その旋律で撃ち殺してよダーリン
「やあ、今日もかわいいね子羊ちゃん」
鳥肌が立つくらい甘い声。
俺以外に向けられるその言葉に、甘ったるい声に、俺はいつも、腹が立つなあ、と思う。
レンにとっては挨拶でしかないとわかってはいても、その甘い声も、顔も、どうやったって自分だけのものにはならないということが我慢ならない。
――俺ってこんなに嫉妬深かったっけ?
既に何度も繰り返したことだけれど、俺はひとり首を捻る。
そうして欲しいとねだれば、優しいレンのことだからきっと努力はしてくれる。
けれどどうしてもゼロにはできなくて、すまなそうに眉を寄せて代わりにとでも言うようにそれ以上の甘さを、一般的には愛と呼ばれるものを含ませて、優しい言葉と行為をくれる。
俺は納得いかなくて、文句を言いたくて、でもその甘さに惹かれて流されて、仕方ないなあ、なんて言って笑ってしまう。
そんな一連の流れが容易に想像できて、俺は小さくため息をついた。
ぼんやりと思う。
愛されて、愛されて愛されて愛された俺は、もうレン無しではいられないのだと。
あたたかく、ぬるま湯に浸るような心地よさを知ってしまった今、もうそれ無しでは生きていけなくなってしまったのだと。
それは小さく、俺の心に影を落とす。
優しい優しい神宮寺レン。
かっこよくて、優しくて、歌が上手くて、頭もよくて、お金持ち。
アイドルとしても成功していて(一応それは自分もなんだけれど)、非の打ち所のない、本来なら、きっと、遠い、
「イッチー?」
はた、と我に返った。
少しだけ怪訝そうな、心配そうな甘い声。
誘われるように顔を上げると予想通りの表情をしたレンと目が合った。
愛されてるなあ。
俺はついさっきまで考えていたことを思考の隅に追いやって、目の前の幸福に笑んだ。
何でもないような、いつもと変わりない笑顔、に見える心配の色。
それはきっと本人ですら気づいていない、あたたかな優しい色。
俺だけが知ってる、俺にしかわからない、レンの顔。
「何ー」
きっと今、俺の顔はふにゃふにゃとしまりのないものになってるだろう。
目の前のレンの顔からも、だんだん心配の色が薄れていくのがわかる。
そのままそれは安堵を含んだ呆れへと代わり、柔らかな甘さだけが残った。
「いや…なんだか嬉しそうだね。何を考えていたんだい?」
訂正。
それには少しだけ嫉妬が混じっていた。
「何を考えてあんな顔をしていたんだい?」
顔を寄せて囁かれた言葉に、その声音に、俺はまた笑う。
苛立ちとまではいかないけれどそれでも明らかな嫉妬の色は、あふれるくらいに囁かれる愛の言葉と同じかそれ以上に甘くて。
「――癖になりそー」
この味が病み付きになってしまったら、そうなった俺は、きっといつかレンを傷つける。
それがわかっているから俺はそれ以上の甘さを求める。
「レンのことに決まってるじゃん」
耳元で囁き返して、目を合わせて。
そうすればほら、
「かわいいね、音也」
レンがたくさんの女の子たちに振り撒く言葉。
だからこそ、違いは大きくわかりやすくて。
単純な俺はこれでしばらくは幸せでいられるけれど、繰り返し使えば薬の効きもだんだん悪くなっていくように、いつかはこれだけの甘さでも足りなくなる。
だからさあ、レン。
その旋律で撃ち殺してよダーリン麻酔の効きが鈍って、貴方を傷つける前に「今日のレッスン、聞きにおいで」
ひらひらと手を振って去って行く背中に大きく返事を返して、俺はにやけたままの口元を隠した。
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