いかにも楽しそうやんか」

 え? 楽しそう?
 ということは、私のお願いを後押ししてくれているの!?


 こちらに視線を向けてにっこりと笑みを見せるむた兄に、私は思わずぎゅっと抱きついて目を輝かせる。

「ありがとうむた兄!! むた兄はやっぱり分かってくれてるね!! 最高のお兄ちゃんだよっ!!」

「み、美湖ちゃんわかった! わかったから離れよな。もう子供やないんやから……」

 幼いときからまるで変わらない私の甘えっぷりに、彼は目を白黒させながらくっついていた体を引き剥がした。
 私にとってはむた兄も家族みたいなものだから特に意識はしていなかったけど、男の人から見ればまた事情が違ってくるのかな。
 ……今度からは気をつけよう。


「ね、ゆきちゃん。むた兄もこう言ってくれてるし、まずはおじちゃんに会ってみない?」

「うーーーーーん……」

 ゆきちゃんは目をとじて長々と唸りながら悩んでいる。
 間髪入れずにお断りされていたついさっきまでの状況と比べれば、ずいぶんと前進したはずだ。

「もしかしてまた誰かに自分の絵をひどく言われるのが怖い……?」

「……そらそうや。うちなりに自信もってやってきたことやったし、自分の絵好きやし」

「自分の絵、好きなんだね。だったらよかった! とことん否定して嫌いになっちゃったのかと心配してたよ」

 あれだけ卑下していたのだから、てっきりどの作も本人にとっては満足のいかない出来なのかと思っていた。
 だけどよくよく考えたら、私やかすみさんの前で自分の絵について説明するゆきちゃんの表情は、すごく生き生きしていたな。

「嫌いやったら何年も描き続けたりせんよ。それに、自分がずっと一番に頑張ってきたことやから、それを否定されるんが怖いんや。うちには絵しかないから」

「否定する人もいるかもしれないけど、いい絵だって思う人もいるよ。私もそうだし、かすみさんだってゆきちゃんの絵を見て笑顔になったでしょ」

「……でもなぁ、世の人は厳しいから、絵師が変わったいうだけでボロクソに叩くよ。きっと」

 断る気配は失せたものの、やはりどうにも踏ん切りがつかないらしく、ゆきちゃんは弱気な言葉を並べたてる。

 どうしたものか。
 何を描いたって悪く言う人は少なからず出てしまうものだろうから、否定されるのが怖いというゆきちゃんの不安を拭い去るのは難しい。



「――さっきからうじうじと、らしくないなぁ。何? おまえ、とにかくすべての人から褒め言葉だけもらいたいとか思ってんの?」

 そこで唐突に飛んできた横槍は、藤原さんの口から出たものだった。
 彼は少しばかり苛立った様子で、いまだ涙の乾かないゆきちゃんを容赦なく口撃する。

 ひやりと嫌な汗が背筋を伝うのを感じて思わずむた兄の顔色をうかがう。
 すると彼は「大丈夫」とでも言うように穏やかな表情で頷いてみせた。
 このまま見守れということらしい……。

「なんや、それが悪いんか? どんだけ苦労して一枚仕上げてると思うてんねん! どんどん貶してくださいいう人がおったら会うてみたいわ!」

「はぁ? 画塾に通ってたなら先生からいろいろと指導受けたろ? 欠点なんてさんざん指摘されただろうに」

「的確でなるほどなぁって気づかされるような指摘なら素直に受け止められるし、むしろ有難いわ! うちが嫌なんは、無理やり粗探ししてイチャモンつけてくる奴のこと!」

「無理やり探して突きつけられた粗だとおまえが思うなら、それはもうただの悪口だろ? そんなもんで絵の価値は落ちないよ」

 煽るような口調でどんどん核心をつく藤原さん。
 更に言い合いは続くのかとはらはらしながら見守っていると、ゆきちゃんが何かに気づいたようにはっとする。
 そしてぶつぶつとこれまでのやりとりを反芻しながら、やがて何度か小刻みに相づちをうつような動きをする。

「それは……そう、なのかもしれん……ような、気も」

 藤原さんの最後の言葉がきちんとその胸に届いたんだろう。
 ゆきちゃんは彼の一言から救いの一端を得ることができたようで、もうほとんど陥落寸前だった。

「お、なんか説得できそう」

 まさかの手ごたえに藤原さんはこちらに笑みを向け、ぐっと拳を握ってみせた。
 いけいけ、頑張れ! と私はその拳に自分の拳をうちつける。
 藤原さんは一瞬きょとんとした後、任せろと口角を上げるのだった。

 ……いけない、つい先輩といるときのノリで拳コツンをしてしまった。
 でもこれをやるとなんだか元気になるんだよね。藤原さん、がんばって!!



「世の中にはいろんな奴がいてさ、大げさなくらいに褒めてくれるやつもいれば、ほとんど言いがかりの難癖をつけてほくそ笑むやつもいる。口では褒めといて頭の中じゃボロクソにけなしてるやつ、褒め言葉を吐いたら死ぬのかってくらい他人を褒めないやつ……十人十色だよ」

「うん、せやな。でもなんだかんだ言うて、けなす人は半々かそれ以上おる気がするよ」

「そうかもな。でもそいつらに何か言われてどうなるもんでもないよ。何かを一心不乱に続けてるやつは無駄口叩かないもんだ。上達するまでの過程も苦労も知ってるから、修行中の人間を見下したり叩いたりしない。ぐだぐだ言うのは三下ばっかだって」

 今のは重みのある一言だった。
 昨夜隊長が言っていた言葉に少し似ているな。

 『学ぼうという姿勢で話を聞く者を、まともに経験をつんだ人間ならば笑ったりしない』って――。

 何かを積み重ねてきた人はきちんと相手の力量を見て助言をくれる。人を見下したりはしない。
 その分野にうとくても、まっすぐな気持ちで相手やその作品と向き合う人は、裏表なく有益な意見を届けてくれるものだ。
 ここが変だよって指摘の仕方ひとつでも、相手を思いやる気持ちの有無で受け取る側の心持ちも変わってくるものだから。

 つまり、あきらかに悪意が含まれた批判を正面から受け止めて肩を落とすことはないんだ。
 その人達だってどこか欠けているところがあって、ものごとを公平な目で見定めることができないんだから――。


「……なんや、含蓄ある言葉やなぁ。あんたも何か続けてることあるん?」

 ゆきちゃんは藤原さんの口から次々に出る経験者感あふれる助言に、感服したように声を上げる。

「あるよ。長いことやってるし、自信もある」

「え!? なになに!?」

「剣術」

 そう言って藤原さんは、帯からはずして脇の棚に立てかけてある刀を指した。
 なるほど、剣術に打ち込んでいる人だったのか。
 だったら立派な刀を差しているのも頷ける。

「ほんまに!? うそやぁ! ぜんっぜん強そうやない!!」

「今は病人だからなぁ。治してくれたら日本一の実力を披露するんだけど」

「めっちゃ自信まんまんや! みこちん、どう思う!?」

 ゆきちゃんは少し前までの様子から一変して、笑顔を見せてくれている。
 話題は脇道にそれてしまったけれど、こうして元気を取り戻してくれたのだから喜んで話に乗ろう。

「私はなんだか分かるな。藤原さんって葉っぱのつかみ取りも上手だったから、眼とか鍛えられていそうだし」

 と、右手を空に突き出して葉っぱを掴む動きを見せる。

「……まぁ、そうだね。眼は大事だ。けど葉っぱは誰でもいけると思うんだけどな」

「そんなことないですよぉ。藤原さん、いっぺんに二枚掴んだじゃないですか」

「あれくらい普通じゃないの? 少なくともうちの道場のやつらだったら皆やれるよ」

 こともなげに言ってみせる藤原さんは謙遜している風でもなく、本心で話しているようだ。
 誰にでもできること……なのかな? 少し自信がなくなってきた。


「なになに? つかみどりて、落ちてくる葉っぱをつかまえるやつ?」

「そうだよ。藤原さんすっごく上手なの! ゆきちゃんも見たらきっと驚くよ」

「……走り回ったりしたらアカンって言うてるやろ? なんでそんなことするん?」

 すごいと褒めてくれる流れになるかと思えば、ゆきちゃんの反応は真逆だった。
 腰に手をあてて、子供を叱るお母さんの姿勢をとって藤原さんをにらむ。

「いや、走ってないから。なぁみこちん。俺、ちょこっと腕を動かしただけだよね?」

「あ、そ、そうそう! ゆきちゃん誤解しないでね。葉っぱを追いかけてふらふらしたりしないの。藤原さん、立ったままぱぱっと掴んじゃうんだよ」

 むた兄まで心配そうに眉を寄せたのを見て、必死で弁解する。
 やっぱり葉っぱを掴みどるって言ったら、右往左往しながら振り回されている姿が思い浮かぶものだよね。
 藤原さんみたいにまるで無駄のない動きでやってのけるのは、きっと常人の技じゃない。

「そらすごい……けど、うちだって葉っぱ掴みは上手いんやで。大坂でしょっちゅうやっとったからな!」

「え、ゆきちゃんそうなの?」

「うんうん。大坂で住んどった家の周りが落ち葉ひどくてなぁ。この時期は毎年やっとったよ」

 しみじみとゆきちゃんが頷く。
 むた兄も懐かしそうに相づちを打っているところを見ると、事実のようだ。



「――まぁそれでも、俺にはおよばないと思うけどね」

 余裕の笑みを見せながら、藤原さんは好戦的に拳を開いたり閉じたりしてみせる。
 負けず嫌いのゆきちゃんはそれで火がついてしまったのか、その目がぎらりと戦闘体勢に変わった。

「言うたな? うちは百数える間に五十はとる女やで」

「じゃあ俺は二百とるよ」

「……うちやっぱ二百二十」

「俺七百」

「あんたさっきから、数値の跳ね上げ方がめちゃくちゃやで! 子供か!!」

 どちらも子供っぽい。
 どうしよう、微笑ましい……!

 くすりと笑みをもらす私とむた兄をよそに、二人の間にはばちばちと火花が散っている。
 これはさっきの指きりのときのように、長引くかなぁなんて思っていると――。


「だったら、今から白黒つけようか」

「のぞむところや」

 藤原さんが席を立ち、それに乗る形でゆきちゃんも一歩前に踏み出した。

 ……まさかまさかの展開だ。
 くそたろうの絵師問題がいつのまにやらはるか彼方に押しやられている。
 


 ――あ、そうだ!
 勝負事がはじまるというのなら、それにこちらも便乗してしまおう。

「それじゃ、負けたほうが勝ったほうに何かごほうびをあげるってことにしたらどうかな?」

 陸援隊式腕相撲約規そのいち!
 敗者は勝者に何かしら献上すること!
 これをうまく使って藤原さんからゆきちゃんに絵師のことを頼んでもらえば、事はすんなりとおさまってくれるはずだ。

「乗った! 最高だみこちん!」

「うちも乗ったぁ!!」

 二人とも即了承。
 特に藤原さんはその条件がついたことで尋常じゃないほどやる気に満ちた表情を見せている。
 ……あれ、もしかしてすでに頼みたいことが決まっていたりする? だとしたらちょっとマズイな。

「よっしゃ、ほんなら外いこ! うち久しぶりやからちょい先に練習させてな!!」

 と、張り切った様子でゆきちゃんは診療所の外へと駆け出していった。
 少し前まで肩を落として泣いていたとは思えないほどに元気だ。
 子供の頃の面影の残るそんな姿に、少しだけ安堵を覚える。



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